第115話 文化祭準備でも2人は隠れてイチャつく
「八幡くーん、ちょっと掲示用の板とか貰いに行ってくれない?」
「分かった。行く」
「本当にありがと〜!確かここの上の階の空き教室に置いてあるみたいだから、お願いね!」
いよいよ文化祭の準備が始まり、さっそく放課後から展示の準備がスタートした。
うちのクラスは学校の歴史についてをまとめて、それを教室内に展示するだけなので、面白味には欠けるが楽ではあった。
修馬や花森さんはレポートの聞き込みなんかをすることになり、教室にはいない。教室に残った人達はすでに仕上がったまとめの貼り付けや、軽い装飾に取り掛かっていた。
「あれ?八幡くんも荷物運ぶの手伝ってくれるの?」
「文化委員の人に言われたから」
「そっか!助かるよ〜!!」
莉音は特に任せられた仕事もなく、雑用と言うべきか、言われた通り指示された場所に掲示板を取りに行く。
文化祭準備は数日に分けて行われるので、流石に掲示板をずっと教室に置いておくのは邪魔だったようで、空き教室を借りてそこに置かれていた。
上の階の教室にはすでにクラスの女子も道具を運ぼうと来ていたようで、莉音が来たことに驚きながらも、手で招きながら手伝いを求めた。
「如月さん、それ持てるの?」
「う、それは頑張るとしか言えない……」
それで持てるはずがないと分かるのは、普段の結愛の私生活を見ているからか。
「それ、、というか重い物とか、ここにある物は全部俺が運んでおくよ。だから如月さんは教室を手伝ってきたら?」
未だに動きそうにない掲示板を見た莉音は、彼女に向かってそう言った。
ここで無駄な時間を過ごすよりは、教室に戻って手伝いをした方が確実に効率がよいといえるだろう。
無駄な時間と言えば、頑張っている如月さんには聞こえは悪いが、荷物を運びをするよりかは教室に戻った方が良いに決まっている。
「え、いいの?何か八幡くんに悪い気がするんだけど……」
「俺は荷物運びくらいしか役に立たないからな。言われたのは掲示板だけだけど、それ以外の小物とかも持っていくから」
「荷物運びしか役に立たないとか、そんなことはないと思うよ?」
キョトンとした表情を浮かべ、口を開いたまま莉音の顔を見つめる如月さんは、しっかりと莉音のことをフォローしつつも、首を横に傾げる。
「もし如月さんが俺を教室にいるだけの役立たずにしたいなら、俺は荷物運ぶの手伝わないけど?」
「そう言われると、私は任せるしかなくなるよね」
「じゃあそうしてくれ」
莉音の言葉に、彼女は逃げ道を無くしたのだろう。一応手に持てるだけの道具を持って、教室の扉の方へと歩き出した。
「うん、ありがと!八幡くんって優しいんだね!」
「自分がやれることやってるだけだから。まあここならサボれるし」
「あーいけないんだー!!!でも今回は私の顔に免じて黙っておいてあげましょう!えへへっ!」
なんて結愛とはまた違った愛嬌のある笑みを顔一杯に浮かべた如月さんは、駆け足で廊下を走っていた。
「あらあら、随分と優しいんですね」
「…………結愛」
如月さんが莉音のいる場所を去ってから数秒後、今までのやり取りを見ていたかのような口調で、また来客がやってきた。
それが結愛だと言うのは、聞き慣れた声ですぐに分かった。
「何、揶揄いに来たのか?」
「いえ別に?ただ貼り付け用のセロハンテープが切れたから新しいの取ってきて欲しいと頼まれたので、たまたまここに来ただけです」
「あーそゆこと」
結愛がここに来た理由を聞いてみれば、莉音は納得して頷いた。まあ結愛の場合は自発的に取りに行くと名乗り出たのだろう。
男子もいた教室で結愛をパシリに使うなんて、まず有り得ない。
何故結愛が自ら雑用に名乗り出たのかは、健全な男子高校生である莉音は自分の都合の良いような解釈をしてしまいそうになる。
「一応誤解されないために言っとくけど、別に優しくしたかったわけじゃないからな。ただ教室に行ってもすることがないのが事実だっただけ」
「そこは心配してないですよ」
「そこはって何」
莉音と2人きりになってからというもの、結愛がじっと見つめてくるので誤解をされないようにそう言うのだが、結愛は呆れたようにはぁと息を吐く。
ここで結愛に誤解されたくないと思ったのは莉音なりの男心なのだが、結愛がそこに触れることはなかった。
「莉音くんは分かってないですねぇ。女の子は意外とああいう言い方にきゅんとするものなのですよ?」
「そうなの?」
「そうなのです」
これまであまり女性経験がない莉音にはイメージがつかないものだが、あんな接し方で心動かされるのだろうか。
そう疑問にはなるが、結愛が言うので嘘ではないはずだ。
(じゃあ結愛は、俺にきゅんとしてるってことなのか?)
