第105話 祝。付き合うことになりました

「この度、付き合うことになりました」


 平穏な毎日が続き、肌寒かった気温が少しずつ上がり始めてきたある日、莉音達の家に遊びに来ていた修馬と花森さんの口からは、そんな報告があった。


「おめでとう」

「おめでとうございます」


 親友の晴れての付き合いに祝福をしないはずもなく、莉音と結愛は心からの拍手を2人に送った。



「本当、俺がすず……美鈴と出会えたのは2人のお陰というか、」

「私がしゅうくん……修馬くんと出会えたのは結愛ちゃん達のお陰だから、何と感謝を言えばいいのか」


 やけに初々しい反応を見せながら感謝を口にする2人に、結愛はクスッと口元を緩める。



「別に感謝なんて求めてないですし、その、、、呼び方とかも私達がいるからって気にしなくていいんですよ?」

「そうだ。てかもう普通に口に出てるからな」


 何を今更呼び直す必要があるのか。そもそもいつから名前呼びになっていたのか。あまりに自然だったためにずっと違和感はなかった。



「…………すず」

「…………しゅうくん」


 莉音と結愛からの指摘を受けた2人は、照れたような顔付きでお互いを呼び合う。

 実に微笑ましいやり取りなのだが、これを自宅でされるのは目に毒だった。



「こんな所でイチャつくな」

「イチャついてねぇよ!名前呼んだだけだろうが」


 本人達曰く、これでもイチャついていないそうなのだから末恐ろしい。

 まあ、似たようなことを莉音と結愛もしていることには、莉音が気付いているはずもなく。



「それで、お二人はお互いのどんな所に惹かれたんですか?」


 そんなやり取りを真剣な眼差しで見ていた結愛は、改まって質問を行った。

 付き合ったばかりの初々しい2人にはそれですら燃料になるのだが、結愛は興味深々な瞳をしていた。



「どんな所って……」

「それは、ねぇ、、」

「…………言えないようでしたら、言わなくても結構ですけど」

「言えないことはないけど、」


 2人が見つめ合って照れたような反応を見せれば、結愛はシュンと肩を落とす。

 


「え、まあ……私が1人で帰ってたら1人じゃ危ないって一緒に帰ってくれるところとか、」

「俺はすずがちょっとしたことで笑ったり、一緒にいて楽しくなれるところに惹かれたというか」


 そんな結愛の悲しげな瞳に耐えられなかったのだろう。2人は少し頬を色付けながらも、お互いに惹かれた所を述べる。


 一方の結愛は、「なるほど」と声を溢しながら、おぉと感心したような表情を浮かべていた。



「…………も、もう!結愛ちゃんには色々と話したでしょ」

「ふふふ。確認ですよ」


 結愛は隣でゆったりとした笑みを浮かべる。花森さんはそんな結愛を見て、「むむむ」と声をかけて絞り出していた。



「まあ、私も結愛ちゃんから色々と相談されてるけど?」

「美鈴さん!?そ、それは言わない約束で……」


 花森さんがそう言えば、結愛は横目でチラチラと莉音を見つめる。

 修馬と花森さんに感化されたのか、その頬も少し赤みを帯び出していた。



「ところで修馬、俺は一切相談とかされてないんだが?」

「いや、莉音にも相談とかしようと思ったし実際声にも出かけたんだけど、よく考えたら莉音は女性経験ないなって」

「それは否定出来ないが……」


 隣の結愛に意識を削がれつつある中、莉音にはそれ以上に気になる事があった。

 それは言うまでもなく、修馬が自分に何の相談もしてこなかったことだ。


 確かに何か言いたそうな時やそれを匂わせるような質問をされたことはあったが、直接的な悩みや相談は一つも受けていない。


 経験がないと言われてしまえばそれで終いだが、友達としてはそれでも話して欲しかった。修馬には過去に支えてもらった分、いつかその恩を返したいと思っていたから。



「それでもよ、少しくらいは俺に頼ってくれても良かったんじゃないのか?相談に乗れる自信はないけど、俺だって修馬の応援したかった」

「おぉ、そうか。…………そうだよな。悪かった」

「別に謝らなくてもいいけどよ」

「次からは莉音にも頼るから」

「…………そう」


 ごめんごめんと口にして莉音の背中をバシバシと叩く修馬は、一見反省していないかのようにヘラヘラとしているが、多分実際は凄く詫びをしたいと思っているのだろう。


 いつもよりも元気のない瞳を見たらすぐに分かる。


 莉音だって、滅多に結愛のことは修馬に話さないので、そういった意味ではお互い様だ。

 莉音が「俺も話すようにするよ、色々と」と言えば、修馬は「お前が友達で良かった」と返すのだった。



「じゃあ、報告も終わったし俺達はこれで失礼するわ」

「結愛ちゃんまたねー!八幡くんも」

「俺はおまけか」


 ここに来たのはあくまでそれだけなのか、律儀に一礼してから座っていたソファから立ち上がった。 

 そもそもここに来る時も「話があるから寄るね」くらいのノリだったので、鼻から長居する気なんてなかっただろう。



「もう少しゆっくりして行っても良かったんですよ?」

「いやいや白咲さん。俺達はこの後予定あるから気にしなくて大丈夫だよ」

「うんうん。それに2人の愛の邪魔はしたくないしね」


 2人が来たのは昼食前なので、これから用事があると言われればすんなりと頷ける。

 最後の揶揄いだけが不要だが、それ以外は高校生とは思えないくらい丁寧な所作だった。



「…………もうはよ帰ってくれ」

「そうするわ」

「結愛ちゃんも今度またゆっくり遊ぼうねー!」

「はい!お二人も楽しんで来てくださいね」

「白咲さんも頑張ってね。色々と」


 そう言う2人を玄関まで見送り、大きく手を振ってくれるのでこっちからも振り返す。エレベーターに乗って姿が見えなくなったら、莉音達も家の中へと戻った。



「嵐だったな」

「そうですね」

「全く変に揶揄いやがって……結愛も気にしなくていいからな?」

「えっ、あ、、はい。気にしません」


 静かになったリビングに戻り、そっといつものように空気の和らぐような語り口調で話しかければ、結愛は慌ただしい様子を見せる。


 

「そ、そんなことより今からご飯作るので、莉音くんは野菜でも洗っててください」

「分かった」


 さっきとは変わった結愛の様子に違和感を抱きつつも、どのみち手伝いはするので特に気にせず冷蔵庫から野菜を取り出す。


 手を洗い終えた頃には、髪を結んでエプロンを身に付けた結愛が隣に立っており、何とも自然なやり取りが始まった。



「…………あの2人、出会ったの私達より遅いのにもう付き合ったんですね」

「そうだよな。おめでたい限りだ」

「そうだけど、そういうことじゃないですよ」


 莉音はトマトを水洗いしながら結愛と話すのだが、今の結愛はそれに負けないくらいに頬に熱を集めていた。



「何がだ?」

「…………何でもないです」


 ぷいっ!とそっぽを向いた結愛は、きちんと料理を始める前に手を洗う。

 「…………普通ならもう、私達だって、」手を洗い終え、そこからしばらく黙々と作業をした結愛は、その途中に1人ボソッと呟くのだった。






【あとがき】


「頂いたお菓子は昼食後に食べましょうか」

「そうだな。しかしわざわざこんなの持ってきてくれるなんて、人が良すぎるだろ」

「一応は私達に感謝してしてたみたいですし、その気持ちの表れなんじゃないですかね」

「そういうもんか」

「…………次は、私達の番ですね」

「野菜洗ってて聞こえなかった。何て言った?」

「…………何でもないです」

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