第108話 許嫁は恋人オーラを出したい

「…………いけないことって、何するんだよ」


 結愛の誘いに、莉音はドキドキしながら聞き返す。

 「いけないことしませんか?」その発言にどんな意味が含まれているのか、健全な高校生である莉音が分からないわけもない。


 ゴクリッと音を鳴らして唾を飲み込みながらも、結愛からの返事を待った。



「…………今から、コンビニとか行きたいです」

「は?」


 やけに焦らした結愛の口からはそんな言葉が出てきて、莉音は思わず困惑した。



「ですから、今からコンビニに行って、夜食とかいうものを食べたいです」


 モジモジと羞恥にでも覆われているのか、結愛は恥じらいを見せながらもそう言う。



「結愛のやりたいことは分かったけど、……それの何がいけないことなんだ?」

「え、夜に糖質の高い食べ物を食べたり、遅い時間に外を出歩いたり……、これっていけないことじゃないんですか?」


 この子はここまで純粋なのか。莉音の胸の中ではその言葉が何度も往復した。

 いけないことなんて言うから、莉音はてっきり男女のあんなことやこんなことを想像したが、実際は遥かに違った。


 己の穢れが見え透いて分かるくらいには、結愛は綺麗な心をしていて、そしていけないことのレベルも低かった。



「あ、絶対笑ってます!さっき笑わないって言ったのに、子供っぽいって笑ってます!」

「いや、だってそんな可愛らしいことを言うとは思ってなくて、」

「だっ、だから言ったじゃないですか!笑わないでって!」

「ごめん、本当ごめん」

「も、もう!」


 だが莉音は、結愛ならそういう発言をすることもあるだろうと少しは予想していたので、その純粋さを素直に可愛らしいと思っていた。


 結愛はそれが不満なようでムスッとしているが、その程度でいけないことと思っているようでは、男女の誤りなんてまた次の次だろう。


 莉音がどこかホッとしている中、結愛は心配そうな眼差しを莉音に向けていた。



「…………それで、行ってくれるのですか?」

「こんな遅い時間に行かせたくない。ってのが本音だけど、俺も一緒ならまあ大丈夫だろ」

「莉音くんのそういう所、好きです」

「…………その発言からは、俺がちょろいとも読める気がするんですが?」

「実際ちょろちょろです」

「馬鹿にしやがって」


 まあいくらいけないことのレベルが低かろうと、この真夜中に1人外に出すなんてことは絶対にさせない。


 結愛も1人では行こうと思えないから莉音を誘ったのだろうが、それは正しい判断だ。夜とはいえ不審者はいるし、防犯上莉音を連れて行くのは女子としては良い心掛けである。


 ここに、結愛が莉音とだから行きたいと思っているなんてことを考えつかないのは、それほどまでに結愛のことを大切にしたいと思う気持ちが強いからか。


 あるいは気付いているが、そのことを意識してしまってはよからぬ考えが出てきそうなので、気付かないふりをしているだけなのか。


 そのどちらなのかは、莉音の胸に尋ねてみるしかない。



「さ、早く行きましょう。今すぐ行きましょう」

「待て待て。初めてのことにワクワクしてるのは分かるけど、まだ夜中の外は寒いぞ。行くならちゃんと防寒対策してからだ」

「…………過保護」

「何とでも言ってくれ」


 莉音も共に来てくれると分かり、結愛は顔を明るくして表情を緩めているが、今の格好のまま行かせる気なんてない。


 今日の結愛はいつもと違い、フリフリの可愛いネグリジェを着用している。寝る時はたまにそういった服を着る結愛だが、その姿のまま外に出ようとしては、流石に止めるべきだろう。


 見た感じでは冬と比べて生地も薄くなっているので、尚更止めるしかない。


 そして何よりも、あまりその格好を他人に見られたくないと莉音が勝手に思ってしまう。この姿を観れるのは自分だけの特権だと。



「じゃあ、莉音くんの服貸してください。それ以外は着ません」

「何故だ」

「…………それもやりたいことの1つ、とでも言っておきます」

「それならまあ貸すけどよ」


 隣に座っている結愛は、頬を染めながら莉音の服を欲する。まれに結愛は莉音の服を着たがるので、男しては少しもんもんとする。


 だがそれしか着ないと言うなら、貸してあげるしかないだろう。



「こんな時間に男の服着てコンビニ行くとか、店員さんに事後だとか思われても知らんぞ」

「じご?」


 莉音は一応そう忠告しておきながらも、ソファから立ち上がる。ちょっとした小言のつもりだったが、結愛は莉音の言葉を復唱した後に、ボワッと勢いよく顔を赤くした。


 この遅い時間に男の服を着た少女が顔を赤らめながら入店すれば、店員はおろか周りのお客さんでさえそう疑うだろう。


 その確認を含めて結愛に話したつもりだが、結愛は視線を宙に泳がしていた。



「なっ、な、何言ってるんですか!そんなの……」

「あくまで忠告だから必ずしもそう思われるとは限らないけどな。てか忠告だけでそんなに顔赤くして、本当に着れるのか?」

「…………着れます」


 まあ結愛はたまに前に莉音があげた服を着ているので、着ること自体に抵抗はないだろうが、今の初心具合では店員の前に行けるのかと少し疑わしい。

 

