第111話 2人の独占欲と理性の緩み
「どうです?莉音くん、落ち着きますか?」
「…………落ち着くわけないだろ」
結愛の胸元に顔を埋められた莉音は、上から聞こえてくる結愛の声に返事をする。
ハッキリと言って、こんな状況でリラックス出来るはずがない。
莉音の顔は、結愛の柔らかく白い肌に寄せられ、ボディクリームなのか結愛本来の香りなのか、甘い匂いが思考を止める。
そして少し下に行けば顔の全てが柔らかさと幸福感に包まれそうなその谷は、デコルテ部分から傾斜があり、莉音に薄らとそれを感じさせた。
「こうしてる分には、顔をゆるゆるにしてるから可愛く見えて仕方ないんですけどね」
「あんまり揶揄うな」
「どうしましょう。さっき莉音くんに弄ばれたので」
「またそんな人聞きの悪い言い方を……」
上を見上げてみれば、クスッと頬を緩めた結愛が、全てを包み込むような柔らかな表情をしている。
「結愛って頭撫でるの好きだよな」
「多少は…………でも莉音くんには言われたくないです」
「そうかよ」
莉音が結愛の胸元に顔を埋めていれば、結愛の指は莉音の頭をなぞるように回った。髪に指を通したり、両手でぎゅっと抱きしめたり、良いように遊ばれる。
それも普段の莉音から比べたら、程度が低いだろう。莉音はしょっちゅう触れているし、髪にも指を通したりしていた。
今みたいに抱き寄せたりはしないものの、莉音は頭を触るのはかなり好きと言える。
「最近の莉音くん、女子にたくさん声掛けられてますよね。私はちょっとしか話せてないのに」
「いや、だけど少しずつは話せてきてるじゃん?そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
「それじゃ遅いんです」
結愛は優しい手つきで莉音を癒すように、頭を撫でる。それが心地良いからつい気を緩めてしまいそうになるが、理性のひもだけはしっかりと結んでいなければならない。
上からは不服そうな声が聞こえてくるものの、その手つきだけは変わることなく温かかった。
「莉音くんは知らないかもですけど、女子の間で莉音くん結構評判高いんですよ?落ち着いてて、よく見たら顔も悪くないって。むしろそれが良いって言う人もいるくらいです」
「…………初耳」
「私も莉音くんには初めて言いましたし」
莉音は高校に入ってからろくに女子と話したことがないが、中にはそう思っている女子もいるらしい。
では何故話しかけられないのかと思ったが、これまで人を寄せ付けないオーラを出していたのは自分だと思い出す。
まあ別にモテたいとか話したいとか、そういった欲求は持ち合わせていないので、それを聞いたからと言って特に何を変えることもないが。
「これでもし莉音くんが私の元から離れでもしたら、嫌です」
「離れないから、何があっても」
「…………本当ですか?」
「本当本当」
「今は信じておきます」
それでも結愛は不安で心配なのか、ただでさえ身動きが取れずに埋められている莉音の顔を、さらに抱き寄せた。
一つ断言しておくと、莉音が結愛以外の女子に振り向くことは絶対にないという事だ。
そもそも、美貌や顔立ちだけで結愛と並べる女子は数少ない。と言うより、ほとんどいない。
それでいて莉音の性格なんかを包み込んで優しくしてくれる少女が今目の前にいるのに、それ以外の女子を好きになれと言う方が無理な話だ。
莉音は呆れて息を吐きながらも、結愛にすっかり魅了されているんだなと認識させられた。
「り、莉音くん!くすぐったいので、息止めてください」
「じゃあ胸元に顔押し付けるのやめてください。非常に心臓に悪い」
「…………それは嫌です」
数秒前にふぅと吐いた息は、結愛の肌をくすぐった。それにすら過度と思えるほどに反応する結愛なのだから、余程敏感なのだろう。
普段は人にすら見せない肌に直接触れられたから、というのもありそうではあるが。
莉音が逃げ道を確保しようと発した言葉も、結愛からはすぐに閉ざされた。
「嫌って、何でだよ」
「莉音くんを、翻弄してやろうかなって」
「そんな男の理性を抉るような企みはやめろ。今すぐに」
「や、です」
どこか色っぽい表情を浮かべるものだから、文字通り莉音の理性は削られる。「まじで手出すぞ」なんて言えば、結愛はふふっと微笑んだ。
「莉音くん強がってますけど、こんなに顔を真っ赤にして、可愛い」
「この状況でこうならない方がおかしいと思うんだけど…………それに、顔の赤さで言ったら結愛の方が赤いからな」
「む。何ですか?もう少し下の方に顔を埋められたいんですか?」
結愛が莉音を揶揄うような眼差しでそんな事を言うのだから、莉音だって黙ってはいられない。
結愛が都合の良い聞き間違いをしているのでまた耳でも弄ってやろうかと思ったが、それはそれで自分にとって悪影響なだけな気がするので、伸びそうになった手を引っ込めた。
頬を上気させながら恥ずかしそうに瞼を下ろし、んっと喉を鳴らす姿なんて、1日に2度も見せられれば耐えられるわけがない。
「とか言って、恥ずかしそうに顔赤くしてるけど、本当に出来るのか?自分の胸に男の顔を突っ込むなんてこと」
「…………やります、よ」
「出来るか出来ないかで答えてください」
「うぅ、最近の莉音くんは何かいじわるです」
