第113話 可愛い女の子と頑張る男の子
「ただいま」
その日の放課後、約束通り修馬と近くのファーストフード店に行き、色々と話した。得られた事も多くあったので、流石彼女持ちだなと感心した。
もちろん結愛にも出掛けるとの連絡はしているし、「分かりました」との返事もあった。
「…………結愛?」
この日はまだ一度も言葉は交わしていないものの、家に帰ってきたのに挨拶すら返ってこないは、少し心に来るものがあった。
まあ返事がない理由もリビングに行けば分かるのだが。
「どこか出掛けたのか?」
いつもは莉音が返ってきた頃にはリビングにいる結愛だが、今日はいなかった。いくら会うのが気まずいとはいえ、連絡なしで出掛けたりはしないはずだ。
だから近くのスーパーかコンビニにでも行ったのかと思った。そのくらいなら連絡するほどのことでもないし、大した時間も掛からないから。
「何でここにいるんだよ」
結愛が出掛けた先がスーパーでもコンビニでもないというのは、自分の部屋に戻れば一瞬で分かる。
いつもは自分しか寝ないべット上には、人形のように無防備な寝顔があり、すぅと小さな音を立てながら小さく布団を膨らませていた。
(幸せそうな顔で寝やがって……)
そこに寝ていたのは言うまでもなく結愛で、莉音の寝ているベットの上に身体を横たわらせ、丁寧に毛布に体まで包んで、ぐっすりと眠っていた。
きっと今日はあれからも色々な人に質問をされたので疲れたのだろう。長い髪を羽根のように広げて、ゆったりとした顔で眠っていた。
紅く血色の良い瑞々しい唇は、昨晩の感触を思い出させるかのように莉音の視界に映る。
気を逸らそうと頬をツンとつけば、結愛はんぅと声を漏らした。声とは言っても喉が鳴った音に近く、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしていた。
心地良さそうに眠ってはいるものの、慣れないベットではそう深くは眠れなかったのかもしれない。
そこから莉音が調子に乗って数回突いたのもあるが、結愛は重たそうに少しずつ瞼を開いていった。
「…………莉音、くん?」
「おはよう」
「おはよう、ございます……」
少し経てば意識は覚醒し、莉音とも目が合う。それでもまだ寝ぼけているようで、眠そうに目を擦った。
「おーい、おはよう」
「おはようございます……」
莉音が再度そう言ってみれば、結愛は眠気まなこの瞳を揺らし、ぱちぱちと何度か瞬きをした。
「な、何で莉音くんがここに!?」
「いやここ俺の部屋だし」
「そ、そういえば……」
辺りを見回す結愛は、ばっと勢いよく体を起こした後に、恥ずかしそうに頬を染めた。そこに昨日のこともあってだろう。
結愛の瞳には光沢があり、起きてからは莉音と目が合わず、あちこちに目線が泳いでいた。
「てか何で結愛がここにいるのかは、俺の方が聞きたいんだが?」
深呼吸をして結愛に惑わされないように気を強く持つ莉音は、そう問いかける。
「えっと、、、言わないとダメですか?」
「無理に言えと強要は出来ないけど、そうしてくれた方が嬉しい」
下を向いてモジモジと小さな仕草をする結愛は、チラッと顔を上げて莉音の目を見る。細い手で布団をきゅっと握り、不安そうに首を傾げた。
「…………自分勝手な女の子だと、思わないでくださいね?」
「思わないよ。結愛の場合はもう少し自分勝手になってもいいくらい」
「も、もう……またそうやって甘やかす」
唇の先端を尖らせて不満そうな顔を浮かべる結愛だが、今は羞恥心の方が強いのだろう。下がった眉尻が上がる気配はなかった。
「私がここにいるのは、その、、、今日は朝から莉音くんと話せなくて、お昼も一緒にお弁当食べれなくて、それで帰りも遅いから、、、」
「うん」
ゆっくりと口を開いて話し始めた結愛は、落ち着かない様子で目線を下げたり、莉音と瞳を合わせたりを繰り返す。
「昨日の自分の行動に、私が恥ずかしくなって距離を空けたんですけど、それでも莉音くんがいない生活は寂しくて……」
結愛の中の羞恥心に限界が来たのか、話している最中に手に掴んでいた布団を持ち上げて、鼻まで隠す。
隠してくれて良かったと思ったのは、揺れた瞳がただ一つでとてつもない破壊力を誇っていたからだ。
身長差から結愛の見方は上目遣いになっており、しかもそれを意図せずやっているのだから、莉音の理性のひもを緩める。
「…………だから、こうして布団に入ったんです。ここの中にいれば莉音くんの匂いがして、莉音くんに温かく包んでもらってる気になれたんです」
そんな可愛い発言をする少女が目の前にいれば、莉音は特に何か悪い事をしたとかの自覚はないが、物凄い罪悪感を覚えた。
「なんか、俺も悪かったな」
「い、いえ、全面的に私が悪いですから……」
変わらず布団で顔を隠す結愛は、それでもまだ気恥ずかしさがあるようで、目を逸らしたまま言う。
結愛の気持ちに気付かずに距離を置いていた莉音も莉音だ。
話す機会がなかったといえば良い言い訳だが、話そうと思えばいつでも話せたはずなのだ。ただ自分の気持ちから目を逸らしているだけで。
「私、もう莉音くんに嫌われたかと思いました」
「嫌いになんかなるわけないだろ。てかそんな風に思ってたんなら、男のベットに寝たらダメだぞ」
