第84話 許嫁らしさと花見の準備

「今日は良い天気ですね」

「そうだな」



 終業式も終わり、いよいよ春休みが始まった。

春休みは冬休みの時と違い、俺と結愛に修馬と花森さんの4人で早速出掛けることになった。

 



「結愛ちゃんおはよ〜」

「美鈴さんおはようございます」

「莉音おはよ」

「おはよ」



 終業式が終わった次の日の昼方、俺達は早めの花見をするために少し離れた所にある公園へと集合をした。

 なんでもそこは広くて綺麗に見えると有名な場所なので、ここに来て花見をする人は多いらしい。



 そして運の良いことに快晴で、程よい春風が4人の間をすり抜けていった。




「ここ数日くらいならそんなに人もいないかなと思ったけど、それなりにいるね」

「それでもまだ場所は空いてるし、ちょうど良かったんじゃない?」



 俺達がその公園に集まった時にはすでにそれなりの人達が花見をしに来ていて、満開に咲いた桜の下にシートを敷いて、家族やら友達やらの集団が出来ていた。



 

「私達も場所取ろうか」

「そうですね」



 女子2人が意気込み、足を前に進めた。




「昼は結愛が弁当を作ってくれた」

「知ってる!それを楽しみにしてた!」

「霧中くん、私も同じ!」



 修馬が持ってきてくれたシートを敷き、その上に座った俺達は、早速昼食の話をした。

 もうお昼なのでお腹も空いてきた頃で、修馬と花森さんは目を輝かせていた。



 修馬は前に一口だけ弁当を食べたことがあるが、花森さんは結愛の作った料理をまだ食べたことはないので、この日を楽しみにしていたのだろう。

 結愛も結愛で俺以外に作るのは初めてのはずなので、より気合を入れて作っていた。



 わざわざ大きい弁当箱を買うくらいには、結愛は今日の日を楽しみにしていた。




「莉音くんにも手伝ってもらったので、全部私が作ったわけではないですよ?」

「莉音手伝うなよー」

「そーだ!手伝わないでよー!」

「…………俺は悪いことをしたのか?」

「い、いえ!私は助かりましたよ!」



 じーっと目を細めて俺を見てくる2人を放っておきながらも、結愛の作った弁当をシートの真ん中に置いた。




「なら早速食べるか」

「ねえ八幡くん、食べ始めるのは賛成なんだけど、飲み物ある?」

「…………ない」

 


 いざ食べようと思い持ってきたウェットティッシュを取り出せば、花森さんはそう言って辺りを見渡した。




「修馬、買いに行くぞ」

「了解」

「あ、ちょっと待って」

「どうかした?」



 俺と結愛は弁当と手を拭くためのウェットティッシュやらを持ってきたが、飲み物のことは完全に忘れていた。



 なのでここは俺と修馬が買いに行くべきだと思って立ち上がるが、花森さんの声で静止させられた。




「八幡くんは座ってていいよ。霧中くんと私が買いに行くから」

「…………あ、なるほど」



 何故か花森さんが立ち上がってからそう言い、修馬も納得いった様子で頷いた。




「え、いや俺が行くよ。ここから自販機まで意外と距離あったし」

「いいのいいの!八幡くんと結愛ちゃんはお弁当作ってくれたし!」

「俺はほとんど何もしてないんだけど」

「まあとにかく気にしなくていいから!行こう霧中くん」

「はーい」



 結局俺は2人に任せることにした。というか、それ以外の選択肢を与えてもらえなかった。




「…………2人とも行っちゃいましたね」

「行ったな」



 シートの上に座る結愛は、クスッと頬を緩めて顔を明るくする。




「あ、莉音くん手が汚れてますよ?」

「ほんとだ。さっきシート敷いた時に汚れたのかも」



 結愛の大きな瞳は俺の手に向けられており、俺もそれに釣られるように自分の手を確認した。

 結愛の言った通り、手には少しだけ土がついていた。



「美鈴さん達が戻ってきたらご飯ですし、一度洗って来たらどうです?ウェットティッシュもありますけど」

「まだ掛かりそうだから洗ってくるわ。すぐ戻る」

「はい。気をつけて」



 ウェットティッシュで拭くくらいでも良いとは思ったが、まだ時間はありそうなのでちゃんと洗った方が良いだろう。



 純粋な表情を浮かべる結愛を視界に入れながらも、俺は近くの水道やトイレを探した。

 



(…………あれは、、、)



