第114話 もうすぐ文化祭
「もうすぐで文化祭ですね」
6月になり、2年生になってから2ヶ月が経った。最近では割と遅い時間まで2人でリビングにいることも増え、この日も1日の日課を全て終わらせてからソファに座っていた。
「うちの学校、他の所に比べて文化祭があるの早いですよね」
「あー何か聞いた話によると、クラスの団結力を少しでも早く深めるためらしいぞ。一年生は入学してきたばかりだし、2、3年生もクラス替えがあったばかりだから、それで学校行事を通して早く仲良くなろう的な考え」
「なるほど。たしかに仲を深めるには適してますね」
莉音は修馬が前にふと話していたことを思い出し、それをそのまま結愛に伝える。
うんうんと頷いて見せる結愛は、マグカップに入った飲み物を喉に通した。
「一年の頃はクラス展示だけだど、二年からは飲食もオッケーらしいからな。盛り上がるやつらは盛り上がるよな」
その飲食が文化祭の醍醐味というべきか、そこを楽しみにしている人達も結構いるだろう。現に莉音達のクラスでもそういう盛り上がりはあった。
隣のクラスはメイド喫茶をやるとかで、莉音達のクラスとは比べものにならない騒ぎようだった。
「うちのクラスは展示ですけどね」と話す結愛に「そうだったな」と返す。
莉音達のクラスでも飲食をするという声は上がっていたが、それよりも他のクラスの展示や出し物を見たいという意見の方が多く、展示に決まった。
それならちょっとした見張りを少ない人数で回せば良いだけなので、文化祭自体を楽しめるというわけだ。
「莉音くんはあんまり楽しみじゃなさそうですね、文化祭」
「嫌い、とまではいかないけど、特別好きではなかったな。ほら、中学の頃とか友達もいなかったし」
「それは私も同じです。寄って来るのは下心が丸見えの男子ばかりです」
「それはご苦労だったな」
「本当ですよ」
お互いに苦労したな、そんな言葉を掛けながらも見つめ合って笑う。あんな過去をこうして笑えるようになったのは、紛れもなく結愛のおかげだ。
もうこの時点で、お互いがお互いに依存していると言えるだろう。人格に影響を及ぼしそうな程の辛い出来事だったのが、今では笑み一つでこんなにも安らぐのだから。
「でもまあ今年は割と楽しみだよ。修馬と花森さん、そして結愛と一緒に回れるってのは」
莉音達の学校こ文化祭は全部で2日あり、そのうちの1日目は4人で回ることになっていた。修馬と花森さんが気を利かせてくれたことにより、それは実現した。
花森さんと仲良い結愛、修馬と仲の良い莉音、そしてその4人が集まるのは、決しておかしなことではない。
それでも結愛の場合は他から誘いは受けるだろうが。
2日目はクラス展示の係もあり、おそらくは4人では回れない。なので修馬と莉音、花森さんと結愛の2組に別れるはずだ。
折角の文化祭だから2人で回ってくればと修馬達にも伝えたのだが、「友達も大切だから」と4人で回ることを受け入れてくれた。
それに1番喜んでいたのが結愛だと言うのは、パァと明るくした顔を見れば誰だって分かる。
「私も楽しみです。去年まではあんまり文化祭とか良い思い出なかったですけど、今年はわくわくしてます」
「結愛、去年までの文化祭で何かあったの?」
「ありましたね。文化祭というより文化祭終わりの後夜祭で、というべきなんでしょうけど」
「後夜祭?」
「はい」
うちの高校では2日目の文化祭の後に後夜祭というものがあり、中には文化祭よりも楽しみにしている人もいると聞く。
それ目当てで入学する人もいるので、後夜祭があるのはこの辺の高校では珍しかった。
「あ、別に参加したわけじゃないですよ?ただ、その後夜祭で一緒に踊った2人は幸せになれるみたいな話があり、それでたくさんの人に誘われたからあきあきしたってだけなんですけど」
「本当に大変なんだな、結愛も」
「大変でしたね。まあその時は家も遠かったですから、良くも悪くも参加自体がそもそも無理でした」
後夜祭ではグラウンドでキャンプファイヤーがあり、フォークダンスをするんだとか。
そこで踊った2人は結ばれるとか、幸せになれるとかいう噂があり、男子からも女子からも人気の学校行事となっている。
