第117話 許嫁はツンデレ?

「いやーついに文化祭だなぁ!」

「今日は楽しもうねぇ!!!」


 文化祭当日はいよいよやって来て、莉音と結愛、花森さんと修馬の4人で、そう話す。

 すでに文化祭1日目は始まり、クラスの人だけでなく全校の生徒が、クラスの出し物なんかを見回るために校内を歩き始めていた。



「白咲さんも付き合わせちゃってごめんね。莉音が俺しか友達いないからさ」

「いえいえ、誘ってくれて嬉しかったです」


 あくまで4人で行動する建前をわざと大きな声で話しつつ、朝のホームルームが終わった教室から出る。


 中には「八幡ずるいな」なんて声も聞こえたりしたが、建前が建前なのでそれ以外はあまり噂されることもなかった。



「僕達もそろそろ回ろうか」

「よっしゃ、行くぜー」


 クラスの一軍、いわば陽キャラと呼ばれる人達はそんな声を掛けてから莉音達の背中を追い抜いていく。

 江川真司えがわしんじ笹口拓海ささぐちたくみという名前の同じクラスの男子2人は、女子にキャーキャーと言われながら、廊下を進んでいった。



「白咲さんは、ああいう人達と回りたかったりした?」


 それを見ていた修馬が、莉音の方をチラチラと見ながらも結愛に尋ねる。



「私は別に、ああいう方々と回りたいと思わないですね。まあ顔立ちは良いのかもしれないですけど、私が知ってるのはそれだけですし」

「結愛ちゃんは、そうだよねぇ〜」


 端的にそう告げた結愛は、通り過ぎていった彼らの背中を見すらしなかった。

 女子に囲まれるくらいなので美形ではあったし、結愛の目からもそれは間違いないみたいだ。


 だが結愛は客観的な評価は気にも留めていないようで、莉音とどう距離を取るべきか、それだけを考えながらソワソワと視線を泳がせていた。



「俺たちもそろそろ行こうか。ここで立ち話するのも時間が勿体ないし。……莉音も、もうちょい楽しそうな顔しろ」

「こう見えても楽しんでるつもりなんだが」

「…………まあ、最初はお化け屋敷にでも行きますか」

「誤魔化したな」

「細かい事は気にすんなっ!」


 ヘラヘラと莉音の背中を叩く修馬にしっかりと倍返しをしながらも、止まっていた足を前に出す。



「お化け屋敷、、、ですか、」

「いいじゃん!さんせーい!!!」


 何やら企みのある結愛の表情に不安になりながらも、4人はお化け屋敷をやっているクラスの元へと向かうのだった。





「ここ、結構暗いんですね。文化祭のお化け屋敷とは思えないです」


 そしてその数分後、莉音達はお化け屋敷の中へと入っていた。

 全校生徒での文化祭なので少し待ちはしたが、それでもまだ時間的に早かったからか、そこまで待ち時間が長いというわけでもなかった。


 お化け屋敷の中には2人ずつで入ることになっているらしく、修馬と花森さん、莉音と結愛の組で別れた。

 何でもお化け屋敷には同性と入っても面白くないとの事らしく、半強制的にこの組み合わせになる。

 

 お化け屋敷の中に入るまでは結愛が視線を注がれるように注目を浴びていたが、人が多い文化祭では人混みに紛れたからか、比較的に騒がれたりはしなかった。


 まあ別の所からは随分と楽しそうな雄叫びが聞こえたりするが。



「確かここって3年のクラスの模擬店じゃん?で、そのクラスに物理と化学が大好きなやつがいて、光の遮り方を熟知してるらしい」

「何ですかそのリアルさがないようである話」

「しらね、ただ前日から噂になってたらしい」


 莉音達がここに来たのは、修馬と花森さんのチョイスだった。何でも、あまりの暗さに作った本人達すら準備中に足元を滑らせたりするらしい。

 まあその話は修馬から聞いたのだが、ここの部屋はただノリで作っただけではなく、知識と技術も用いられていた。


 それでなのだろう。莉音達がお化け屋敷に入った時には、後ろに結構な行列が出来ていた。



「…………莉音くん、怖い」


 そんな暗闇の中を歩いていれば、結愛は莉音を求めるような甘い声で、制服のシャツの袖の部分を小さく握った。

 すでに夏服に着替えていたので、結愛の細く冷たい指は莉音の二の腕に直接当たる。



「…………結愛さん、それにしては随分と余裕が見えるんですが?」

「こう言っておけば、男の人はきゅんきゅんすると聞いたので」

「それでか」


 怖い、という割に声が震えているわけでもないので気になっていたが、どうやら結愛は莉音をドキドキさせるつもりだったらしい。

 最近の結愛はこういうことを平然としてくるのだから、動悸が高まる。



「どうです?莉音くんはきゅんきゅんしました?」


 もうお化け屋敷のことなんてそっちのけで、結愛は莉音の顔だけを凝視して首を傾げた。

 お化け役の人が何人いるのかは知らないが、莉音もその事なんてすっかりと忘れて、意識は結愛にだけ向く。



「…………そんなことしなくても、ずっとしてるけど?」

「そ、そうでしたか。……って、莉音くんが私をきゅんとさせてどうするんですかっ」

「そんなことを俺に言われても……」


 むすっと莉音の肩に頭突きをしてみせる結愛は、「まったく……!」と口に溢す。

 そんな結愛を莉音が隣で見守りながらも、続けて歩んでいった。

 


