第99話 許嫁はそれでも甘えたい

「…………看病の準備、随分とテキパキしてますね」

「まあ中学の頃までは親にこうされてたからな。割と記憶にはある」

「それでですか」



 お粥を取りにキッチンへと戻り、温めてからまた結愛の部屋へと帰ってくる。

 両手でお粥を持った莉音を見た結愛は、感心した様子で莉音の動きを眺めていた。



 莉音は過去に看病をされたことがないとかそんな経験はなく、産みの親がまだ生きていたころにしてくれたことは、しっかりと頭の中に残っていた。




「一応熱すぎないように人肌の温度に調整したつもりだけど、自分で食べれるか?」

「………食べられます」



 その経験を思い出しながらも、持ってきたお粥を結愛に食べてもらおうと自分で食べられるかの確認をする。



 結愛のために、ネットで看病の方法もちょっとだけ調べたというのは、墓地まで持っていくことにする。




「食べられます、けど」

「けど?」

「食べられないと言ったら、自分で食べる以外に選択肢があるのですか?」



 莉音の聞き方に疑問でも抱いたのか、結愛は質問に質問で返す。その瞳の奥には、莉音からの返事を期待しているような光が見えた。




「結愛が自分で食べられないなら、俺が食べさせるという方法もあるが?」



 方法と言うべきか手段と言うべきか、結愛がどうしても食べられないと言うのなら、莉音が食べさせるという手がある。



 もちろん食べられないのなら全然食べさせてあげるつもりだし、もし本人からあーんの希望があるのなら、断ることなく受諾するつもりだ。




「あの、やっぱり食べられないかもしれません」

「でも結愛さん、さっき自分で食べられると言ってませんでしたか?」

「あくまでも口は開けるよ、という意味です」

「そこに俺にあーんされたいという気持ちは?」

「なくはない、です」



 結愛のあからさまに分かりやすすぎる反応に笑みを溢しそうになるが、本人は至って真面目な目つきと真剣な顔付きをしていたので、莉音もそれに応える。




「まあ病人の要望なら仕方ない。ほら、口開けて」

「…………はい」



 持ってきていたスプーンを手に取り、莉音が「口を開けて」と声を出せば、結愛は小さな口を開く。

 こんな所にスプーンなんて入るのかと思うくらいの小さな隙間の中に、すくったお粥を通す。



 開いた口の中にスプーンを入れれば、上唇と下唇が少しだけ当たり、ぷるっと震えて振動を伝えた。




「美味い?」

「美味しい、です」

「もう一口いるか?」

「いります」



 その光景が可愛らしい景色だなんてことは、分かっていても莉音の口から発言されることはない。

 一瞬小動物でも餌付けしているような気分に錯覚するが、結愛からの声でその錯覚も解ける。




「ちょ、ちょとだけ、ペース早いれふ」

「あ、ごめん」

「いや、いいんですけど」



 つい我を忘れてしまうくらいには、目を細めて若干ふやけた表情をする結愛が、莉音の瞳には輝いて映った。


 

「これ食べ終わったら、その後はまたぐっすりと寝てくれよ?」

「全然眠くないですけどね」

「それでも寝なきゃ駄目なの」

「むぅ、、、分かりました」

「分かればよろしい」



 まだ残りのあるお粥を指差しながら、食べ終えたら寝るように結愛に言いつける。

 数時間も寝た後だから眠くはないのも無理はないが、また体調が酷くならないためにも無茶させるわけにはいかない。



 結愛も莉音からそれを感じ取ったのだろう。最初は少し反抗的な反応をしつつも、すぐに納得して頷いてくれた。



「俺はこれ直しに行くから、もう寝ててもいいぞ?」



 何度も何度も莉音が食べさせてあげていれば、いつの間にか用意したお粥は底をつく。

 指示した通りに結愛を寝かせたら片付けに取り掛かかろうとした莉音だが、その動きは静止させられた。

 


「行っちゃうんですか?」

「片付けとかあるから、」



 食事を終えてベットに横たわる結愛は、悲しそうで寂しそうな声色で、莉音を見上げた。




「何だ?また手でも握って欲しいのいいか?」



 上目遣いで見つめられては、何かおねだりしているのではと思ってしまう。だからなのかもしれない。


 今の結愛が、また人肌を欲しているような気がした。




「あ、やっ、やっぱりいいです。これ以上甘えて、莉音くんに風邪移すわけにはいかないので」

「そこを気にした所で今更遅いと思うが……。もし俺が風邪引いたら、結愛が看病してくれるだろ?」

「それはもちろんです」

「なら心配ない。遠慮なく側にいれるな」



 お粥の皿を持ち、キッチンで洗い物をしようと思っていた莉音だが、結愛の瞳を見てその行動は止めることにする。

 今の結愛は、小さい頃の自分と似ていた。優しい両親に全力で甘えて頼っている、そんな自分に。



 だから今の結愛の気持ちが流れてくるように分かった。「まだ行かないで……」簡単に口に出せるけど、なかなか出てこないその言葉が。




「いいんですか?」

「結愛はそうしてほしいんだろ?」

「そうしてほしい、です」

「それなら片付けてる場合じゃないな」



 結愛からのお願いとあっては、片付けなんてやっている場合ではない。お粥の皿は結愛の勉強机の上に置き、両手を空けた。

 勉強机には料理本やストレッチの本などが開かれており、莉音のためとか関係なく、自然と口角が上がった。




「それに、さっきだって何回も似たような事言ってただろ」

「うぅ……それは触れないでと言ったじゃないですか」



 またも恥ずかしそうな顔をする結愛だが、今度は布団の中に潜り込まず、莉音と目を合わせたまま手を取った。

 いつもよりも温かい結愛の細い指が、自分の指をきゅっと掴んでいる。




「そこまで言うのなら、絶対離さないでくださいよ?」

「離さない離さない」

「どこにも、行かないでくださいよ?」

「分かった。ずっと側で見とくよ」



 莉音はベットの上に座り、結愛の体に手が届く距離で見守る。片方の手は結愛と絡め合い、もう片方の手は結愛の頭を撫でておく。

 「んぅ、」と心地良さそうに喉を鳴らす結愛は、再び眠気でも襲ってきたのか、口調はふにゃふにゃになる。




「最後に、名前、呼んで欲しいです」

「名前?」

「眠る前に呼んでくれると、1人じゃないって安心出来るので」


 

 もう何もかもがふにゃふにゃで、結愛は温かそうな顔をゆるゆるにとろけさせながら、小さく口を開く。




「…………結愛、、、これでいいのか?」



 言われた通りに莉音が結愛の名前を呼べば、手はぎゅっと力が入って握られる。




「…………もう一回、」

「そんなに心配しなくとも、ずっと見守ってるから。だから安心して眠っていいんだぞ?結愛」



 人肌に安心感、そして自分を見ていてくれる喜び。眠る前にそれらを求めていた結愛は、最後の莉音の一言と共に、すぅと息を吸った。




「結愛?」



 何にも心配していないような、無防備で幼さが隠されることなく露わになった寝顔が、結愛本人の満足感を莉音へと伝えてくれる。




「結愛、おやすみ」



 頭を数回、そして頬に手の平を当てて愛でるように触れながらも、莉音はそう言葉を溢す。

 こんなに無防備な姿を観れるのは自分だけなんだという独占欲が、今の莉音の中を大きく占めていた。






【あとがき】


・次で100話です。結愛ちゃんが頑張ります。というより頑張ってます。お楽しみに。

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