第12話

 はじめ、わたくしは感情を取り戻したわけではなく、をしているだけだった。少なくとも、はじめの頃は。カレンはわたくしの庇護主だから、彼女の歓心を買うべきだ、そんな浅ましい考えから出たものだ。

 わたくしが感情らしきものを見せるたび、カレンは大げさなくらいに喜んだ。だからわたくしは、カレンを喜ばせたくて、微笑んだり、ねたり、怖がったりしてみせた。本心から嬉しがっているわけでも、恐れているわけでもない――ただそうすればカレンが喜ぶ、それだけだった。

 今でも覚えている。わたくしが初めてカレンの真似をして、微笑んでみせた時。王宮の庭で見事に咲いた花を見た時だった。カレンは驚いて、それから喜んでくれた。

『ルゥが、笑った!』

 その時にふと、思い出した。昔、兄や姉たちも、わたくしが笑うと喜んでくれていた、と。


 次第にわたくしは、自分にも感情というものが存在することを、思い出し始めた。そして今まで忘れていた恐怖も、悲しさも、辛さも、憎しみも、封印を解かれたかのように溢れ出てきて、わたくしの胸のうちで吹き荒れた。

 目の前で家族を殺された悔しさと絶望、何もできず震えていた自分への悔しさ。兄姉たちへの懐かしさ、もう一度会いたいという胸を焦がすような渇望。

 何でもない日常の日々への憧憬と諦め。

 自分でも制御できない感情に狂わされるような心地だった。感情を取り戻すほどに、人間へ戻ってゆくほどに、わたくしは今自分の置かれている環境の恐ろしさに気付かされて、怖くなった。

 見渡す限り、わたくしの周りには敵しかいなかった。旧敵国ステラリオンの王女を憎む者たちしか。その中で、ただカレンだけがわたくしの味方だった。

 気づいてしまえば、もう知らないふりはできなかった。わたくしは、自分がこのロッドラントにおいてどれだけ異端的な存在なのかを理解した。いつ殺されてもおかしくないような危うい身の上であることも、ただカレンの温情のおかげで生き延びられていることも。


 感情など取り戻さなければよかった、いっそ人形のようにまともな意思もなく過ごしていた日々の方が楽だったと、何度も思った。

 心などなければ、感情などなければ。こんな恐ろしい思いをすることはなかっただろう。ありとあらゆるものに怯えながら生きていかなければならないなんて、知りたくもなかった。

 でも。そんなことは不可能だった。カレンのそばで時間を過ごすほどに、わたくしは、自分にもかつて喜怒哀楽があったことを思い出した。

 カレンは人一倍感情の起伏が激しくて、まるでわたくしの分まで笑って、泣いて、怒っているかのようだった。そんなカレンと一緒にいると、ああこういう時には笑っていいのだ、怒っていいのだと、少しずつわかっていって、それだけのことがとてもうれしくて、楽しくて、幸せだった――。

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