第20話 ヴェレトカレン

 ルゥへは数え切れないほど手紙を書いたけれど、返事は一度もなかった。


 女官たちは笑顔で「必ずお渡ししますわ」と言ったけれど、たぶん、ルゥのもとへは届いていないのだろう。彼女たちはもともとわたしとルゥが一緒にいることを、快く思ってはいなかった。それくらいのことは世間知らずのわたしにだってわかる。

 それでも意地で、わたしは手紙を書き続けた。そうでもしなければ、わたしとルゥをつなぐものを何もなくなってしまう気がして。書かずにいることが、何もせずにいることが恐ろしかった。ルゥがわたしを忘れてしまったら……考えるだけでと、みぞおちのあたりが冷たくなる気がした。


 ルゥ――ステラリオンのシェルリオールが父のもとに連れ去れて、もうじき二年が経つ。

 当時わたしは何も知らなくて、王宮から戻ってルゥがいないことを知り、半狂乱になって兄のところに駆け込んだ。ルゥが父に呼び出されたと聞いて、きっとひどい目にあっているのだと疑いもしなかった。

 でも、本当のところはどうなのだろう。

 ルゥは父の子を一度はらみ、流産し、そしていま再び妊娠しているという。

 女官たちはわたしが聞いていないと思って好き勝手に噂をしている――ルゥはお父様の目に留まるためにわたしのそばにいたのだとか、ステラリオンの再興を夜毎ねだっているのだとか。ルゥの腹の子は父ではなく兄だと言う者さえあった。いずれにせよ、悪意抜きにルゥのことを語る者はいなかったから、わたしは正確な情報をなにひとつ掴めずにいる。

 ルゥとずっと一緒だと、守ってみせると約束したのに、わたしはなにもできないまま二年も経ってしまった。自分の無力さが腹立たしくて、ひとりぼっちの寝台で何度も声を押し殺して泣いた。そして、いつもならわたしを慰めてくれるはずのルゥがもういないのだと、自分では取り戻すこともできないのだと思うとあまりにみじめに思えて、また泣いた。こんなに連日泣いたことはなかった。お母さまが亡くなった時でさえ、これほどではなかった。

 ルゥに会わせてほしいと何度も願ったのに、父も兄も、女官や侍女たちも、あいまいな笑みを浮かべるだけでけして叶えてくれなかった。その時のさみしさと空しさといったら――ここには誰ひとり自分の味方はいないのだと知った。

 はじめて、ルゥの気持ちがすこしだけ理解できたような気がした。誰も信用できない、ほとんど敵のような人間ばかりに囲まれて暮らすことは、こんなにも辛くて、苦しくて、不安で、恐ろしいのだ。

 ぎゅっと目をつむれば、最後に会った時のルゥの姿が眼裏によみがえる。子が流れてしまったあとの、まともに口をきくこともできないルゥの弱り切った姿。わたしが来るまで、ルゥのそばには誰もいなかった。かたちばかりの侍女がすこしいるだけで、寒々しい寝室には普段は誰も控えていないことが一瞬でわかった。

 わたしはあの時まで、ルゥはせめて不自由ない暮らしを王宮で送っているのだと信じて疑わなかった。たとえかつての敵国の王女であったとしても、ロッドラント王の子を産もうという女性には相応の待遇が与えられているはずだと。

 でも、違った。ルゥは見捨てられ、まるで打ち捨てられたような有様で。ここにもルゥの味方はいないのだと、ひとめでわかってしまった。父さえも、ルゥを、わたしのルゥを、大切に扱ってはくれなかったのだと。

 耐えられないと思った。

 わたしは泣いて、大声を出して暴れた。もう帰らない、ルゥのそばを離れないと言って、無理矢理にでも連れ帰ろうとする侍女たちの手を振り払って抵抗した。困り切った侍女たちは最終的に兄を呼んだから、わたしはそのまま子供みたいに兄に抱えられて、離宮に向かう馬車へと乗せられてしまった。それが半年前のことになる。

 以来、わたしは王宮に一歩も足を踏み入れていない。

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