莉音がちゃんとした答えを求めてみれば、結愛は唇を尖らせながらそう言う。
「結愛が俺を誘惑するのが悪いんだよ。俺だって意識しないように我慢してるのに」
「我慢、してるんですか?」
「そうしないと結愛を泣かせちゃいそうだからな」
悪かったな、そんな言葉を付け加えて話し、よしよしと頭を撫でる。結愛はつぶらな瞳を大きく開き、何かを覚悟したように小さく頭を上下させた。
「かぶっ」
次の瞬間、莉音の首元にはそんな音と共にチクリと痛みが走った。莉音はソファに腰をついたまま頭を結愛の胸元に寄せられたので、体勢としては結愛にもたれかかるような形になっている。
そんな莉音の空いた首元に、結愛は唇をつけて、歯を立てた。小さな口で、跡をつけようと必死に。
それと同時に吸われるのだから、お世辞にも居心地が良いとは言えない。
「ゆ、結愛!?何を……」
「莉音くんは大人しく、私にされるがままでいいんです」
結愛は莉音にそう言い残せば、今度は別の場所につけようとまた頭を下ろした。荒い息遣いの後に小さな吐息を溢し、その息がかかった場所に結愛の柔らかい唇が当たる。
たまに舌も一緒になって莉音の首に当たるものだから、それがまたくすぐったい。
「…………莉音くんのせいですからね?莉音くんが揶揄うから、私はこうするしかなくなったんです」
いつもより瑞々しく見える結愛の唇は、先程までは莉音の体に息遣いまでを伝えていた。
吸ったり吐いたりするその繊細な動きまで、しっかりと肌に感覚として残っている。
(…………こっちの気も知らないで)
結愛は慣れないことをしたからか、それとも呼吸のタイミングが分からなかったのか、結愛は再び唇を落とすために顔を上げてすぅと息を吸う。
しかし、結愛の唇が莉音の首に触れることはそこで止められ、三度目が来ることはなかった。
「きゃっ、莉音くん!?」
「結愛の方こそ、俺にされるがままでいろよ」
「え、え、、、あ、、はい……」
ここまでされては莉音も大人しく出来るはずもなく、埋められた鎖骨のあたりに、結愛と同じように唇を当てた。
「んんっ、」
指ですら敏感な反応を見せていた結愛は、莉音の唇が触れれば、さっきよりも感度が上がったのか艶のある声を上げた。
しばらくしてから莉音が唇を離したら、薄く無駄な脂肪のない結愛の肌には、ポツンと赤い点が浮かぶ。
それが男の嗜虐心を刺激するのは、おそらく独占欲も兼ねてのことだろう。
「俺だってな、結愛が他の男と話してるの見れば、多少は心配になるんだぞ。もしかしたら俺の元から離れるかもしれないって」
「そ、そうなのです、か?」
「それなのにこんな風にされたら、俺だって我慢出来なくなる」
莉音は結愛にそんなことを告げ、また唇を落とした。
今度は鎖骨ではなく、首の付け根よりも上に、そっと当てた。
「だからまあ、これはその不安の表れってことで」
結愛の首には莉音の上唇が触れ、その次に下唇が触れる。莉音の息遣いも結愛に伝わっているようで、それだけで結愛は体をびくびくと反応させる。
鎖骨と首の2箇所に内出血を残したら、結愛の乳白色の肌には、赤い2つの点が分かりやすく存在感を主張していた。
「…………跡、目立つな」
「莉音くんがやったんですよ?明日は学校なのに…………反省してください」
「す、すみません」
その2つの赤みを見た莉音は、ふと我に返って結愛の表情を見る。ここまでしてもお叱りの言葉は一つもなかった。
結愛の頬は紅潮し、それが引く気配もない。少し悶々として見えるのは、莉音の頭にも血が昇っているからか。
「きょ、今日はもう寝ようかな。結愛のマッサージも、続きは明日でいいか?」
「それはいつでもいいですよ」
「そうか、じゃあ俺は部屋に戻るから……って何で手を握ってる」
「まだ、ダメだから……」
「え?」
莉音がその場の気まずさからリビングを後にしようとすれば、結愛の手によってそれは止められる。
立ち上がりはしたものの、足が前に出ることはなかった。
結愛がまだ満足していなさそうな顔をしていたことに今になって気付くのだが、その時にはもうすでに遅かった。
「…………結愛、、、?」
立ち上がった莉音の頬には、結愛の唇が触れる。それは跡を残すようなものではなく、静かに優しく触れた。
身長差的に届かないので、結愛が莉音の頭を少し自分の方へと寄せて背伸びをして行われたのだが、この際それはどうでも良い。
ただただ莉音は、その状況に困惑していた。
「そういう気分になるのが男の人だけだと思ったら大間違いです。女の子だって、あんなことされたら変な気分になります」
結愛は下を向き、耳まで染めながらそんな言葉を残す。
いつもよりも短いスカートの裾を持ち、露出された細い腿を今になって隠そうとそれを下に伸ばす。
つむじから真っ直ぐ生えた綺麗な黒髪を左右に揺らし、潤いのある滲んだ瞳を莉音に向けた。
「…………莉音くんの分からず屋、」
最後にそう呟かれ言葉は夜のリビングに響き、緩めてはぱたぱたと慌ただしい足取りで自分の部屋へと戻っていく。
リビングには、頬に猛烈な熱を集める莉音だけが残されていた。
【あとがき】
・そろそろかな?昨日はレビューありがとうございました!!!
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