 それでも結愛が着ると言うのだから莉音が拒むわけにもいかず、一度自室に戻り、比較的暖の取れそうなものを選ぶのだった。



「はい。これシャツとスウェットのズボン。お望み通りシャツは貸すけど、1番上のボタンまでしっかり止めること。いいな?」

「は、はい…………本当に過保護過ぎるんですけど」

「文句があるなら貸さないし行きません」

「文句ではないんですよ、文句では……」


 莉音は結愛にシャツを渡して、そうしっかりと注意をする。もしそれでボタンでもはだけたままコンビニにでも行けば、間違いなく事後だと思われるだろう。


 それ以前に莉音の目のやり場に困るので、ボタン等はしっかりととめさせる。



「じゃあ着替えたら行くか。あんまり遅くなり過ぎるのも良くないし」

「そうですね、急いで着替えてきます」


 莉音から着替えを受け取った結愛は、小走りで自分の部屋へと行く。

 莉音の服をブカブカに着て出てきた結愛を待てば、少し袖なんかを捲ったりした後に、家から出た。


「うぅ、意外と寒い……」

「だから言ったろ。もう少し上に羽織ってから行くか?」

「い、いえ、莉音くんがいるので大丈夫です、」

「どんな理由だよ」

「すぐに分かります」


 扉を開け、夜の風がびゅーっと2人の間を通り抜けたら、結愛は寒そうな顔をする。

 莉音が「本当に大丈夫か?」と再度確認してみれば、「これなら寒くないですね」と言って莉音の腕に体をくっつけた。


 次にまた夜風が吹いた時には、2人の間に隙間はなかった。



「…………結愛、寒いのは分かるんだが、それにしても近くないか?」

「こ、こうしておけばあったかいですし、その……恋人のように見えて、事後?と勘違いされることもないのかなって、、、」


 家を後にしてコンビニまで歩いていれば、結愛の体は莉音の腕に寄る。

 表現としては莉音の腕に結愛がしがみついていると言うのが近く、他のどんな場所よりも柔らかな感触が、ぎゅっと腕に押し付けられていた。



(恋人だからこそ、そういう風に思われるんだけどな)


 確かに今の莉音と結愛の距離感を見れば、恋人と言われても何ら違和感はないだろう。だがそう思われるということは、事後のようにも見えるということだ。


 大抵はそのような清い行為は付き合っている2人でしか行わない。なので恋人のような関係に見られるということは、周りに出来上がっていると思われても仕方のないことなのだ。


 まして男物の服を着て、今の結愛のように頬を上気させていれば、事後と思われる可能性は極めて高い。



「でも側からは付き合ってると誤解されたままだぞ」

「そう思われるのは不満ですか?」

「そういうわけじゃないけどよ」

「なら問題ないです」


 莉音が様々な心配をする一方で、結愛は初のいけないこと……。夜のコンビニや夜食のことで頭がいっぱいになっているのか、頬をゆるゆるに解く。


 そんな結愛を見れば、周りの目なんて気にならなくなるのは、もはや必然的と言えた。



「結愛、夜とはいえ多少は車通るから、離れずにちゃんと側にいろよ?」

「な、ならもっと近づいておきます」


 その後もしばらく歩き、横をすれ違う車を見ながら結愛にそう言う。

 それが逆効果になることなんて、少し考えれば分かったことだった。



(…………心臓に悪い)


 ただでさえ押し付けられた柔らかな果実は、莉音の一言をキッカケにさらに強く当てられる。莉音は結愛のそれが当たっている部分を意識しないようにするのだが、どうも男心ゆえに中々逸らせない。


 ぎゅーっと音を鳴らして抱き寄せられては、意識しない方が難しい。腕には結愛の吐く息も当たるから、それもまたくすぐったい。



「なあ結愛、もしかしたら気付いてないかもしれないから言っておくけど、さっきから当たってるぞ。何がとは言わんが」


 寒さからの行動なのか、もしかしたら結愛は気付いてないかもしれないと、莉音は身を削って確認してみる。


「…………当ててるんですよ」

「そ、そうなのか……」

「はい……」


 聞かなければ良かった。なんて後悔をするのは、今となってはもう遅い。柔らかな感触が今も伝わる腕は、他にも変な所を触れないように力を入れてグッと堪えた。


 結愛の表情が色っぽく見えてしまうのは、慣れないことをして羞恥に見舞われている結愛の表情が、莉音の理性をくすぐるものだったからと言う他ない。



「…………寒いなら、上から手でも握っておこうか?」

「…………お願いします」


 見渡す限り2人しかいない夜の街を歩きながら、莉音はそっと結愛の冷えた手を上から覆った。

 莉音の腕を掴んだ結愛の手の平と、たった今莉音の手で覆った手の甲を、両方から温めるように。






【あとがき】


・2人にしては頑張ったのではないかな、と勝手ながら思ってます。

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