参加自体は自由なので、極端に参加者が少ないと翌年から中止になるらしいが、ここまで続いている辺り人気なのだろう。
それを機に付き合う人達も多いらしいが、結局は雰囲気で付き合っただけなので長続きなんてするはずもなく、少し経てば別れることの方が多いとも言われている。
そもそも、そんな踊りだけで幸せが保証されるなんてありえるわけがないのだが、学生というものはそういうものに左右されやすい。
「でもそういう、踊った2人が幸せになれるみたいな噂は迷信かもしれないですけど、女の子からしたら少し、憧れです」
「結愛も?」
「今のが私以外の話に聞こえました?」
結愛もそういったものに憧れるのかと少し意外そうに言葉にしたが、記憶に残るという意味では忘れることはないのかもしれない。
「今年は、参加するのか?」
「…………誘って欲しい人はいるので、その人から誘われたら、参加します」
莉音の服をパジャマにしている結愛は、そのサイズ感からより小柄さを強調し、華奢な体を莉音の方に突き出す。
(この小悪魔め……)
前のめりになって悪戯に莉音を覗きこむのだから、この子は小悪魔なのかとすら思ってしまう。
そして遠回しにその日に期待してますとも聞き取れるような発言は、当然ながら莉音はどう返すべきか戸惑わせた。
「…………あ、結愛今日は髪型違うんだな」
「む。話を逸らしましたね。別にいいんですけど」
結愛は小さくはぁと息を吐き、前のめりになった体を元の体勢に直す。
我ながら分かりやすすぎる話の逸らし方だったが、結愛の髪に意識が削がれていたのもまた事実だったので、仕方ないと胸の中で呟く。
「今日はサイドテールにしてみました」
「相変わらずどんな髪型も似合うよな。似合いすぎて言い表す言葉がない」
「す、凄い褒め方ですね。そんな風に褒めてくれると色んな髪型へ挑戦したくなります」
莉音からの予想もしていなかった褒め方に照れたのか、結愛はぴょんぴょんとサイドに結んだ髪を揺らしながら頬を赤くする。
「それは実に見ていて微笑ましいんだが、どんな髪型にするのかはその日の気分なんだろ?」
「そうですね。いつもは……」
「いつもって?」
莉音が結愛に尋ねてみれば、頬を紅潮させた結愛は髪の触覚部分を手でいじる。
気が付けば、結愛の頬は茹でれられたのかと疑いたくなるくらいには、赤くなっていた。
「…………最近、莉音くんが私に甘えてくれないから、髪が邪魔なのかなって。なので今日は、莉音くんが甘えられるように片側だけ空けておきました」
普段の結愛は髪を下ろしており、お風呂上がりなんかは肩よりも随分と下まで長さがある。
しかし今日はお風呂上がりにも関わらず髪は結ばれており、白く細い首が髪に隠れることはなく露出されていた。
「なのでその、、、甘えたくなったら、いつでもお待ちしてます、よ?」
結愛は莉音の耳元に手で輪を作り、優しく澄んだ声で囁く。
そんな誘惑を予期せず受けた莉音は、耐えられるはずがない。
大体、包容力やら恥ずかしさやら、嬉しさやらが混じった表情を見せられては、そもそもの思考力が奪われるのだ。
そんな中、耳元で囁かれたとなれば耐える方がどうかしている。
「…………じゃあ少しだけ、お願いしてもいいでしょうか」
「はい、喜んで。…………その代わり、あとから私もお願いしちゃっていいですか?」
「いつでもどうぞ」
なんて言いながらも、まず先に莉音は結愛の空いた首元に頭を寄せた。
しばらくそこを堪能すれば立場は交代し、今度は結愛が莉音の肩に頭を乗せる。
そんなやり取りを、平日の明日も普通に学校があるという夜に、2人満足のいくまで何度も繰り返すのだった。
「おい莉音、その首元の赤いやつ何」
「…………別に」
「ふーん」
「なんだよ」
「別に〜」
翌日の朝、「またか?」とニヤニヤしながら莉音に近づく修馬に、そう揶揄われるのであった。
【あとがき】
・レビューいただきました!ありがとうございます!(*ˊ꒳ˋ*)
コメントもたくさん頂けて嬉しいです!今後もどんどん応援してくださると助かります!
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