第85話 許嫁と帰り道
「じゃあ食べようか」
「そうですね」
飲み物を買いに行った2人が帰ってくれば、弁当の周りを囲むようにして座る。
4人座り終えれば、ウェットティッシュで手を拭い後に弁当箱の蓋を開けた。
「わぁ美味しそう!」
「白咲さんってやっぱり料理も美味いんだ」
この日初めて結愛の手作り弁当を食べる花森さんと修馬は、声色を明るくして言った。
「そんな誇れるほどのものではないですし、料理経験もまだまだ浅いですけど、頑張りはしました」
「結愛ちゃん凄いなぁ。私は料理はからっきし駄目だから憧れる」
「そうなんですか。それなら今度一緒に作りましょうか」
「うん!作る!」
まだ食べてもいないのだが、結愛と花森さんは2人で盛り上がって話をする。
「はい修馬、割り箸」
「さんきゅ」
「花森さんと結愛も」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
折角2人が話をしているところ悪いのだが、お昼の空腹もあってか、弁当を目の前にすれば待ちきれそうにはなかった。
なのでひとまず箸を配って、その後に紙皿を回した。
ようやく食べ始める準備が整えば、「いただきます」と合掌して箸を持つ。
「ど、どうですか?」
すぐさまおかずへと手を伸ばした花森さんと修馬に、結愛は心配そうな瞳で問いかけた。
「めっちゃ美味しい!結愛ちゃん料理めっちゃ上手!」
「美味すぎて莉音が羨ましい。こんな弁当を毎日食えてるとか!」
結愛の弁当を口にした2人からは絶賛の声が上がり、結愛の頬も自然と緩む。
「結愛、良かったな」
「はいっ!」
満足そうな顔で満面の笑みを浮かべる結愛は、弁当を作ったことへの達成感や幸福感に満たされており、緩んだ口元はしばらく閉じそうにはなかった。
「あ、ちなみに出来立てはもっと美味いぞ」
弁当を食べ始めてから少し経ち、変わらず「美味しい」と言葉にする2人に、俺はそう述べた。
「はっ!八幡くんずるい!出来立てはずるい!」
「そうだー!莉音ずるいぞ!」
俺は結愛のことを褒めたつもりで言ったのだが、出来立てを食べたことのない2人からは自慢のように聞こえたらしい。
「ずるいと言われてもな。…………こればかりは俺の特権だから」
「そ、そうなるのでしょうか……。」
結愛の手料理に関して、俺はゼロから向き合ってきたので、他のどんな人よりも詳しいし見ているつもりだ。
結愛が頑張って練習をしている所も、1番初めの不格好な出来栄えも、今の完璧な品になるまでの一部始終を隣でずっと見ていた。
それを特権と言わずに何と呼ぶのか、俺には他に思い浮かばなかった。
「ふーん。八幡くんも意外と独占欲あったんだね」
「結愛の出来立て料理を食べられるのは独占欲じゃなくて権利だから」
「莉音、それが独占欲なんだよ」
「違う」
「違わないね」
独占欲なんかでは決してない。別に結愛の手料理を自分だけの物にしたいわけではないし、喜んでもらえるならぜひとも食べて欲しいくらいだ。
それで結愛もとても嬉しそうな顔をするので、俺としては見ていて微笑ましい。
だから独占欲では絶対にない。ただ毎日他の人に作るとなると、少しだけ胸にわだかまりが生まれるが。
「あ、あの折角綺麗な桜の下でご飯食べてるので、今はこの景色を堪能しましょう」
「そうだね。結愛ちゃんの言う通りだね」
「そうだな。今はこの景色と弁当を楽しむか」
話の真偽はさておき、結愛の言う通り今はこの状況を存分に楽しむべきだろう。
全員がそれを理解したので、また笑顔で弁当を囲んだ。
♢
「今日はありがとね」
「またな莉音と白咲さん。楽しかったよ」
「はい。ありがとうございました」
「お二人とも気をつけて」
「はーい」
弁当を食べ終え、談笑をしながら桜を眺めれば、帰る時間がやって来た。
まだ時間的には余裕があり、帰らずに残ることも出来るのだが、花見目的で来たのでそこまですることもない。
今からどこかに行くにしろ弁当箱やシートなんかの荷物があるのでそう行ける場所も少ない。