そして結愛が言うからこそ、莉音の中にはまた別な疑問が浮かんだ。
結愛自身がきゅんとした経験がないと、莉音の言動に心動かされるかは分からないはずだ。
莉音自身、結愛の頬が赤くなったりしているのを見た事があるので、そういう事なのかなと思ったりする。
が、あまり変に妄想しすぎても良くないので、現実の結愛に目を向けた。
そこにいた結愛は、普段は家でしか見せない表情をしていて、それを視界に入れた莉音の自制心も緩んでしまう。
「…………それなのに莉音くん、他の女の子には優しくしてるのに、学校では私に優しくしてくれないです」
「それは何というか、ごめんとしか言えません」
結愛がしゅんと肩を落とすものだから、莉音は見て見ぬフリなんて出来ない。
「でもその分、家で優しくする。というのは?」
「…………いいでしょう。それで許します」
代替え案にはなるが、それならと莉音は意見を主張した。莉音の意見に結愛は顔を明るくし、幸せそうに目を細めた後に、うんうんと首を上下に振る。
そんな小動物のような仕草を見せられれば、誰だって愛でたくなるだろう。
莉音は自分の意思に赴くままに、手を伸ばす。
だが、その手が結愛の頭に触れることはなかった。
「何故撫でようとしてやめるんですか」
「いや、流石に学校ではやばいかなって。……てか、結愛の頭撫でるのが癖になってるわ」
「そうですか、それは良い傾向ですね」
「悪い傾向だろ」
「私にとっては、良い傾向ですよ?」
莉音の理性がよからぬ欲求との戦いを繰り広げている最中、結愛が悪魔的な魅力のある笑みを浮かべるものだから、莉音の中の男のサガが力を増す。
腹の中をぐるぐると回るような気分にはなるが、結愛を見守るという強い意志を持ち、それでも莉音は何とか堪える。
しかし、その理性にもそろそろ限界が近づいているのは、ここ数日の距離感を縮めてくる結愛を前にすれば明らかだろう。
こうしてところ構わず頭を撫でたくなっているあたり、すでに前兆が見られると言っても過言ではない。
「そろそろ運ぶか。結愛はこれ持って行って」
このまま2人きりでここにいるのはヤバいと本能で察知し、結愛に荷物を渡して、一度自分の教室に戻ることにする。
莉音はまた戻ってくるが、それでもここの教室には空気が甘すぎた。
「分かりました…………って、これだけじゃ軽すぎるんですけど」
「そりゃ重いもの持たせたら結愛落としそうだしな。折角筋トレしてるんだし、こういう時は任せてくれ」
莉音は結愛にセロハンテープの替えだけを渡して、廊下に出た。
結愛もそのことに今になって気付き、驚きを見せていた。
「…………さっきの発言取り消します。莉音くん、やっぱり学校でも優しいです」
それでもテープの替えをきゅっと胸の前で持ち、どこか儚く美しい表情をする結愛が、優しい声で囁くように呟いた。
「まあ、結愛の目的はテープだけらしいし?それだけ持っていけばいいんだよ」
「…………理不尽」
「世の中なんて大抵は理不尽なことばっかだろ」
「男子高校生がそれを悟るのはどうかと思いますけど」
2人は同時に歩き出して、ゆっくりと階段の元まで向かう。下の階からは賑やかな声が聞こえてきて、もうすぐ文化祭ということを雰囲気から伝えられる。
その一方で結愛が不服そうな顔をしているのも、隣を歩いている莉音には当然の如く伝わっている。
「ほんと、さっきの女子にも似たような事をして……」
結愛がそんな不満そうな表情と発言をするのは、莉音がクラスの女子に対して、優しく接しているのを見たからだろう。
莉音本人にはそんなつもりも意思もないのだが、女子的な心情でいけば、やはりムッとなる。
これまで自分だけに向けられていた視線が他の女子に向いたら、嫌になるのも当たり前のことだ。
さらに結愛の場合は人一倍愛を求め、そして依存しているのだから、莉音を独占したくなるのも無理はない。
それが独占欲なのか嫉妬なのかは、乙女の心だけが知っている。
それでも、莉音から向けられている優しさや温かさの種類が違うことくらい、結愛も分かっているが。
「むう……。優しい莉音くんは、私だけのものなのに、、、」
どれだけ胸の中に抑えていても、つい我慢出来なくなって漏れ出たその言葉は、結愛と莉音のどちらをも赤く染める。
結愛は恥ずかしさから頬を色付け、莉音は照れから頬を色付ける。
「…………優しい結愛も、俺だけのものだけどな。見せるつもりも、見せたくもないんだろ?」
「え、あっ、あ、、、はい……」
莉音も莉音でそんな独占欲を見せるあたり、2人はお互い様だ。
結愛は莉音から言葉に慌ただしい様子で頷き、また勢いよく首を上下に振る。
ブワッと広がる髪が結愛の心の揺れ状態を如実に表しており、空いた窓からの風でまた広がる。
その髪を抑える仕草が少し色っぽく見えるのは、過度に溢れ出た独占欲が原因か。
2人の間を通る
手と手が触れそうで触れないくらいの距離を保ちながら、またゆっくりと隣を歩くのだった。
【あとがき】
・レビュー頂きました!ありがとうございます!!
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