特別編 許嫁の朝

「さて、お弁当と朝食を作りましょうか」



 いつもと同じ時間に目を覚まし、2人しかいない家の静かなキッチンに、結愛はエプロンを付けながら立った。



 莉音にはこの間からお弁当を作るようになり、そのためにもより一層気合を入れる。

 蛇口を捻って水を出し、冷たい水で手を洗う。キッチンに来る前に軽い身支度は済ませたが、料理の前に手を洗うのは癖になっていた。



 

「今日は何を作りましょう……」



 手を洗い終え、冷蔵庫の中を覗きながら結愛は呟く。お弁当はある程度の目安がたっているが、朝食だけはどうも迷う。



 かれこれ2ヶ月くらいは作り続けているので、前みたいに作ってみたい料理が中々浮かばない。それに朝から濃すぎるのは後から苦しくなりそうなので、程よい献立を頭を回して考える。



 最近では作れるレパートリーも増えてきたので、メニューに悩みはするものの、料理自体は楽しかった。



 何よりも食べてくれる人がいて、そして目の前で幸せそうに食べてくれるのが一番心にジンと来る。




(今日は目玉焼きとベーコン、味噌汁に野菜の盛り合わせにしましょう)



 昨日はスクランブルエッグにソーセージ、そこに味噌汁とサラダという朝食だった。なるべく毎日異なるものを作ってあげようと思うのだが、どうしても似たようなものが続いてしまう。



 だが莉音は目玉焼きと味噌汁は特に好んで食べているので、喜ぶ顔見たさについつい何度も作ってしまう。

 それが莉音にとって良いことなのか悪いことなのか。


 

 どれだけ頭を回しても、それだけは本人にしか分からない。




「今日も喜んでくれますかね、、」



 朝食の用意を始め、フライパンに食材を乗せながらも、結愛は心配になって声を出す。今は1人だけだからネガティブな思考になっているというのもあるかもしれないが、いつになっても多少は心配になるだろう。



 莉音が美味しそうに、幸せそうに食べているのは分かりきったこたなのだが、それでも朝食を作る時には不安さを覚えていた。

 



「よし!出来ました!」



 慣れてきた手順で朝食の用意を済ませたら、結愛はすぐさま弁当を作り始める。

 2人分ということもあり、本当は朝食よりも先に弁当から作り始めた方が良いのだろうが、結愛はいつも朝食を先に作り、そして弁当を後回しにしていた。



 その理由はシンプルで、決して難しいものじゃない。



 いつも弁当を作っている時に莉音が起きてきて、そしてキッチンまで来て弁当の中を覗く。その流れと表情が見ていて微笑ましいものだから、莉音が起きる時間に合わせるためにも、あえて朝食から先に作っていた。




(…………いつか、莉音くんに夜ご飯も作ってあげたいな)



 料理を行い、それを毎日提供していれば、そんな事まで思ってしまう。



 果たしてそう思ってしまう事は悪いことなのか。いや、許嫁、友達、そして家族のような間柄なので、別に悪いことではない。



 ただ幸せそうな食べる莉音の表情を見たいだけなので、今の関係性を崩すつもりはない。まだ今は。




(そろそろですかね、)



 時計の針を見ながら一息つき、そして耳をすました。

 



『ガチャッ』



 気を取り直して弁当の用意していれば、どこかの部屋の扉が開く音がした。それが莉音の部屋の音だというのは、朝を共に過ごしていたら流石に分かる。



 足音は、一度どこかに寄ってからしばらくすれば、リビングの方へと歩み寄ってきた。




「結愛、おはよ」



 リビングには莉音の姿があり、そして優しい目を向けられる。彼の姿を瞳に映せば、早朝の静かで1人寂しかった心が、じんわりと温かくなっていくのを感じた。




「莉音くん、おはようございます」



 結愛は箸を止めずに、莉音と顔を合わせてからそう挨拶を返した。



 いつかでいい。まだまだずっと先でいいから、いつか莉音のために夕食を作りたい。なんてことを思いながらも、その気持ちは弁当箱の中に閉じておいた。






【あとがき】


・皆様のおかけで、星1000を越えることが出来ました!ありがとございます!



今後とも、2人のことを応援してくれると嬉しいです!れ

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