第103話 ちょっとした贈り物をするのが、夫婦円満のコツなのです

「結愛は何を貰ったら喜ぶだろうか」


 空がよく晴れた天気の良い土曜日のこと。莉音はとある目的でちょっとした雑貨店に来ていた。

 その目的が結愛のためということは、他の人には口が裂けても言えない。



「無難にハンドクリームとかにしておいても良さそうだけど」


 ここに来る前、莉音は一通り女の子にあげたら喜ぶであろうプレゼントを調べてきてはいるので、ハンドクリームとかそういうのが喜ばれるのは知っていた。



(でも結愛、多分持ってるんだよなぁ)


 そのプレゼントに莉音が素直に納得出来ないのは、結愛が前に自分のハンドクリームを使っているのを見た事があるからだ。

 食器洗いをした後なんかは手が荒れるので、結愛は良くハンドクリームを使っていた。それもまあ随分と高そうなやつを。


 おそらくそれが結愛に合っていて、適しているのだ。それをわざわざ莉音が別のものを買って渡す必要性があるのかと言われれば、無いに等しいだろう。


 だからこそ莉音は迷っていた。どれを渡せば結愛が喜んでくれるか、どれを渡せば自分の感謝の気持ちが伝わるか、と。



「あれ?八幡くんじゃない?」

「あ、花森さん」


 そんなこんなで店内を回っていれば、後方からは聞き覚えのある声が莉音の耳に届く。



「こんな所で奇遇だね。どうしたの?」

「いや、ちょっと欲しいものというか、買いたいものがあって」

「なるほど。結愛ちゃんへのプレゼントか」

「…………何故わかる」

「前に結愛ちゃんが、莉音くんは物欲のない人ですって言ってたから」

「結愛め……」


 花森さんとは雑貨店で出会い、ここにいる理由を聞かれるも、すぐに的中させられる。「ふーん」とニヤつきを隠しきれていない様子で、じっと莉音を見つめていた。


 そして結愛が自分のことを他人に話しているという嬉しさを感じるの反面、必要以上のことを口に出していないかと心配にもなる。

 しかしそれも花森さん相手なら、他に口外することもないだろう。



「あーなるほど。それで何を贈れば喜んで貰えるか分からず、店の中をうろついていたというわけですか」

「おっしゃる通りで」


 ここまで見透かされるのも複雑な心境にはなるが、どのみち隠し事は出来なそうなので口には出さずに胸にしまい込んでおく。



「ふむふむ。じゃあここはお姉さんが一肌脱ぐしかありませんなぁ」

「お願いしてもよろしいのでしょうか」

「友達の頼みだからねー。全然いいよー」


 花森さんにも何か用事があったのかもしれないが、それでも莉音の要求を快く受け入れてくれる懐の大きさには、感謝を示さなければならない。


 そうして再び店内を歩きながらも、また一通り見て回る。「本当にマメだねぇ〜」なんて言葉を横で言われ続けながらも。



「それで、花森さんは何を贈ればいいと思う?」

「え、正直何でもいいんじゃない?」


 店内をぐるっと見て回り、目ぼしいものがあったか尋ねる。すると花森さんからは気の抜けた声が返ってきて、期待を胸に抱いていた莉音からすれば、その返事には戸惑った。


 あまりにも平然とした口調と表情でそう言うのだから、莉音は思わず眉をひそめる。



「…………一肌脱ぐんじゃないのか?」

「あのね、八幡くんからの贈り物なら何でも喜ぶに決まってるでしょ」


 今までの時間は何だったのか。そう思わせるような発言だが、花森さんの話にはどうも興味を引かれた。

 というのも、自分の贈り物なら何でも喜んでくれるという言葉を聞き流す方が莉音にとっては難しかった。



「大体ね、プレゼントなんて相手のことまで考えたら一生買えないよ。それなら少しでも八幡くんが満足いくものを買った方がよくない?喜んでもらえるか喜んでもらえないかは二の次だよ」


 やけに真剣な眼差しを向けられるので、莉音は唾を飲みながらも続きの話に耳を貸す。



「それにね、相手のことを本当に想ってないプレゼントはあげることも失礼だと思うの。受け取る側だってただ人気の商品を貰えれば嬉しいとは限らないから。…………ていうのは送り手側のエゴなのかもしれないけどね」


 花森さんは少しおどけたように言うが、今の発言は莉音にとってとても救われるものだった。結愛が格好ばかりを気にせず、想いの方を大切にしているのなんて最初から分かっていた。


 そして花森さんの言う通り、結愛なら莉音があげたものなら何でも喜んでくれる気がした。それが自意識過剰なのかはさておき、結愛が嫌な反応をする姿の方が想像出来ない。


 まあ出会ったばかりの頃に生姜焼きを食事に出しても喜んでいたくらいだから、逆に嫌がるものを渡す方が難しいのかもしれないが。



(そうか……。俺が良いなと思ったものを、贈ってもいいのか)


