第86話 莉音の誕生日
「莉音くん、誕生日おめでとうございます」
春休みが始まってから2日が過ぎ、いつも通りの変わらない朝食の時に、結愛からそんな言葉が出てきた。
「え、なんで知ってんの。俺教えてないのに」
「霧中さんに教えてもらいました」
「あー修馬か」
俺は極力人に誕生日は教えていないし、そもそも祝われるのを良しとしていなかった。
前までは祝ってくれる家族もおらず、1人という事を自覚するのが嫌だったから、誕生日になんて興味すら持たなかった。
誕生日の日は流石に養親からも貰い物をしたが、日本の最高紙幣を数枚という愛情の欠片もない貰い物だった。
額は学生にとっては少し多すぎるくらいなのだが。
「…………結愛さん、もしかして怒っていらっしゃる?」
「当然です」
テーブルに置かれた結愛の作ってくれた朝食を囲み、正面にいる少女にチラリと目を向ける。
結愛の顔は分かりやすく膨れており、リスを連想させるくらいには表情が顔に出ていた。
「言い訳になるかもしれないけど、別に黙ってるつもりはなかったんだ。ただ俺から誕生日がいつだとか中々言い出し難くて」
「そ、そうかもしれないですけど、それでも教えてくれないと駄目です。それでは莉音くんが悲しい気持ちで誕生日を送ることになりますよ」
「それは嫌だけど、結愛からは毎日色々と貰ってるからすでに満足」
「そっ、そういうことじゃないんですよ!」
結愛の不満そうな顔ではみるみる頬が膨らんでいき、思わずつつきたくなる。
だが結愛の言い分も決して分からないではない。おそらく、結愛自身が誕生日を祝われて嬉しかったのだろう。
結愛もこれまでは自分の誕生日なんて祝ったりはしなかったが、他の誰かに心から祝福してもらった事が、堪らなく胸に響いたはずだ。
だから俺の誕生日も祝おうと、ずっと心の底で思っていたのかもしれない。
「はぁ……、もういいです。何とか事前に誕生日は知れたので、これ以上は言及しません。ただもうこれからは隠し事はなしですよ」
「…………はい」
「言い出しづらくても、恥ずかしくても、全部教えてくださいね」
「分かった、教える」
「分かればいいんです」
結愛は言いたいことは言い終えたようで、止まっていた手を動かして箸を持つ。
「でも、それは結愛もだからな」
「私は莉音くんに隠し事はしないです。ちょっとしか」
「ちょっとはしてんのかよ」
やけに平然とした表情のまま結愛は口を開き、俺と目を合わせる。
2人しかいない家では、その話し声がよく響いて聞こえた。
「俺に隠し事をするなと言うんなら、結愛も教えるべきだよな?」
「嫌です」
「即答かよ。でも結愛、言い出しづらくても、恥ずかしくても、隠し事はしないんじゃないのか?」
結愛に俺の隠し事を全て話すのなら、俺にもそれを聞く権利はあると思うのだが、結愛はそれを拒んだ。
合っていた目と目は横に逸れ、結愛の視線は下を向く。
「うっ…………お、乙女の沽券に関わるので」
「そんな大事なことなのか」
「そうです。それに、女の子は少しくらい隠し事がある方が魅力的でしょう?」
「まあ、そういうことでいいけど」
結愛にとって言えないことなら、俺が無理に聞くことはない。話したくなるまで待つつもりだし、近くで支えるつもりだ。
「…………別に、ずっと隠してるつもりはないですから。ただ言うのは今じゃないだけです」
「ふーん」
「その反応は何ですか」
やはり結愛は初心で純粋なので、ちょっとしたことで頬に熱が集まる。
今だって赤みを帯びているし、またも不満そうに頬は膨れている。
「…………本当になんですか?顔に何かついてます?」
「なんでもないけど?」
「理由もなくそんなに女の子の顔を見つめ続けるのは失礼だと思います」
そんな結愛の表情を、俺はつい凝視してしまった。日に日に緩く暖かくなっている結愛の顔に、目線が寄らないわけがない。
ちょっとだけツンとした反応を見せるも、その後すぐに緩くなってこちらに微笑むその仕草が、俺の心臓を直接掴んでいるかのように、胸の鼓動を早めた。
「いや、なんかその、、、リスみたいに膨れて可愛いなと」
「か、可愛い…………、リスみたいってやめてください」
口では冷たい反応をして見せているが、表情にはそれと全く反対の感情が表に出ている。
目すら合わせられず、長い髪だけを揺らしている結愛が、俺の前には座っていた。
「も、もう!私のことはいいんですよ!今は莉音くんのことを話してるんです!」
「何?まだ話すようなことあった?」
話を変えようと結愛はまた俺へのことについて触れるが、今更話すことは特にない。
まだ何も決めていないが、どうせ結愛に決められる。そんな気がした。
「話というか、、、今日の夜、当然だけど空けておいてくださいね」
「…………分かった」
「きっ、期待しててもいいですよ」
「…………じゃあそうさせてもらうわ」
俺の予想は当たっていて、結愛はすでに何やら計画を立ててくれているらしかった。
それが俺にとって口元にニヤつきが溢れてしまうくらい嬉しいことなのは、きっと結愛も理解しているはずだ。
「お昼は霧中さんとご飯食べに行くんですよね?」
「そこまで知ってんのか。一応行く予定だな」
「了解です」
修馬と結愛はこの間の花見の時に連絡先を交換したので、今日については結愛が色々と聞いているのだろう。
その他のことも聞かれていないか心配にはなるが、今はそこには触れず気づいていないフリをして流す。
「忘れられない誕生日にしてあげますよ」
「元々忘れる気なんてないから」
そんな会話をしながらも、引き続き美味しい朝食へと箸を運んだ。
【あとがき】
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