第22話 シェルリオール

「さま――――御方様、お客様でございます。お世継ぎの殿下がお見えです」

 うとうととまどろんでいたところに声をかけられ、しばしの間ぼんやりしていた。だが、次第に意識が覚醒してゆく。

 見慣れた寝室。だるさの抜け切らない体。じとっとした目でこちらを監視している、けして信用ならない侍女たち。

 ああ、思い出した。

 ここはロッドラントの城の奥深く。ルゥ――かつてのステラリオン王女シェルリオールは、もう二年近く、ここから外に出られずにいる。

「待って、今なんて……お世継ぎの……殿下が?」

「はい。もうお見えです」

 ということは、部屋の主たるルゥの許可を得ずに室内へ通したわけだ。ルゥはうつくしい面差しにはっきり不快の色を浮かべた。

 化粧着姿で眠っていた女性の部屋に、夫でもない男性を勝手に入れるなど、とてもではないが信じられない。侍女たちのしつけがなっていない証であり、侍女たちの忠誠心の薄さの証だ。

 自分が侮られていることは自覚していたけれど、こうもはっきりとその事実を突きつけられるのは、愉快ではない。

「なにか羽織るものを。このまま人前に出るわけにはいかないわ」

 指示された侍女が慌ててガウンを持ってくる。その間に重たい頭でなんとか考えて、上体を起こし、手櫛で髪を整える。

 着せかけられたガウンの前を左手でとじ合わせながら、近づいてくる王子の姿を見つめ、いったい何のつもりかと思う。いままで、ふたりのたくらみごとに気づかれぬようにと、人目のあるところではけして会わないようにしていたのに。

 ここへ来て、こんなに露骨な動きを見せるだなんて、下手をすればすべてを台無しにしかねない危険な行為だ。

「ごきげんよう、シェルリオール」

 表面上はにこやかに話しかけてくる王子に、怒りは腹の底へ押し込めて、ルゥもふさわしい対応を取る。

「ごきげんよう。殿下。わたくしに、なんの御用でしょう」

「大事な話をいくつか。――――」

 王子は背後を振り向き、すこし離れたところに立っていた侍女に手を振る。侍女はいかにもおおげさにうなずいてみせて、逃げるように部屋を出ていった。

 音をたてて扉が閉じたことを見届けた後、もはや剣呑さを隠そうともしない顔で、ルゥは王子に言った。

「こんなに堂々と、侍女のいるところで、ふたりきりになるだなんて! いらぬことを疑われたらどうするの?」

「構わないでしょう。あと何日かすれば、私たちは結婚するわけですから」

 その言葉にルゥはからだを震わせた。血の気のないおもてに嫌悪が、次いで驚愕、そして――歓喜が花ひらく。

 まさか、と呟いたきり言葉にならない様子のルゥに、ここぞとばかりに王子は笑いかけてみせる。

「おめでとうございます、シェルリオール――国王陛下は、明日の朝までは保たないだろうと、筆頭侍医の判断です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る