第7話

 *


 そして、時は流れる。


 *


 その日は朝から風が強くて、ゴトゴトと窓の鳴る音で目が覚めた。

 嵐でも来ているのかと思うほどの風なのに、空はきれいさっぱり晴れて、雲ひとつなかった。

 こんな天候の日に出かけたくないのはやまやまだったけれど、その日ばかりは絶対にはずせない用事が入っていたからすこしばかり憂鬱だった。ロッドラント大聖堂で、わたしを産んだ時になくなった母の――王妃の命日の祈祷式があるのだ。

 普段より軽めの朝食を済ませた後、大聖堂を訪れるのにふさわしい黒っぽく落ち着いたドレスに着替え、髪を結い、黒のヴェールをかぶった。

 いつもの礼拝ならばともかく、肉親の命日ともなればあまり華美な服装はできない。

 髪も目も黒いわたしが黒いドレスをまとったさまはまるで烏のようで、身につける宝石も最低限、となれば、装う楽しみなどどこにもない。

 唯一うれしいことがあるとするなら、その日はルゥが、大聖堂に同行することになっていた。

 はじめ、一緒に行きたいと言われた時には驚いたけれど、「わたくしの大事なカレンの母君さまのご命日ですもの」だなんて言われてしまったら、まさか駄目だなんて言えるはずもない。

 そういうわけで、支度を終えたわたしとルゥは、似たような黒ずくめに身を包んだ侍女たちとともに何台かに分けて馬車に乗り込み、我が国第一の大聖堂へと向かった。

 祈祷式そのものはつつがなく進行し、終わった。

 大聖堂のなかは十分な光が入っているはずなのにどこかぼんやりと薄暗く、あちこちに置かれた燭台と香炉が時折ぴかっと輝いた。

 その後、わたしたちは再び馬車に乗ったものの、離宮には戻らずに宮廷へと向かい、そこで全員が降りた。

 わたしはもともと予定があったので待ち合わせのために宮廷に用があったのだけれど、ルゥやその他の侍女たちはそのままの馬車で離宮に一足先に帰るわけにはいかなかった。というのも宮中には面倒なしきたりがあるので、王家の紋章の入った王女専用の馬車をルゥと侍女たちだけで使わせるわけにはいかなかったのだ。だから彼女たちも馬車を降り、替えのものが用意できるまで城で待機することになった。

「じゃあね、ルゥ、先に戻っていてね」

「はい、カレン」

 わたしはちょっぴり背伸びをして、ルゥのこめかみにかすめるようなキスをして、別れた。




 文字通り、それがルゥとの別れになってしまうだなんて、知りもしなかった。



 離宮に戻り、深刻そうな顔をした女官たちから「ルゥはもうここへは戻りません」「国王陛下の命により王宮へと連れて行かれました」と告げられた時、心臓が止まってしまうのではないかと思った。

 わけがわからなかった。どうしてわたしのルゥを、父が連れていってしまうのか。

 そしてひとつの仮説に思い至り、ショックのあまり血の気が一気に引いて、あやうく倒れそうになった。

 父のステラリオン人嫌いは有名な話で、王宮で知らない者はいないと言われるほどだった。だからこそステラリオンと戦をし、かの国を滅ぼしてしまったのだから。

 そしてルゥは、そのステラリオン王家の最後の生き残りなのだ。――――父は、いままで見逃してきたルゥの存在を許せなくなったのではないか?

 わたしは恐慌状態に陥り、馬車を走らせて王宮を目指すと、真っ先に兄のところへ向かった。国王である父をいさめられるとしたら、世継ぎである兄しか考えられなかったから。

「お兄さま! ルゥを助けて!」

 開口一番、なりふりかまわず飛びついて、まくしたてた。

「お父さまはステラリオン人が大嫌いなのよ、それなのにわざわざ呼び出されるだなんて……ルゥがひどい目にあわされていたらどうしようっ、お兄さま、お願い、ルゥを……」

 いきなり飛び込んできて訳のわからないことを叫び散らす妹に、兄は驚いていたけれど嫌そうな顔は見せず、優しい声でこう言った。

「落ち着きなさい。カレン。話は聞いている。シェルリオールは大丈夫だ。――すくなくとも、おまえの考えているようなことにはならないよ」

「…………本当に?」

「本当だとも。僕はおまえには嘘をつかないよ」

 やさしい手がゆっくり頭をなでてくれて、その感触のおかげですこしだけ、落ち着いた。

「明日、一緒に父上のところに行こう。きっとシェルリオールにも会える」

「うん。そう、する」

「いい子だ」

 兄はにっこり笑った。

 ――確かに、兄は嘘を言わなかった。けれど真実も告げなかったことを、何年も後になって、気づいた。

 翌日、わたしは父に会い、確かにシェルリオールにも会った。

 けれど二度と、ルゥはわたしのところに帰ってこなかった。

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