第11話

 わたくしの祖国、遙かなるステラリオン――十二年前、隣国ロッドラントに滅ぼされた。


 魂の半分をそこに置いてきた。懐かしくうつくしい故郷に。

 両親と兄姉たちをすべて殺されて、この国へ連れてこられた時、わたくしはまだ五歳の子供でしかなかった。誰もかれもが冷淡なまなざしを向け、あるいは目をそらし、わたくしを無視した。涙はここへ来る途中の馬車のなかで流れ尽くして枯れてしまった。宮廷人たちは、泣きもしない気味の悪い子供とわたくしを呼んだ。

 味方などいるはずがなかった。勝利した側とはいえ、戦で多くの人員を失ったのはこの国も同じだった。王の慈悲により生かされた、幼いステラリオンの王族の生き残りを哀れむ者などいない。彼らにとってわたくしは、かつての敵国の王族であったから。

 カレン――ロッドラント王女ヴェレトカレンだけがわたくしに微笑んでくれた。手を差しのべて、名を呼んでくれた。

 ルゥはわたしの人形なんだから。

 そのひとことで、わたくしは多くの加護を与えられた。どれほど憎いステラリオン王家の生き残りだろうと、ロッドラント王女のお気に入り、それも王から手づから与えられた”人形”ともなれば臣下たちが排除するわけにはいかない。


 カレンのそばだけがわたくしの居場所だった。

 彼女の目の届かない場所では、女官たちが嬉々としていじめてくることはすぐに理解した。宮廷に出仕している女官たちの多くは寡婦で、ステラリオンとの戦で夫や親族を亡くした者は珍しくなかったから。

 とうに成人した大人たちが、たった五歳の幼子にその憎悪をぶつけるのがどれほど異様なことか、当時は理解できなかった。ロッドラントの宮廷では、右を向いても左を向いても、憎しみの視線しか見つけられなかったから。

 カレンのそばにいる時だけは、誰もわたくしを睨むことはなかった。すれ違いざまに呪いの言葉を吐かれることも、つま先を踏まれることも、髪を引っ張られることも、なかった。

 わたくしは、はじめは女官たちから逃れるために、そして次第に自分から望んで、カレンのそばで過ごすようになった。朝起きてから夜眠るまで、ほとんど付きっきりのようにそばにいた。女官たちがわたくしを苦々しく思っていることは明らかだったけれど、表だっては誰も、カレンを非難することなどできなかった。


 わたくしはカレンの人形だった。ルゥという名の、等身大の、動いて、言葉を解する、人形。ステラリオンの末王女シェルリオールなどではなく、ロッドラント王女ヴェレトカレンの人形。

 カレンが――まだ幼いロッドラントの王女がお気に入りの人形と同じ寝台で眠ったところで、誰が非難できるだろう。王女殿下、カレンさま、それは人形などではなくかつての敵国の王族なのですよと、誰が口にできるだろう。

 カレンの前では、大人たちはわたくしを無視し、いないものとして扱った。わたくしに話しかけるのはカレンだけで、わたくしが話しかけるのもカレンだけ、だった。

 無垢で純真なカレン――ロッドラントのヴェレトカレン王女――わたくしの父も、母も、兄も、姉も、彼女の父親に殺された。

 けれど、ふしぎと、彼女を恨む気持ちは起こらなかった。あまりに色々なことがありすぎて、人間らしい感情は何年も凍りついたままだったから。

 でも、忘れかけていた笑い方も、泣き方も、怒り方も、カレンが泣いて笑っているのを見ているうちに思い出した。彼女はまるで、わたくしの分も笑って、怒って、泣いて、くやしがって、喜ぶかのようにいつもにぎやかだった。

 一年、二年とともに過ごすなかで、それこそ人形のように感情の乏しかったわたくしがだんだんと感情を出すようになったのを、カレンは我がことのように喜んでくれた。

 彼女のそばで、わたくしは、自分が人間であったことを、ゆっくり思い出していった。

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