第21話 ヴェレトカレン
それから父や兄からの文はすべて無視した。
大事な催しや王族たちの集まりも「体調がすぐれない」のひとことですべて欠席した。どれほど怒られようとも構わなかった。どうせ、王宮の人間は誰もわたしの味方にはならないのだから。
わたしには力が、あるいはそれを持っている味方が必要だった。ルゥを取り戻せるくらいの、父や兄でさえ無視できないくらいの力が。
そのためにわたしは、出たくもない集まりに顔を出して、貴族や大商人たちに気持ち悪いくらい愛想を振りまいた。
ロッドラントの唯一の王女が婚約者を決めなければならないことは皆が知っていたから、王家との縁組みを狙える程度の有力貴族たちはこぞってわたしとつながりを持とうとした。
うんざりするほど遠回しなやりようであることは理解しているし、成功する確証もなにもなかったけれど、わたしが利用できるものはもうこれしか残っていない。利用できるものはなんだって利用してやるつもりだった。ルゥを助け出すためならば、手段など選んではいられない。
今日も今日とて招待されて、王都の一等地に建つ公爵家のお屋敷を訪れていた。歴史ある裕福な公爵家で、わたしと近い年頃の男子が三人いる一族だ。
ところが、到着してまもなく、使用人から言伝を受けた。なんと急用で、兄がわたしを迎えに来ているという。
正直なところ兄の顔など見たくもなかったけれど、臣下の屋敷でわめきたてないくらいの分別はある。表面上だけは穏やかにうなずいてみせて、公爵夫人と令嬢たちにお別れの挨拶をしてから、車寄せへ移動した。無紋の馬車がすでに寄せられていて、開かれた扉から、奥に兄が乗っているのが見えた。どうして王家の馬車ではないのだろうと、一瞬疑問に思ったけれど、訊ねはしなかった。
いやいやながら、使用人の手を借りて馬車に乗り込む。すぐに扉が閉められ、ゆっくりと馬車が動き出す。
「――それで、こんなところまで追いかけてくるだなんてなんの用? お兄さま」
可能な限りの嫌みをたっぷりのせた声で、たずねる。
この半年、兄からの連絡をすべて無視してきたのだから、いい加減叱責される頃だろうとは思っていた。
「伝えた通り、緊急の用件だよ」
「あら、そう。てっきり急用というのは方便だと思っていたわ、わたしを呼び出してお説教するための」
「叱られるようなことをした自覚があるのなら、真面目に聞きなさい。――――今朝、父上がお倒れになった」
なんの冗談かと思った。けれど、兄の表情は至極真剣そのもので、わたしは茶化すこともできず、息をのんだ。
「お父さまが、って…………そんな、急に、どうして!?」
「実をいうと、ここ数ヶ月、ずっと具合を悪くされていたんだ。何度か意識を失われることさえあった。政務に出られない日がどんどん増えて、この頃では執務の大半は私が肩代わりしている。――お前は王宮に寄りつかなかったから耳に入らなかったのだね」
「わたし…………そんなことになっているって、知っていたら……」
「ああ、すまない、お前を責めているわけじゃないよ。悪いのは、忙しさを理由に文を送るだけで済ませていた私の方だ」
うなだれるようにうつむいてしまった兄に、なんて言葉をかければいいのか、わからなかった。こんなことになるだなんて、誰も想像すらできなかったはずだ。父はまだ四十代の半ばくらいで、若いとはいえなくとも、死の翼に魂を覆われるほどの年齢ではないはずなのに。
「この、後……どうするの」
かすれた声でたずねると、兄はゆっくり顔を上げ、やわらかな色をした瞳でわたしを見る。
「王宮へ行く。ふたりで、侍医から説明を聴こう」
「お父さまの様子は、どれくらい悪いの?」
「今日明日でどうにかなることはないと言われた。ただ……」
その言いようだけで察せてしまった。だから、濁された先の言葉を、問いだそうとはもう思えなかった。
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