第14話

 *


「ああ、もうそろそろ無理な頃だな。あと一二年が限度だろう」


 カレンたちと散歩に出かけた先、足をくじいて歩けなくなってしまったわたくしを迎えに来た男は、ひどく冷たい目をして、そう言った。

 あなたはどんどんうつくしくなる。誰も無視できないほどに。宮廷人たちはあなたの存在を思い出す――ステラリオンの王族が、まだひとり、生き残っていることを、と。

 不吉な、それは予言であった。そしてわたくしには実際、心当たりがあった。

 この一年、おのれの姿がどんどん変わってゆくことは自覚していた。背が伸びて、顔立ちからは子供っぽさが次第に失せ、からだつきがすこしずつ変わって。

 なにより、ルゥはきれいになったと、カレンが言うのだ。何度も何度も。大人っぽくなった、どんどん美人になってゆく、と。

 誰だって歳をとる。子供はいつか大人になる。そんなことは、いわれなくともわかっている。けれどわたくしは、大人になりたくなかった。不可能だとわかっていながら、ずっと子供のままでいたいと願っていた。

 わたくしは――ステラリオンの王女シェルリオールは、子供であったから処刑をまぬがれた。兄のように首を斬られることも、姉のように城壁から吊されることもなかった。無力な、ロッドラントに害をなすことなど到底不可能な幼子であったから。

 では、無知で無垢で無力であったはずの子供が、大人になってしまったら?

 ロッドラント王は、敗戦国の王族の最後となった生き残りを――そのまま生かしておくだろうか。

 黙り込んだわたくしを、王子は横抱きに抱き上げた。ゾッとするほど嫌だったけれど、足をひねって歩けなくなってしまったわたくしを迎えに来たのが、よりにもよってこの王子だったのだ。彼の手を拒めば、もうじき完全に陽が落ちるこの時刻に、わたくしは一人取り残されるしかない。

「父は、あなたを放置してはおかないでしょう。うつくしすぎて、目を引きすぎる」

 わたくしの内心の怯えを読んだかのように、王子は言った。

「名門ステラリオン王家の美貌の王女だなんて、厄介ごとの火種にしかなりません。王子ではないだけマシですが……現に、旧ステラリオン貴族たちがあなたを祭り上げて祖国再興を画策しているという噂もある。生かしておいても面倒なだけだと言い出す者も増えてきている」

「……では、殺すのですか。わたくしを」

「さて。こういう場合、とれる手段は三つあります。処刑か、修道院へ入れるか、結婚させるか――」

 思わず息をのんだ。それほどまでに衝撃的な言葉だった。

「婚姻は、有効な手です。旧ステラリオンの民はロッドラント王家に反抗的でなかなか手を焼かせてくれますが、かつての君主たる王家の姫君がロッドラントの王族と結婚するともなれば、態度を軟化させるでしょう」

「お断りだわ! あなたなんかと、結婚なんて――っ」

 とっさに足をばたつかせて暴れたせいで、ひねった足首に強い痛みが走った。そんなわたくしに、頭上からくすりと笑い声が落ちてくる。

「暴れないで。落としたら大変だ」

「いっそ落とされた方がましです」

「あはは、嫌われたものだ。――祖国の仇の息子に触れられるのはいやですか」

 返答に、詰まった。

 ステラリオンを滅ぼしたロッドラント王家には憎しみしかない。彼の言うとおり、親兄弟の仇であるロッドラント王の息子となればなおさらだ。

 だが、本心を口にするわけにはいかないことくらいは理解している――どんな些細なことであっても反抗的ととられる態度をとれば疑われることになるのだ。

 やはりステラリオンの人間だ、従順を装ってはいてもロッドラントに敵すると非難されれば弁解の余地もなく処刑されて終わりだろう。

「ああ、こんなことを訊くべきではありませんね。誰だってこたえられないでしょう」

「……いえ、」

 ロッドラントを恨んではおりません、昔のことは覚えておりません、わたくしはこの国に忠誠を誓っております――そう、こたえるべきだとはわかっていた。

 けれど、たとえ一時の偽りとはいえ、そのようなことを口にしたくはない。忠誠だなんて。恨んでいない、だなんて。

 わたくしの葛藤など知るはずもなく、王子はのんびりとした口調で続ける。

「カレンはあなたによく懐いていますね。兄である僕よりも」

「そばに……過ごす時間が、長いせいでしょう」

「それだけではないでしょう。きっと、歳の近い遊び相手がいることがうれしいのだと思います」

 あなたの話はよく聞いていますよ、シェルリオール。

 穏やかな声でそう囁かれ、どうしてだろう、背筋がぞっと冷えた気がした。

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