第13話



 カレンの知らないことをいくつもわたくしは知っている。

 女官たちはどれほど性格が悪く陰湿かも。

 宮中の貴族男性たちがいやらしい視線を向けてくることも。

 世継ぎの王子がが父王と不仲であるという噂が流れていることも――彼が不義の子であるという話まであることも。

 カレンのいない時、女官たちはおしゃべりにいそしむか、わたくしに不快げなまなざしを向けるかのどちらかだ。たいていは前者。十年近く経ち、彼女たちは”ルゥ”を完璧にいないものとして扱うすべを身につけていた。無視されたほうがわたくしにとっても楽だった。女官たちがわたくしを見る時は、いやみを言ったり、針で肩や背を刺してきたり、ドレスの裾を踏みつけたりしてくる時だけなのだ。


 それほどまでに意地の悪い女官たちが、どうしてカレンのことだけは宝物のように可愛がって悪口ひとつ言わないのか、ふしぎだった。

 その理由は、わたくしがロッドラントに来てから十年ほど経った頃にようやくわかった。

 現ロッドラント王には王子と王女がひとりずつある。だが、世継ぎである王子には、亡き王妃の不義の子ではないかという噂が常につきまとっていた。宮廷人たちが根拠とするのは王子の髪が亜麻色であることと、亡き王妃が重用していたステラリオン人の護衛の存在。国民のほとんどが黒髪黒目であるロッドラント人に対し、ステラリオン人は髪も目も淡い色の者が多いのだ。

 女官たちのほとんどはその噂を信じていた。となると、カレンは真実国王の血を引く唯一の子ということになる。真綿でくるむように、傷つきやすい花のように、誰からも丁重にたいせつに扱われるのも道理だった。いずれ彼女こそが世継ぎに据えられ、やがて玉座へ登るのだと話す女官はひとりやふたりではなかった。

 はじめてそのことを知った時、いやだ、と思った。ロッドラント王に、カレンが、即位する。そんなことは、許せない。

 だって、ロッドラント王とは、ステラリオンを滅ぼした者の象徴ではないか。わたくしは、カレンのことをロッドラント王だなんて、呼びたくはなかった。


 わたくしが成長してゆくことを、カレン以外に望んでくれる者はいなかった。何年もかけて学ぶと同時に、凍てついた感情をすこしずつ取り戻し、わたくしは人間へ戻ろうとしていた。

 けれど。いままで人形のようにうつろな目をしていたはずの敗戦国の王族が意思を取り戻しはじめたことを警戒する宮廷人たちは大勢いた。

 いままではなにも知らない子供、ぼんやりした愛想のない人形、王女カレンに気に入られているだけが取り柄の死に損ないのステラリオンの生き残りだった。

 けれど成長し、知恵を蓄え、感情の存在を思い出したわたくしは――かつての敵国の王族、ロッドラントを恨んでいるはずの、なにを考えているのかわからない娘へと変貌しつつあった。

 生きるためには、わたくしは人形へと戻らなければならなかった。些細なことで疑いを持たれ、やはりステラリオンの王族など生かしておくべきではなかったのだと言われ、処刑されるくらいなら。なにも感じないふりをして、言われたことにうなずくだけの、無害でおもしろみのない存在を演じることなどたやすいことだ。

 だから。

 わたくしの魂の半分は祖国ステラリオンへ置いてきた。

 残りのもう半分は、生きるため、カレンに預けることにした。

 いつかそのふたつを取り戻した時、ようやくはじめて、わたくしは”生きる”ことができるだろうと思いながら――。

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