 シートからほんの少しだけ歩いた場所で手を洗い、駆け足で結愛の待っている場所に戻れば、そこには何やら2、3人の人影があった。




「お姉さん今1人?折角なら俺らと遊ばない?」

「うおっ!めっちゃ可愛いじゃん!」



 大学生くらいだろうか。周りの空気を読まないノリで結愛に近づき、そう声を掛けていた。




「いえ、1人ではなくて人を待ってるので……」

「そんな約束無視していいじゃん!俺らと遊んだ方が楽しいよ?」



 結愛がその誘いに頷くわけもなく、当然のように断る。

 だがまあ断られたからと言って簡単に下がるような人達ではなく、結愛の腕を目掛けて腕を伸ばそうとしていた。




「あの、俺達に何か用ですか?」



 俺は結愛の横に立ち、その伸びた腕を掴んだ。

 突然俺に腕を掴まれた男達は一瞬慌てるような表情を見せたが、俺の手を振り解いた後に、ニヤリと口角を上げた。




「えっ?あっ、お前がこの子の待ってるって人?」

「そうです」

「お前みたいな冴えないやつが?」

「はい」



 お互いに顔を見合わせた男達は、分かりやすく相手を見下した表情を浮かべた。




「ねぇ君、こんなやつよりも俺らの方がイケてると思うよね?」

「いや私は……」

「友達がいるからって遠慮しなくていいんだって!君みたいな可愛い子は俺らみたいな一軍といた方が輝けるって!」



 やけに自信に満ち溢れたその男達は、相手に有無を言わせる間も無く勢いよく言葉を発する。

 その時点で自分達のことしか考えていないのがよく分かり、結愛は心底呆れたように表情を困らせた。




「私は……」



 まあそれでも、男からよからぬ目で見られれば結愛だって恐怖は感じるだろう。

 人一倍その視線を向けられやすい結愛が、恐れないはずがない。




「…………あの、この子は俺のなんで、手を出さないでもらっていいですか?」

「り、莉音くん!?」



 俺は結愛の震えた体を覆うように腕を伸ばして、少しだけ体を俺の方に寄せた。

 俺と結愛の肩と肩は触れ合い、家にいる時のような距離感で目を合わせた。



 外の視線もあるからか、結愛の頬はすぐに染め上がり、緊迫していた表情もゆるゆるに解けた。




「まだ俺らに何か用ですか?」

「いや、何もない。…………もう行こうぜ」

「そうだな。てか他にももっと可愛い子はいるしな」

「だな。他の子を当たるか」



 俺と結愛の距離感を見て、自分達には興味すら持たれていなかったことを認識した男達は、すぐにその場を後にした。




「はぁ、何なんだあいつら。…………結愛は怖くなかったか?」

「はい。莉音くんならきっと来てくれるって信じてたので」

「俺はお守りか何かか?」

「ある意味そうかのかもしれないです」




 俺は結愛を落ち着かせるためにそっと撫でるのだが、春風に当たり心地よくなったのか、結愛は幸せそうに目を細めていた。




「…………ところで、私はいつから莉音くんのものになったんですか?」

「い、いや、、、あの時はそうするしかなかったというか、何というか……」



 過ぎ去って行った男達も見えなくなり、俺と結愛の2人だけの空間になれば、結愛は俺にそう尋ねた。




「まああれだ。たまには許嫁っぽいこともしてみた」

「…………許嫁っぽいこと、ですか」

「うん」

「てか許嫁なんだし、全部が全部嘘ってわけでもないだろ?」

「まあそうですけど」



 結愛は納得したようでしていないような表情を顔に浮かべながら、んーっと声を唸らせる。




「莉音くんは、意外とSっ気がありそうですね」

「なぜそうなる」



 次に口が開いた時に何の言葉が出てくるのかと思えば、結愛の口からはそんな言葉が述べられた。




「俺のものって言うなんて、莉音くんは独占欲が高いんですね」

「…………好きなものを独占して何が悪い」



 結愛の発言に、俺は嘘偽りない素直な気持ちを口にした。

 別に好きだから独占するのは人間であるなら当然のことだと思うし、むしろ嫌いな物を独占したがる人の方が珍しい。



 だがまあ質問の意図をしっかりと理解したのは、すでに言葉を発し終えた後のことなのだが。




「そ、それって……」

「物に対してだから!人に対してじゃない!」

「そっ、そうですよね!」



 お互いに慌ただしさを全開にしながら、必死にその話題のことを頭から追い出し、桜の花弁が舞う公園に腰を下ろした。

 



「ただいまー…………って、どうしたの2人とも。汗なんかかいて」

「あのな、春って意外と暑いんだよ」

「…………同感です」



 ようやく飲み物を買ってきた2人が帰ってきた頃には、俺と結愛の体は火照っていた。

 結愛はある程度は熱が引いたようだったが、それでもまだほんのりと赤みは残っていた。



 その結愛の表情が桜のようだなんて思うのは、多分俺だけなのだろう。





【あとがき】


・そういえば修馬の名前って霧中修馬なんですけど、どこかの話で名前間違えたかもしれません。


見つけ次第直すつもりですが、僕の見落としがあれば、ぜひ報告してくださると助かります。

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