第77話 結愛は甘やかしたい②

「莉音くん、今日もお疲れ様でした」

「おう、お疲れ」



 俺が筋トレを始めてから数日が経った。今日の分のトレーニングを終えてお風呂に入り、すっきりとした状態でリビングに戻ると、結愛がソファに座って俺を待っていた。




「莉音くんあれから毎日筋トレしてますね」



 俺もソファに腰掛け、2人で隣り合わせになって座る。最近では先に結愛がお風呂に入っていたので、フリフリの少し生地が薄くなってきた可愛らしいパジャマを身に纏い、俺と顔を合わせた。




「当たり前だろ。自分でやると決めたんだから最後までやり遂げないと」

「生真面目ですね」

「悪かったな」

「褒めてるんですよ?」

「そうは見えないが?」

「莉音くんの見方が悪いんです」



 結愛は小さく笑みを溢しながら、顔に微笑みを浮かべる。




「でも結愛も、あれから毎日俺が筋トレしてるの見てるよな」



 結愛は俺が筋トレをしている間は自分の部屋で何かをするわけでなく、今と同じようにソファに座り、終わるまで見届けてくれていた。




「当然ですよ。人の頑張る姿は見ていて輝かしいですし、私は莉音くんを支えると決めたので。ですから何かあっても全然問題ないですよ?」

「結愛の力じゃ物理的に支えるのは無理だろ」

「何を言ってるんですか。私だってそれなりに力ありますから!」



 結愛は何故かムキになり、服を捲り上げて細く日焼けを知らない真っ白な腕を俺の前に晒した。




「その細腕のどこに?」

「細くないです。最近は少し肉が付いてきました」

「そうでもないだろ」

「いえいえ、前まではもう少し細かったんですが……」



 目の前にある結愛の腕に注目するが、ハッキリと言ってとても細い。握りしめれば折れるのではないかと思うほどには、華奢な腕をしていた。




「それ以上細くなったら俺が心配になる。今でさえ細すぎるくらいなのに」

「…………莉音くんは女の子の扱い上手そうですね」



 結愛はほんのりと嬉しそうな顔をするが、すぐに真顔に戻る。それでも口元だけはまだ緩んでいた。

 



「でも本当にふっくらしてきたというか、莉音くんと一緒に暮らし始めてからぶくぶくと……」

「自分で料理出来るようになって、きちんとした食生活送れる証拠じゃん」

「そうなんですけど、その分たくさん料理の練習をしたので、それが今になって返ってきてます」



 俺は正直に今のままの結愛くらいがちょうどよく、これ以上細くなるのは不安で心配だった。

 女の子は常に綺麗でありたいがために痩せようと努力するのは分かるが、そのせいで無理な食事制限をして体を壊す可能性も少なくはない。



 結愛の場合は今でも女子の中では細くて小柄な方なので、気にする必要はないのではと俺は思っている。

 まあ結愛が自分のために痩せようと努力をすることを決めたのなら、俺は結愛と同じように見守って見届けるつもりだ。



 それなら注意も忠告も出来るので、最悪の事態は避けれるだろう。



 だが、結愛はこれまでずっと努力を怠らずにここまで自分の体型を保ってきているので、安全なのだろうとは胸の片隅に思っていた。


 


「結愛とかほとんど骨だし、俺としてはもうちょい肉がついた方が安心するけどな」

「莉音くんは丸々としたほうが好みなのですか?」

「好みってわけじゃないけど、女の子らしさがある方が見てて安心する」

「…………莉音くんの隣にいたら、私はいずれ豚さんになりそうですね」



 俺は外観で人を見るつもりはない。それも結愛の側にいる時点で説得力はないのかもしれないが、別に結愛が丸くなろうと特に気にしない。

 もちろん今の結愛の容姿が可愛いのは、出会った時から知っている。でもそれ以上に、結愛の内面の方に俺は惹かれた。



 人を気遣い、時に甘えたりする結愛の性格は、その容姿以上に保護欲をくすぐられた。




「ま、結愛は自分に厳しいとこあるし、それはないだろ」

「私は結構自分に甘いですよ。むしろ自分に厳しいのは莉音くんの方だと思いますけど」



 瞳を大きく開いて俺を覗く結愛は、またも不満そうな顔をしていた。

 頬を膨らませたりするわけではないが、それでも顔にはムッとした表情が浮かび上がっていた。




「莉音くんは他人を気遣うくせに、自分の弱い所はあんまり見せてくれないです」



 結愛にはとってはそれがムッとなる理由らしく、ジーッと目を細くして俺を見つめてきた。




「そもそも、そういうのは人に見せるものじゃないだろ」

「でも、ただ優しさを向けられるだけじゃ嫌です」

「そうは言われてもなぁ……俺は結愛からも優しさを受け取ってるから」  



 俺は甘えないのではない。甘える必要がないのだ。だって結愛が家事全般をこなしてくれている今、これ以上どうやって結愛に頼れと言うのか。



 すでに頼れるだけのことは頼っているので、結愛に甘えることは出来ない。それでも、もし甘えろと言うのなら、俺はもう自分の理性を緩めてしまうかもしれない。

 



「莉音くんに一つ聞きますけど、何で女の子に迫られてるのに素直に甘えないんですか?」



 結愛は結愛の女の子としての意地でも働いているのか、体の向きを俺の方に向け、距離を詰めた。

 体と体が触れ合ってはいないものの、お互いの息遣いが近くで感じられるくらいには、顔の位置は近づいた。




「何でって……」

「甘えていいよと言っているのに、どうして素直に頷いてくれないのですか?」



 結愛は瞳を潤わせて、ただひたすらに純粋な顔をしていた。




「だって、それくらい結愛のことを大切に思ってるからに決まってるだろ」

「た、大切、、」



 俺の言ったことを復唱した結愛は、ポッと頬を染めた。




「結愛のことを守りたいって強く思うから、色々と我慢して…………それじゃ納得しないか?」

「…………納得しました」



 俺はどうするべきかと悩んだ。正直に言えば、ここで素直に甘えたかった。美少女に甘えろと言わんばかりの顔で見つめられるのは、言うまでもなく心臓に悪い。



 それでも理性の紐を固く結び、結愛を見守りたいと思うことで、何とか耐えた。



 だがその後の結愛の行動には、もう耐えられる自信がなかった。




「ゆ、結愛……?」

 


 結愛は納得したと言って見せたが、俺との距離をどんどん近づけて、両腕を背中へと回した。




「んっ、」


 

 そう甘い声を漏らして、顔を俺の胸の中に沈めた。




「な、なんでいきなり抱きついてきて、、、」



 今の結愛の体制は、俺に全体重を掛けて抱きつくように体をくっつけている。腕を回され、逃がないようにと捕まえられて、ろくに身動きも取れない。



 体のあちこちには、結愛の柔らかな感触が伝わり、力が緩む。




「莉音くんが自分から人に頼ったり甘えたりしないからです。だから莉音くんが悪いんです、、、」



 結愛はそう言って、またより一層抱きしめる力を持って強くする。

 俺の胸に顔を預ける結愛を前に、無理に退かすわけにはいかない。



 体には、さっきよりも柔らかいものが強く押しつけられていた。








【あとがき】


・結愛ちゃんも、少しずつ大胆になってきたのではないでしょうか。

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