第2話

 はじめ、見たことがないくらいきれいなルゥがとにかく自慢で、わたしはどこへ行くにもそばから離さずいた。

 眠る時でさえ、ルゥを同じ寝台に引っ張り込んだ。


 大人たちがそれをどう思っていたのかはわからないけれど、苦笑半分に、幼い子供のすることだからと見逃されていたのだと思う。

 そうして誰にも注意されなかったことでわたしはどんどん調子に乗って、会うひと会うひとにルゥを見せびらかし、わたしの人形よ、素敵でしょう、と自慢して回った。


 わたしは王女だから、もちろん皆、お世辞と社交辞令しか言わない。大人たちは誰もが笑顔でルゥのことをほめてくれた。

 大人たちから賞賛されるほどの宝物を自分が持っているのだと思うととてもうれしくて、わたしはますます有頂天になり、思いつく限りにルゥをかわいがった。

 自分のドレスを着せて、お気に入りのリボンも靴も宝石ピンも貸して、髪を結い、人形の着せかえ遊びのようにルゥを飾りたてた。


「きれい、ルゥ、ほんもののお姫さまみたい」


 なにかの拍子に、わたしがそう口走ったことがあった。するとルゥは、ほんのすこし目を見張って、まじまじとわたしのことを見つめた。

 それまでにルゥが表情を動かしたり、感情らしきものを見せたことはなかったから、わたしはびっくりした。

 それまでのルゥはいつも物静かで、ほとんど口も利かず、本当に人形であるかのように、話しかければ一日中ソファに座ったまま身じろぎもしなかったのだ。


 子供だったわたしは、そんなルゥのことを「大人っぽい」のだと思い込んでいたけれど、その時にはじめて、ルゥにも感情があるのだと理解した。

 ――ルゥが「どこ」から連れてこられた「誰」なのかをわたしが知るのは、もうすこし後のことだ。

 大人たちは何も教えてくれなかったから、代わりに三つ年上の兄がこっそり教えてくれた。



 ルゥが、わたしの父によって滅ぼされた隣国ステラリオン王家の唯一の生き残り、シェルリオール王女であることを知った時、一番最初に思ったのは「だからあんなにきれいなんだ」ということだった。

 

 ステラリオンは大陸一の歴史を誇る名家で、千年前から続く家系、かつてこの世の半分を支配した聖王国の正当な末裔と呼ばれていた。

 古い時代には、ステラリオンの王家は神々の末裔を名乗ったこともあったという。それほど特別な家の生まれだから、特別にうつくしいのも当然だと思った。

 それで、わたしはますますルゥのことが好きになった。

 わたしの人形は、きれいなだけでなく、誰もが知る名門ステラリオン王家の王女でもあったのだ。珍しくて、特別で、うつくしくて――貴族たちが美しく貴重な宝石を見せびらかすように、わたしはルゥを見せびらかしたかった。

 どれだけルゥを大事にしているかを周囲に示すために、片時もそばから離さなかった。実の姉妹がいたりしてもこれほど一緒に過ごすことはないというくらい、朝起きて、着替えて、食事をして、教師について学んで、散歩をして、そして眠りにつくまで、いつも一緒だった。


 何年もそうして過ごすうちに、すこしずつルゥは笑うようになって、怒ったり、悲しんだり、感情を見せるようになっていった。

 わたしはその変化がうれしかったけれど、成長するにつれてだんだんと、申し訳なく思うようにもなった。


 ルゥを人形と呼んでいたのはずっと昔、幼かった頃のことだ。

 いまのわたしは、ルゥがまぎれもない人間であることを知っている。わたしより遙かにうつくしくて、賢くて、大人びていて、感情も意思も持っている、ひとりの人間だと。

 なのにいつまでこうして、わたしのいいように振り回していていいのだろうか。わたしが好きなことをするように、ルゥにだって自由になりたいと思うことがあるだろう。わたしに付き合わされることがいやになる時だって、あるだろう。

 

 十歳かそこらの時、わたしは思い切ってルゥにたずねた。

 自由になりたいと思う? わたしの人形と呼ばれるのはいや? もしもそうなら、お父さまに言ってあなたを自由にしてもらうわ――――するとルゥは、わたしが予期しなかったことに、ぽろぽろと涙をこぼして泣き始めた。


「カレン、お願いですから、わたくしをそばに置いてください」

「自由なんていりません、だからわたくしをひとりにしないで」

「カレンから遠ざけられてしまったら、どうやって生きていけばいいかわからない」


 切れ切れにそう言って、わたしにしがみついて、いつまでもいつまでもルゥは泣きやまなかった。

 いつも穏やかで落ち着いているルゥが、まるで日頃のわたしのように、感情のままに泣き続けることにびっくりしたけれど、こころのどこかでは「うれしい」とも思っていた。

 わたしよりはるかに大人びているルゥが、泣いてすがりついてくるくらい、わたしと離れたくないと思ってくれているだなんて。とても信じられなかった。

 わたしはルゥのことが大好きだったけれど、ルゥがわたしのことを少しでも好いていてくれているのか、その時まで自信がなかった。


「わかったわ、ごめんなさい、もう二度とこんなことは言わない」


 わたしはルゥに約束した。するとルゥは顔を上げた。

 さんざん泣いて潤んだ青い両目がこのうえもなくきれいに輝いていた。宝石のようにきらめくその瞳に見とれながら、やわらかい声で、とびきり優しい言葉を探し出し、砂糖菓子を味わうようにそっと舌にのせた。


「わたしたち、ずっと一緒よ。約束する。だから、ね、もう泣かないで。わたし、ルゥには笑っていてほしいの――」

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