少女は白き花を乞う

二枚貝

第1章 ヴェレトカレン

第1話

 きっかけは、いま思えば、本当に些細なこと。

 けれど、なにも考えずに発した言葉が誰かの人生を変えてしまうことは珍しくない。わたしのような身分にあれば、なおさら。


 何も考えずに発した子供の頃の一言が、わたしの人生を、そして”彼女”の人生まで、変えてしまった。


 運命とは、本当にふしぎなものだと思う。

 交わるはずのなかったわたしと彼女の人生が、こんな形で交わって、ぐちゃぐちゃにもつれた毛糸みたいに解くことさえできなくなってしまうだなんて、誰も想像しなかったはずだ。


 きっかけは、本当に、些細なことだったのだ。



 ***




「おとうさま! おでかけなさるのでしょう! わたしっ、おみやげに、おにんぎょうがほしいの!」


 全身全霊をかけて飛びついたわたしを軽々と抱き上げ、その時、父はほんのちょっと困ったような笑顔を見せた。

 当時わたしはまだ五歳で、周囲の大人たちは、父が戦争で遠征に行くことを幼い子供には告げなかった。

 陛下は大事なお役目で遠出なさるのですよと言われ、なにも知らなかったわたしは父が旅行をするのだと思い込み、無邪気に土産をねだりさえした。

 優しい父は、幼い娘の誤解を正すこともなく、話を合わせてくれた。


「ああ、そうだな、カレンのためにとびきりの人形を探してくるよ」

「うれしい! ぜったいよ、おとうさま!」


 そうしてねだっておきながら、移り気な子供のことで、わたしは父に強要した約束のことなどすぐに忘れてしまった。

 何ヶ月も経った後、父は帰国した。国王の帰還、それも戦勝というので、王宮中に花や銀貨が振り撒かれ、見たこともないほどににぎわいだった。

 そのなかで、父はわたしを呼び寄せると、こう言った。


「カレン、お前に約束した人形だよ」


 あの瞬間のことを、いまでもよく覚えている。

 わたしの目の前に連れてこられたのは、信じられないくらい繊細でうつくしい子供だった。背丈も、年の頃もわたしと同じくらいの、女の子。

 見事な銀の髪はまっすぐ腰のあたりまで伸びて、大きな瞳は宝石のように深く濃く澄んだ青――あまりにうつくしかったから、父に人形だよと言われて、疑いもせずに信じてしまった。

 こんなにきれいな人間がいるのだと考えるよりは、こんなにきれいなのだからつくられたものだと考えるほうが自然に思えた。それくらい、当時からすでに彼女は、誰の目にも明らかなくらいきれいな存在だった。

 わたしは思わず彼女に抱きついて、それから慌てて、壊してしまうのではないかとと不安になって飛び退いた。彼女は驚いた気配もなく、ただ静かにわたしを見つめていた。


「わあぁ……すごくきれい! おとうさま、ありがとう! だいじにします!」


 はしゃいで喜んでいたわたしに、父はひとつうなずいて、笑いかけた。

 そうしてその日から、彼女は――ルゥは、わたしの人形になった。

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