「だから私は言ったんです、自分勝手だって」
「全然自分勝手じゃない。俺にも悪い所はあるし」
「今回ばかりは、私のせい、です」
未だにじわじわと頬に熱を集めている結愛は、そこでようやく布団を下ろして、その表情を莉音に見せた。
多分、まだ結愛が起きてから間もないからだろう。肩を少しだけしゅんと落とし、反省した顔を浮かべる結愛が、悪戯をした子供のように見えて、いじらしく思えた。
「…………それよりも結愛、俺は今日の学校での発言の方が気になるんだけど?」
「あー」
ここまでで結愛が莉音の部屋で寝ていた理由は終わらせ、次は学校での話を振ってみる。
もうこれ以上質問をして結愛を疲れさせたくないというのが本音だが、「1番好ましい人」に該当する莉音としては、気が気でない。
「えっと……あれは、どういう意味で?」
「莉音くんは、どういう意味だと思いますか?」
「そう言った方が、周りからの変な誤解を解けるから、とか?」
「さぁ。でもそれもあるにはありますね」
今度は自分に優位性があると思ったのか、結愛は顔を赤くしながらも、「何でしょう」と企みのある笑みをする。
莉音からすれば、もしかしたらと考えてしまうし、事実その可能性も十分に高かった。
「それをどう受け取るかは、莉音くんに任せます」
そんな莉音にトドメを刺すように、結愛はそう言葉を溢した。それがどういう意味を込めて放たれた言葉なのかは、いくら莉音でも分からないわけがない。
まず結愛が莉音との関係を匂わせる発言を学校でした時点で、答えはほとんど一つしかない。
まだ莉音の名前は出していないだろうが、いずれは出さざるを得ない環境を作ったのだ。
結愛が心無しか期待しているような面をしているのも、それゆえだろう。
「…………それなら、もう少し待ってくれ」
「え?」
期待と切望の眼差しを莉音に向けていた結愛は、その言葉が耳に届けば、困惑の色へと変わった。
「今はその、自分の気持ちも上手く整理できていないというか、色々なことがあったからそういう雰囲気に流されてる気がする。もちろん結愛のことは異性として可愛いと思うし、一緒にいたらドキドキだってする」
莉音は自分の頬に熱が昇ってくるのを感じながらも、素直な意見を口にする。
結愛が可愛いのは出会った時から思っていたことだし、世間一般的に見ても顔立ちのレベルはかなり高い。
現に学校中で騒がれているくらいだし、へたなアイドルとかよりもよっぽど顔立ちは美しく整っている。
そんな少女に狭まれてドキドキしないわけがなく、今だって心臓は高鳴っている。
「でもだからこそ答えはしっかりと出したいし、今みたいに結愛からの手助けがあった状態で、自分の想いを伝えたくない」
これは少なからず男の意地とでも言える。自分の想いを伝えるのに好意を寄せている女の子に手助けをしてもらっては、きっと幸せにする事は出来ない。
自分の意思で自分の思ったことが言えなければ、必ずどこかで関係に亀裂が入る。
「なのでその、、、俺が自分の気持ちに踏ん切りをつけて、ちゃんと俺の口から想いを伝えられる時まで待って欲しい、というか」
それがいつになるかは分からないけど、そこだけは絶対に譲れない。周りから何と言われようが、そこだけは揺らいだらいけない。
「…………私、大切にされてますね」
「そりゃ、自分なりにはそうしてるつもり」
「知ってます」
とろんと頬を落とした結愛には、さっきまでの不安そうな面影は一切なく、顔一杯に幸福感が見て取れた。
「ここまで大切してもらえるなんて、きっと私は幸せ者なのかもしれません」
結愛はそんな言葉を呟いて、自分の胸に手を当てる。
「だからまあ、もう少し答えは待っててくれますか?」
「はい、待ちます。…………ただ、待たせすぎはダメですよ?不安になっちゃうので」
「分かってるよ」
莉音は結愛のアタマをそっと触れて優しく撫でながらも、柔らかな笑みを浮かべてみせる。
「結愛はもう少しそこで布団に
「で、でも、、」
「…………結愛も疲れてるだろ?もっと大切にされとけよ」
「は、はい……されておきます」
流石に今日くらいは莉音が作るべきだろう。結愛はたくさんの人からの視線を浴びて、大変な思いをしたのだから。
「…………それと、明日からはちゃんと一緒に朝も食べような?俺だって1人の朝は寂しいから」
「随分と女々しいですね」
「結愛によってこうされた」
「人聞きの悪い言い方ですけど、私は嬉しいですよ?」
「そうか」
結愛と今のようなやり取りをしつつも、最後に少しだけ頬を撫でて自分の部屋を後にする。
手には結愛の沈むような柔らかな頬の感触が残っており、今から調理器具を握るのが名残惜しく感じた。
「…………好き」
その後、莉音に言われた通り全身を布団に埋め尽くした結愛が抑えられなくなった言葉を溢すのだが、すでにキッチンに立つ莉音の耳に届くことはなかった。
【あとがき】
・またまたレビュー頂けちゃいました。最近は皆さまが凄く反応してくださり、作者冥利につきます!
というか莉音くん、それ実質告白してるようなもんだよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます