第16話

 わたくしが王子から得体の知れない宣告を受けた、ふた月後、カレンは十五歳の誕生日を迎えた。

 宮廷では盛大な宴が何日も続いて催され、大勢の貴族や商人たちからの贈り物がひっきりなしに運び込まれて部屋を埋め尽くす勢いだった。国王の可愛がっている王女の成人ともなれば、これを機に繋ぎを持とうと考える者は数えきれないほど現れた。

 カレンの誕生日を境に、わたくしの生活も大きく変わった。

 カレンはロッドラントの王女として、公式行事に出席することが増え、貴族たちからの招待を受けて茶会やら何やらに顔を出すようになったのだ。女官たちの噂話を漏れ聞いたところでは、将来の夫候補を決めるため、国中の貴族の子弟がカレンに会おうとしているのだとか。

 そのような場にわたくしが同席することは、けしてない。カレンが華やかな場へ出かけている間、じっと静かに彼女の帰りを待つことしかできない。なぜならばわたくしはステラリオンの王女だったからだ。得体の知れない亡国の王族は、ロッドラント人からすれば、まるで王女にまとわりつく害虫にも等しかった。

 それでも、夜になればいつものように、カレンと同じ寝台にもぐり込んだ。その時だけがいままでと変わらない。

 昼間離れていた分を補うかのように、カレンはさまざまなことを話してくれた。今日はどこそこの貴族と会った、珍しい茶を贈り物にもらった、親族の集まりがあった、大臣に孫が生まれたことを祝いに行った――わたくしの知らないカレンの話を聞くたびに、言いようのない焦燥に襲われた。このまま、どんどん一緒に過ごす時間が減っていったら、しまいにはどうなってしまうのだろう。

 いずれカレンは結婚する。嫁ぐのか、婿を取るのかはわからないけれど、ロッドラントの唯一の王女がいつまでも独身でいることはあり得ない。王女の身分にふさわしい、有益な相手が選ばれるはずだ。そうなれば、いつまでもカレンのそばにいることはできない。新居へ侍女を連れていくことはできても、”ルゥ”を連れていくことは周囲が認めないだろう。


『姫さまも一人前の女性におなりですから、人形あそびは卒業なさる頃でしょう』

『ルゥへのご寵愛もそろそろ終わりでしょう。ああ、これでようやく安心できるというもの』


 女官たちがわざとらしく耳許で囁いてゆく通りだった。いままではカレンの幼さゆえに見逃されていたことも、永遠には通用しない。ステラリオン王家の生き残りを、いつまでもロッドラント王女の身辺に置いておくなんて――。

「毎日まいにち忙しいったら。わたし、お茶会も夜会も好きじゃない。ルゥがいないとちっとも楽しくない」

 くちびるを尖らせてぼやくカレンが心底愛おしかった。

 こうして”ルゥ”の存在を求めてくれることがどれほど幸せなのかを思うと、そしてそれがいつまで続くかわからないことを考えると、ぎゅっと胸がしめつけられるように苦しくなる。

「わたくしも。カレンがいなくて、さみしかった」

「ずっとひとりにしてしまってごめんね。前のように、一緒にいられたらいいのに」

 そうしてふたりで眠り、目覚めると、わたくしはまた、ひとりカレンを見送らなければならない。うつくしいドレスに身を包み、名残惜しそうに、申し訳なさそうに何度もわたくしを振り返りながら部屋を出ていくカレン。そのとなりに立つのはわたくしだけに許された特権だったはずなのに、いつのまにか当然のような顔をして女官たちが何人もそこに立っていた。

 わたくしは、奪われることに慣れていなかった。ステラリオンが滅びた時にすべてを失って、そのあとにカレンから与えられたものだけがわたくしに許されたすべてだったのだ。カレンに与えられたものを奪われることなど絶対にないと思っていた。そんなことをできる人間はこの王宮にいない、だからわたくしは、もう何も奪われることなどないのだと思っていた。

 だというのに、それさえ奪われてしまうのだ。わたくしが何もしていなくとも――ただステラリオンの生き残りというだけで。

 わたくしにはカレンと、カレンから与えられたものしかないというのに、それさえも過分であると言われてしまうのだ。悲しくて、怖くて、腹立たしかった。

 そうしていつしか、わたくしからカレンを引き離そうとするすべてが、憎いと思うようになった。わたくしにとっての唯一の希望を奪われることは、死ねと言われることよりも辛く、無惨なほどに、こころを切り裂かれるような苦痛をもたらした。

 なにもかもが許せなかった。わたくしからすべてを奪ったロッドラントも。それに荷担したこの国の貴族たちも。カレンとわたくしの間に立ちふさがる女官たちも。

 だけれど、わたくしは無力で、どうしようもなかった。

 カレンがいなければ、外へ出ることさえかなわない。日中は離宮のなかでひとり過ごすことしかできない。それすらも、あちこち動き回れば嫌がられるしいらぬ疑いをかけられるから、ほとんど部屋を出ることもなく読書か刺繍をしてただ時が経つのを待つ。

 カレンを除けば、わたくしに話しかけてくるのは女官たちだけだった。それも話しかけてくるというよりは一方的に嫌みを投げつけてくるだけで。

 それでもわたくしは、自分にできることをするしかなかった。

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