第78話 もっと触ってもいいよ、、、なんて。
「結愛が俺に抱きついても意味ないだろ」
俺は胸の辺りに顔を埋める結愛を見ながら、そう言う。
「私が先に甘えたら、莉音くんも素直になるのかなと」
「何だそれ」
愛らしい小動物みたいな瞳で俺を見上げる結愛は、頬を赤くして恥じらいを見せつつも言葉を発した。
「それでどうです?素直になれそうですか?」
「…………ならない」
結愛から甘えてきたからと言って、俺が結愛に身を委ねていい理由にはならない。確かに甘えやすくはなったが、これ以上体を密着させることは出来ない。
「やっぱり駄目ですか……。莉音くんは遠慮しすぎなんです。この紳士っ!」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれ」
変わらず俺の体に腕を回している結愛は、数回頭突きをして不満を訴えてきた。結愛の長い髪は俺の体の上で羽のように広がり、その魅力を増していた。
「もういいですよ。折角ここまで御膳立てしてあげたのに」
俺が手を出さずに結愛に抱きつかれるままでいれば、結愛は諦めた雰囲気で腕の力を弱めた。
埋めていた顔も離して、少し乱れた服装を直すためか立ち上がった。
その姿を見て、俺は悶々としていた。
友達が自分のためにここまでしてくれたのに、俺は何もしないでいいのかと。その厚意を無駄にしてしまっていいのかと。
でも、ここで自分の欲に素直になっても、許される気がした。結愛が女の子だからと遠慮していたが、自分から結愛を頼った方が結愛も喜んでくれるかもしれないと思った。
「り、莉音くん!?」
だから俺も今になって立ち上がり、結愛のことを背後から覆うように抱きしめた。
身長差的に、立ち上がっても結愛の顔は胸の上部の辺りに位置しており、結愛の体の正面に手を回して、今度は俺が離さないようにぎゅっと力を入れた。
「何?」
「いや、えっと……何してるんですか?」
「何って、見ての通りだけど?」
「それは知ってますよ!私はどうして抱きついてるのかと聞いてるんです!!」
体が密着し、後ろから見て耳まで赤くなっている結愛は、分かりやすく動揺を見せていた。
「どうしてと聞かれても、甘えろって言ったのは結愛だろ?それに先にそうしたのも結愛じゃん」
「で、でも……いきなりすぎて心の準備が、、、」
「俺には正面から抱きついてきたくせに?」
「自分から行くのとはわけが違いますから!」
結愛を高い声を上げ、まだ準備が出来ていないと言ってさっきよりも一層赤く染めた。
「それならやめとくか、」
「…………嫌とは言ってないです。やめなくていいです」
心の準備が出来ていないならやめようかと提案するが、結愛はそれを拒んだ。俺に抱きつかれるのを嫌ではないと言い、結愛の体に回した手を上から握った。
「言っとくけど結愛が悪いんだからな。人が弱ってる時に散々誘惑してきたんだから」
「わ、分かってます……」
こうなるのも仕方ないだろう。筋トレをして疲れ、お風呂から上がって眠たさを感じつつある時に、こんな誘惑を受けたのだ。
つい自分の体に結愛を寄せ付けてしまうくらいは、気が緩んでしまう。
その後はほとんど体制を変えずにソファに体を落とし、俺の股の間にちょこんと結愛が座った。
「莉音くん、そうしてるの落ち着くんですか?」
「割と落ち着く」
「そうなんですか」
ソファに腰を下ろし、未だに体をくっつけたままの俺は、結愛の肩に頭を乗せていた。
そこが癒されたし楽だったというのもあるが、そこに意識を集中させないと、もっと柔らかい場所に顔を埋めてしまいそうだった。
俺の腕はその柔らかい2つの物体のすぐ近くにあり、何とか当たらないように避けていた。
「…………いつもこれくらい素直ならいいのに」
ようやく心臓の高鳴りも落ち着いてきて、そろそろ体を離そうかと思っていたら、結愛は1人でボソッと呟いた。
「毎日抱きつくのは、色々とやばいだろ」
「それは私も同じです」
まあ結愛も毎日という意味で発した言葉ではないだろうが、それでもまた俺の気を緩めるには、十分な言葉だった。
「…………あの、莉音くん、、、もっと触ってくれてもいいんですよ?」
俺がもう少しだけ、結愛の肩に頭を乗せていれば、結愛からは耳を疑うような発言が飛んできた。
「お、女の子がそんな事を言うんじゃない!」
「私だって、莉音くん以外にはこんな事言いませんよ」