なのでしっかりと桜を堪能し終えれば、この日は帰ることにした。
「楽しかったな」
「楽しかったですね」
元々現地集合だったので、現地解散で公園を後にする。花森さんは家が俺と結愛とは逆方向なので、公園で別れて駅まで向かった。
修馬は同じ方向なのだが花森さんの荷物持ちがてら近くまで見送ることになり、花森さんの後をついて行った。
「結愛?どうかしたのか?」
そんな2人を見送り、近くのバス停まで向かっていれば、結愛は途中で足を止めた。
「はい。どうかしました」
「それって自分で言うもんなのか?」
「聞かれたので答えただけです」
結愛からさ何故かツンとした返事が返ってきて、何かしたのではと自分を疑う。
物申したそうな顔をしている結愛は、さっきまでいた公園の方をチラチラと視界に入れていた。
「それで、何があったんだ?」
「それは……」
いざ俺が問えば、口を開いたり閉じたりと迷いを見せる。
「忘れ物でもしたのか?」
「してないです」
「花森さんと修馬と過ごしたのが楽しくなかったか?」
「いえ、2人とも明るくてとても楽しかったです」
結愛が答えないので数回尋ねてみるが、どれも当たりそうな気配はない。
「そ、そういうのではなくてですね、、、もっと個人的なわがままというか……」
結愛が言いたいのはどうやらわがままらしく、遠慮して中々言い出せなそうにしていた。
だが自分でそれを主張する辺り、どんどん結愛も自分の感情を表に出せていると言えるだろう。
結愛の顔には、初々しさのある恥じらいが見えていた。
「わがままなら何でも聞くぞ。俺に応えられる範囲でならだけど」
友達で、しかも許嫁のお願いとなれば、断るわけにはいかない。そもそも結愛の場合は俺が本気で嫌がるようなお願いなんてしてこないはずなので、安心して応えることが出来る。
「その、私は4人で見るのも良かったですけど、莉音くんと2人きりでも見たかったなと……身勝手なお願いなんですけど、」
結愛の口から出てきた言葉が耳を通ったら、この人は本当に可愛いなと素直に思った。
それもそのはずだ。誰もが認める完璧美少女が2人きりで見たいと恥じらいを見せながらお願いしてくるのだ。
当然可愛いと感じてしまうし、どうも自意識過剰のような考えが頭をよぎってしまう。
「…………公園に戻るか」
「戻ってくれるんですか?」
「それが結愛の願いなんだろ?そんなので満足してくれるなら、何回でも戻るよ」
結愛の表情を見れば、戻るという選択肢以外は存在しなかった。もしかしたら他の選択肢もあったのかもしれないが、すでに俺の眼中にはなかった。
「だから、はい」
「え、何ですか?」
「いいから。手出して」
「…………はい」
再び公園に戻るために、向いていた体の向きを変える。それと同時に、隣にいる結愛の小さな細い手を、ぎゅっと握った。
その手は小さいのに暖かく、柔らかくて握っていてこっちまで落ち着いた。
「えっと、、、莉音くん?これは一体?」
突然手を握られた結愛だが、驚きはしたものの振り解いたりすることはなく、ただ顔に困惑の様子だけを示していた。
ここで振り解かれたりしたら、俺はしばらく立ち直れないだろう。まあ結愛からそんな意思は一切感じられなかったが。
「もし俺から離れたらどうするんだ。またナンパされても困るし、離れないように掴んでないと守れないだろ」
「そう、ですね」
手を握った理由を話したら、結愛からも離れないように強く握られる。
「じゃあ、絶対に離さないでくださいよ?」
「今の所は絶対に離さないよ」
そう会話をしながら、結愛と共に来た道を戻る。
すれ違う人たちの視線が急に変わったのは、きっと俺の気のせいなのだろう。
【あとがき】
・更新ペースは不定期ですが、次話以降も糖分過多でお送りする予定ですので、気長にお楽しにしていただけると嬉しいです。
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