 そう思うと、胸の中がすっと楽になったような気がした。視界が広がって、さっきまでは見えなかった商品達も目に留まるようになった。



「そうなんだ。いや、そうだよな。ありがとう」

「いやいや、私はただ理想を述べただけだよ?」

「それでも参考になったし、選択の幅が広がった」

「そう?ならその感謝は素直に受け取っておくね」


 へへっと照れた様子を隠しながら笑う花森さんは、頬をかきながら莉音からの感謝を受け取る。

 まあ真面目な雰囲気がそこまでだというのは、この前の修馬と同じ流れだから分かる。


 目をパァっと輝かせ、やや興奮気味に、莉音との距離を縮めた。



「それでそれで?八幡くんの中で、結愛ちゃんが貰ったら嬉しそうなものとか、結愛ちゃんに似合いそうだなとか、そういうものはないの?」

「勢いが凄い……」

「時には勢いも大切だからね!こういう時は勢いでバンッだよ!」


 やはり女子というのはこういった話なんかが好物なのか。莉音がプレゼントを考えて頭を回していれば、ただでさえ眩しい瞳をさらにキラキラとさせていた。



「…………まあ喜んでもらえるかは分からないけど、似合いそうだなって思ったやつはある」

「ふーん」

「何だよ。悪いか?」

「別に〜」


 ニヤニヤとした顔付きを隠すことなく、花森さんは莉音のことを見て微笑ましく笑っていた。

 そんな花森さんを連れながらも、ここに来た時から目を惹かれていた商品がある場所に向かった。



「これ、なんだけど……どう思う?」


 目的の商品が置かれている場所にはすぐに辿り着き、指を刺して女性の意見を求めてみる。

 莉音が良いなと思ったのは、派手な装飾や華美な色遣いをしていない、一見落ち着いたヘアピンだった。


 結愛が前に色々な髪型に挑戦していると言ってあたのもあるが、あまりヘアピンをつけているのを見たことがなかった。


 だからだろう。全体的に白を主張した清楚な雰囲気に、女性らしさを協調する綺麗な花がついたそのヘアピンには、男ながら可愛いと思ってしまった。


 もっとも、莉音がそう感じたのは、結愛がヘアピンをつけた姿を頭の中で想像したからに違いない。


 綺麗な艶のある黒髪に、純粋さを表すようなヘアピン。そこに結愛の大人びた表情をしていながらも子供のようなあどけなさのある顔の作りが加われば、とてつもない破壊力を生む。


 まして最近では大人びた佇まいや密かに匂わせていた儚さも消え、結愛本来の可愛いさが少しずつ出てきている。


 そんな姿を想像していたら、莉音の思考の8割を奪って購買欲をそそるのも無理はない。



「めっちゃ可愛いじゃん!なになに、本当は贈りたいプレゼントとか迷ってなかったでしょ!」

「結愛に似合うだろうな、とは最初から思ってた」

「ふむふむ。結愛ちゃんが付けてるのを想像して、それで可愛いって思ったわけだね」

「まあ、否定はしない」


 否定はしないというより出来ないというのが本音なのが、莉音としては何ともむず痒い。



「普通にセンス良くて、ナイス!結愛ちゃんのこと分かってる!としか言えなかったよ」

「そりゃどうも」


 こうして異性の花森さんにもセンスを褒めてもらっているので、選択にも問題はないらしい。

 価格的には決して高価なものではないが、その方が気も引かずに気軽に使用出来るだろう。



「プレゼント選びに戸惑ってる八幡くん面白かったよって、渡し終わってから密告しようと思ってたんだけどな」

「プレゼントを渡し終えてから伝える優しさに感謝すれば良いのか、密告しようとする悪どい行為に対して注意をすれば良いのか」

「まあ、とりあえずそのプレゼントを買えば良いんじゃない?」

「…………そうする」


 そんなやり取りを行いつつも、莉音は言われた通りにレジに向かった。渡すタイミングはまだ決まってないが、とりあえずラッピングされた小包に入れてもらい、会計を済ませる。



「花森さんありがとう。お陰で満足のいくプレゼントが買えた」

「良かった〜、私としても嬉しい限りだよ」


 商品を受け取り、満足な心情で花森さんの元へと戻れば、今からなにが始まるのか、急に恥じらいを見せていた。



「それであの、八幡くんにも聞きたいことがあるんだけど」

「どうかした?」

「…………修馬くんの欲しいものとか、分かる?」


 やけにモジモジとした仕草からはそんな言葉が出てきて、今日花森さんがここに来たのはそれが目的だったんだと分かる。


 

「修馬?中学の頃から一緒だから分かるかもしれないけど、なんで?」

「ちょっと色々ありまして……それで感謝を、と」

「プレゼントはあげたいものをあげるのが1番なのでは?」

「お、女の子の心理的にはそういうわけにもいかなくて……」


 「さっき話したのはあくまでも理想で、現実はそううまくいかず……」と付け加えて話す花森さんは、心配そうな顔をしながら、莉音を見上げる。



「分かったよ。俺も助けてもらったから、手伝う」

「本当!?ありがとうー!あ、お詫びと言ってはなんだけど、結愛ちゃんが炭酸飲んで涙目になってる写真あげる」

「…………どうも」


 莉音からのその返事が聞けてホッとしたのか、花森さんはまたいつものような明るさに戻る。

 それと同じくらいのタイミングでスマホにはピコンッと一通の写真が送られてきており、その写真を見てみる。


 きっと2人で遊んだ時の写真なのだろう。結愛が炭酸を飲んでいがっ!と顔全体をしかめ、涙目になりながら舌をちょこんと出している写真がそこにはあった。


 苦手意識を出しているというよりは、あまりの炭酸の強さに驚いていると言った方が正しいその写真は、当然ながらに莉音の口角を上げる。


 その写真を保存してしまうのは、男心ゆえか。



「八幡くんも中々分かりやすいですな」

「揶揄うなら帰る」

「ごめんごめん!謝るから!」


 なんてやり取りを行いつつも、また店内を一周するのだった。






【あとがき】


・最近文字数が多くなってしまい大変申し訳ありません。もう少し読み易さに力を入れてみますので、ご理解いただけると助かります。

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