俺は今、結愛のことを後ろから体全体で覆うように抱きしめ、そして素直に甘えさせてもらっているのだ。
そんな子にこんなことを言われては、当然心音も上がるし、ドキドキだってする。
高鳴った胸の鼓動が、結愛には伝わっているような気がした。
「最近、莉音くん私に触れてすらくれないです……前は頭とか撫でてくれたのに、、」
結愛はちょっとだけ物足りなそうな顔をして、言葉を続ける。
「今だって、触ろうと思えばいつでも触れるのに」
結愛の体に回した俺の手を上から握っている結愛は、掴む力を強めた。まるで、触れと言っているかのように。
「じゃあ、これでいいか?」
俺は顔を上げ、回していた腕を結愛の頭の上に優しく置いた。手の平を小さな頭に添えて、いじけた子供をあやすようにゆっくりと撫でる。
「…………はい」
頭を撫で始めれば、結愛は満足げな声を上げて、体の力を緩めた。俺の股の間に座っている結愛は、体重を俺の体に預けて、全身でもたれかかってくる。
それが結愛が俺に気を許してくれていることの何よりの証拠なのだが、男としては何とも言えない気持ちになった。
(…………なんだか猫みたい)
細かな顔の表現は見えないが、こうしてゆったりと体を預けてくれている以上、リラックスしてくれているのが分かる。
俺は結愛の頭を撫でつつも、しっかりと柔らかく触り心地の良い髪を堪能していた。
「なあ結愛、なんやかんや言って、本当は自分が一番甘えたかったんじゃないのか?」
「私が、ですか?」
あれからしばらくしても、ずっと手の届く距離で俺の股の間に座ったままなので、ふとそう思ってしまった。
「…………は、はい、、そう、なのかもしれないです」
「え」
俺は冗談のつもりで言ったが、結愛はそれを認めた。コクリとゆっくり頷いて、長い髪を揺らした。
「だって、こうして莉音くんの手が触れるだけで、心が温まります」
「そう」
「それに筋トレなんてしなくても、体は私と違ってゴツゴツしていて、やっぱり男の子なんだなって頼り甲斐を感じて安心します」
「そりゃ俺だって立派な高校生だしな」
「さっきだって、莉音くんから抱きしめられて、温かくて心地良かったです」
そう言うと、結愛は正面に向けていた顔を後ろに向け、俺と瞳を合わせた。
いつになくとろけた顔をしていて、俺の視界に映った瞬間、足の指先から頭のてっぺんにまで電流が走った。
顔はもちろん茹でたように色がついていて、そのゆるゆるになった表情で、俺の理性を抉るような一言を発した。
「…………ねえ莉音くん、今日はこのまま一緒に寝ますか?莉音くんの腕の中で眠るの、気持ち良さそうです」
結愛は眠たくなってきたて思考力が鈍ったのか、そんなことを言った。
「な、何言ってんだよ!?駄目に決まってんだろ!」
流石に、今よりも先に進むのはまずいだろう。異性と共に眠るだなんて、付き合っている2人でなければそうそうしない。
「ふふ。莉音くんってヘタレというか、意外と初心なとこありますよね。女の子の扱いが上手いのに女の子慣れしてないですし」
「そりゃ女子との接点なんてなかったからな。てか冗談でも男をそんな風に揶揄うな。もしその気になったらどうするんだ」
何だ冗談かとホッとするが、それでも今のような事をされてはたまったもんじゃない。今のように誘惑されても最初は耐えられるかもしれないが、数を重ねられたら耐えられる自信がない。
だから結愛の身を守るためにも、そういうことを冗談でも言うのは良くないだろう。
「…………私は別に、冗談で言ってないですよ?」
結愛は俺と目を合わせたまま、恥じらいを見せた顔で小さく言った。
「は?」
俺がそう声を漏らすくらいには、状況が上手く読み込めなかった。
「…………なんて、うそです」
それだけ言えば、結愛は顔に笑みを浮かべて、勢いよくソファから立ち上がる。
「莉音くん、私今日はもう部屋戻りますね。おやすみなさい」
「お、おやすみ」
結愛はその場から逃げるようにおやすみの挨拶をして、すぐさま部屋まで走って行った。
その時の結愛は、首まで真っ赤に染まっていた。
【あとがき】
・さて、しばらくはこの距離感を続けていきましょうか!理性を緩めてもバックハグしかしない莉音くん。いや、バックハグでも大きな進歩!
良いなと思っていただければ、コメントやレビューいただけると嬉しいです!過去話にも是非是非!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます