第112話 キスマークの話

「莉音、あの騒ぎは何」

「知らん」


 翌日の学校での昼のこと。クラスでは結愛の周りに沢山の人が集まっていた。そしてその多くは目を輝かせて、結愛にあちこちから質問を浴びせる。


 莉音も昨日の結愛とのやり取りはなかったかのように…………とはいかず、結愛とは今朝から一度も話して話していなかった。


 いつも通り弁当は用意されていたのだが、莉音がリビングに行った頃には結愛の姿は家にはなかった。


 そして昼になっても今の騒ぎようで、教室から抜け出すに抜けれない。

 花森さんが結愛の隣に立って話をまとめようと力を尽くしているが、それも廊下にまでチラホラ人が覗くような状態では、無駄なことだった。



「なんか、キスマークがどうたらこうたらって聞いたぞ」

「ぶっ!」


 結愛の周りに人が集まっている理由を聞けば、莉音は思わず吹き出す。昨夜自分がつけたものがこうも噂になっていれば、誰だって驚くだろう。


 すでにその噂は学校中に広まっているのか、他のクラスの人まで集まっていた。



「おいおい大丈夫か?落ち着け」

「大丈夫だけど…………何でそんなのが広まってんだよ」


 まさか結愛は莉音につけられたキスマークを隠さずに登校したのだろうか。そんなことを一瞬だけ思うが、それは絶対あり得ない。


 まず結愛がキスマを隠さず登校したなら朝の段階で噂立つはずなので、おそらく隠してはいたのだろう。


 莉音と結愛は同じクラスなのですれ違ったりはするが、その時には絆創膏のようなものをつけていた。


 となると、それが何らかのアクシデントで剥がれ、他人にバレたという可能性の方が高かった。



「俺がすずから聞いた話だと、最初は絆創膏で隠してたけど、今日の体育の着替えの時に絆創膏が捲れてキスマが見えたらしい」

「なるほど、着替えの時か」

「それで首元だけかと思えば胸元にもついてたらしいから、恋愛大好きな女子達から格好の餌食にされてるっぽい」


 今は昼休みだが、その前の授業は体育だったので、そこでバレたのも頷ける。

 そして修馬の言う恋愛大好きな女子達の勢いは止まらず、必死に話をまとめようとしていた花森さんも気が付けば人の渦に飲み込まれていた。



「白咲さんって彼氏いたの!?」

「本当にキスマつけられたの?」

「それは、その……」


 結愛の席の周りに集まった人達からは、そんな声が聞こえてくる。少し離れた席にいる莉音の元にも聞こえてくるのだから、その騒ぎようは凄まじいものと言える。


 結愛は戸惑いを見せながら返事をするが、それがあまり意味のないことだというのは、目をキラキラさせた女子達の前では明らかだろう。



「もしかして悪い人に襲われたりした?」

「安心して!私達が守るよ!」

「あ、ありがとうございます。でも襲われてはないです」


 結愛は男子だけでなく女子からも人気があるので、キスマに関する質問と共に、そう言った発言も多々あった。



(なんだ。ちゃんと心配してくれる人いるじゃん)


 莉音はそれを見ながらも、ホッと安心して胸を撫で下ろした。

 結愛は自分では心から心配してくれる人なんていないと言っていたが、この光景を見ればその考えも変わるはずだ。


 大勢の女子が結愛のために親身に寄り添い、そして温かい言葉を掛けている。

 それが形だけのものでないというのは、これまで数多の視線を向けられた結愛なら難なく判断できるだろう。


 結愛もそれに気づいたのか、戸惑いや困惑はあるのものの、嫌そうな顔はしていなかった。


 まあ人というのは一度負の感情が出てきてしまえば、それはとめどなく溢れ出てくるのだから、当時の結愛が周りの人をきちんと見てあげられなかったのも無理はない。



「てか莉音、その反応を見るに噂のキスマはお前がつけたのか」

「…………まあつけたかつけてないかで言えば、つけたな」

「ふーん」

「なんだよその反応」

「別にー」


 莉音は結愛の方を見ながらも、修馬とそんなやり取りを行う。おそらく、結愛の体にある内出血が莉音によって付けられたものだと分かるのは、修馬と花森さんくらいだろう。


 その2人しか莉音と結愛の関係を知らないので、逆にそれ以外の人に知られていても困る。



「ただ莉音も男だったんだなと、安心した」

「当たり前だろ」

「ま、今日の放課後にでも何があったか聞かせてくれよ。相談なら莉音の満足のいくまで乗るからよ」

「…………助かる」


 流石は長年の友と言った所か。莉音はまだ何も口に出してはいないのだが、修馬はポンポンと背中を叩きながらそう言った。



「気にすんな、友達だろ?それに俺は莉音に相談しなかった分、何倍も力になりたいと思ってるから」

「じゃあ今日の放課後は空けとけよ?」

「任せとけ!」


 教室の人の集まりが少ない場所で話しつつも、修馬のこういう所には素直に感謝した。

 そして決して嫌がる素振りもなく、むしろ胸を張っているものだから、相談する身としても話しやすい。


 莉音が1人そんな事を考えていれば、結愛の周辺の声は次第にボリュームが上がっていった。


 「ちょっと声デカすぎだな」莉音がそう溢せば、「これまで男の陰すらなかったから仕方ない」と修馬が返す。


 これまで結愛はその顔立ちの高さの割に浮いた話の一つもなかったのだから、今こうして話題が出てくれば盛り上がるのも仕方がない。

 清楚で皆んなからの人気が高い結愛だからこそ、ここまで騒ぎになるのだろう。



「白咲さん!それでそれで!結局それは誰につけられたの?」

「変な人じゃないんなら、彼氏なんでしょ!!!そうでしょ!!!」

「彼氏……将来的な意味で言えばそうなのかもしれないですね、」

「やっぱり!どんな人!どんな人なの!?白咲さんの片思い?」


 そこからしばらく経っても周囲の人達の勢いは止まず、その類いの質問が多く浴びせられていた。

 結愛はそういった質問が数回出てきた時に、何かを決心した顔を浮かべた。


 というよりも、言い逃れるのは無理だと判断したのだろう。胸元にある赤い点まで見られたとなっては、誤魔化しようがない。


 結愛は瞳に強く光を宿し、そして莉音の方へとチラッと視線を向けた。



「…………それは、、、私が今まで出会った人の中で1番好ましく思ってる人、です」


 そんな結愛の発言で、教室は一瞬無音になる。

が、その後再び教室を大きく揺らすのにも十分過ぎる発言だった。






【あとがき】


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