「あれ?結愛、本当は怖いんじゃないか?」


 しばらくの間、無音の時間が流れるが、暗い部屋に薄らと見えるその装飾なんかは、時々莉音と結愛をビクッと驚かせた。


 しかし、その反応の後に結愛が莉音の袖をぶるぶると震えながら掴むものだから、莉音の中には結愛は本当に怖がっているのかもしれないという疑問が生まれる。



「べ、別に……怖くなんて、ないです」

「それにしては震えてるし、さっきよりも俺の服掴む力が強くなってるぞ?」

「平気ですっ!」


 莉音がほんの少し煽るような口調を見せれば、結愛は勢いよく掴んでいたシャツから手を振り解く。

 それでもその後すぐに立ち止まったのは、やはりお化け屋敷というものが怖かったからだろう。


 というよりも、結愛の中身を知るうちに、何となくだがこういったものは苦手なんだろうなと予想はついていた。


 だから「今度ホラー映画でも見てみるか?」と揶揄うように聞いてみれば、「の、望むところです……」と、今更引けなくなった結愛が声を震わせながらそう返したりした。



「…………あの、莉音くんがどうしても怖いっていうなら、手でも握ってあげないこともないです、よ?」

「俺が?」


 結愛は一体どこまで強がるのだろうか。少し潤んだ瞳を見れば怖がっているのなんてすぐに分かるのだが、それでも結愛は隠しているつもりらしい。


 ちょっとだけそっぽを向きながらも、結愛はそっと手を伸ばして、莉音が手を握り返してくれるのを待っていた。



「い、一応言っておきますけど、私が怖いわけじゃないですから!ただ莉音くんが怖そうだったので、仕方なく、です」


 今この状況でもそんなことを言うのだから、莉音は可笑しく思ってしまう。それが可笑しくて可愛いだなんて事は、口が裂けても言えないが。


 勇気を振り絞って言葉を口にした結愛は、すでに勝ち誇った顔をしている。おそらく、莉音がその手を握ってくれると思っているのだろう。


 いつもならそうしたし、今もそうしたいとは思っている。だが、結愛に振り回されている莉音としては、たまには結愛を振り回したい。


 そう思い、今はその手を握りはしなかった。



「え、いやいいわ。そもそも俺怖くないし。」

「そ、そこはお世辞でも怖いって言ってくださいよぉ……」


 莉音が手を握ることに期待していた結愛は、莉音が返した言葉にしゅんと落ち込んだ様子を見せた。



「でも、結愛が怖いって素直に言えば握ってあげるけど?」


 きっと結愛と莉音はこの後お化け屋敷を出禁になるだろう。自分達でもそう思うくらいには、他の人の目がない暗闇の空間を、必要以上に満喫していた。



「…………暗いとこ、苦手です」

「正直に言えて偉い偉い」 

「むぅ。本当に怖いのに、私を揶揄って……」


 莉音は正直に自分の思いを曝け出した結愛の頭を、本能に従うままに優しく撫でた。


 それもそのはずだ。可憐な少女が自分が怖いのを隠すために強がっていた、そう思いながら隣の結愛を見てみれば、いつもよりも可愛らしく見えて仕方がないのだ。



「これくらいしないと、怖さ消えなさそうです」

「ゆ、結愛!?」

「…………くらいとこ、こわい」

「それずるいぞ」

「だって事実です、もん」


 莉音に揶揄われすぎたからか。それとも本当に怖かったのか。結愛は莉音と腕を組むようにして、距離を近づけた。

 ただ同時に、莉音の腕に顔を隠すように埋めたりもした。


 薄くなった生地の夏服は、彼女の柔らかな体のラインを莉音に鮮明に伝える。

 特に腕に当たる柔らかくもどこか硬さを訴えているそれが、結愛の意思で強く押しつけられている気がしてならなかった。


 細い毛先の柔らかな結愛の長い髪も腕をくすぐり、体の右半分は結愛によって埋め尽くされていた。



「ここ、出るまでだからな?」

「分かってますよ、それくらい……」


 2人は出口付近までその体勢のまま、ゆっくりと進む。

 係の人から「やっと出てきた」という視線を向けられるのだが、結愛と莉音の意識はお互いにしか向いていなかった。


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