第64話 許嫁と赤裸々な関係
「本当の両親……?」
俺が亡くなった両親のことを話そうとすれば、結愛は首を傾げた。
結愛からしたら、突然何を言っているのかと、疑問になるのも無理はないだろう。
今の親が養親であることは、まだ話していないのだから。
「今の親は俺を引き取ってくれた親で、俺を生んだ親は両親とも事故で死んだ」
「…………そう、だったんですか」
まずは説明から入って、順を追うように話す。
これまではグッと胸の奥に隠していたが、一度話し始めれば、湧き出るように言葉が浮かんだ。
「何にもない平凡な日だった。でも平穏というのは簡単に壊れた」
今でも忘れはしない。毎日が明るくて楽しい日々だったものが、一瞬で暗くなった時のことを。
ほんの一瞬のことだ。学校から帰ってきて、両親が事故にあったと電話が家に来たのは。
「1人残された俺を引き取ろうとする人はほとんどいなかった。まあ唯一引き取ってくれたのは、今の親なんだけど」
今の養親に、そこに関しては感謝していた。俺の事を決して見ていてくれるわけではないが、一応は不自由なくここまで生きてこれている。
「まあ、俺が一番嫌だったのはその後だな」
「その後?」
別に養親には最初から期待していなかった。
もちろん途中寂しく思うこともあったが、俺と養親では親戚と言ってもほとんど接点がなかったので、関係性的には他人に等しいのだ。
だから、他人と言ってもそう違和感はない。
「引き取ってくれた親戚が俺に興味がないのなんて、生活を始めればすぐに分かった。だから俺は1人でご飯を用意したし、その他のことも自分でやった」
「…………莉音くんが家事出来るのは、そこが始まりだったんですか」
「そうだな。……別に悲しくはなかったぞ。ある程度は覚悟してたから」
「無理しなくていいですよ」
結愛は俺の腹の底を見透かすような表情をして、優しく話す。その目が底となく真剣な輝きなので、結愛の真面目さが伝わる。
俺にとって、養親からの無愛想さも十分に悲しい事ではあったが、死んだ両親の事を忘れて幸せにはなったらいけないと思い込むようになったのは、この後の事だ。
「まあ、家では愛なんてなくても、学校には友達がいると思った。今まで通り、仲良くしてくれると思った」
当時の俺は、学校だけは何も変わらないと思っていた。家では孤独を感じるが、学校では忘れられると、そう思っていた。
「でも、俺に向けられる視線は変わった」
まあ、そりゃ当然学校の人からの見る目も変わるだろう。クラスメイトの両親が事故で亡くなったのに、それを忘れたように接しろと言う方が無理な話だ。
大体、心配して声を掛けてくれる。でもそれが俺には耐えられなかった。
「皆んなは俺を気遣うばかりで、両親が亡くなって可哀想って、そんな目を向けるんだ」
そこに前までの親しみの瞳はなく、ただ俺の事を気遣うような、そんな目だった。
「別にそれが悪いわけじゃないし、心配してくれるのは嬉しかった。でも俺は、せめて学校くらいは前までと変わらず、温かく過ごしたかった」
俺にとっては、学校の友達だけがせめてもの救いだった。それだけのためにわざわざ電車通を選んだのだが、その選択も無下となってしまう。
しばらくすれば表面上ではいつも通りに戻ったが、それでも心のどこかでは行き過ぎないように遠慮しているのが、手に取るように分かった。
「莉音くんが人に優しいのに親しくなろうとしないのは、その時からですか?」
「…………優しいつもりはないけど、人との距離を考えるようになったのはその時からだな」
結愛も同じような過去を経験したからか、おおよその目安はつくようだった。
「俺は思ってしまったんだよ。周りの目が変わったのは、俺が亡くなった両親のことを忘れて幸せになろうとしたからなんだと。自分だけが、楽しい思いをしようとしたからなんだと」
そして、当時の負の感情で溢れた俺がそう思い込むのは、決して難しい事じゃなかった。
俺の話を聞いている結愛は、酷く辛そうな顔をしていた。
「だから楽しいとか、そんな風に思わないようにずっと人との距離が縮むことを避けてきた。もうこれ以上、気を遣われるような視線を向けられたくはなかったし、俺の中で両親の事が頭にへばりついて離れなかったから」
こうして、今もまだ頭の中には両親の事を忘れずに、他人とあまり親しくならないように気を付けている。
結愛とは少しずつ距離感が近くなりつつあるし、話している時は空にいる両親のことを忘れることが出来たが、どうしても消えることはなかった。
「なんて、こんな話つまらないよな。けど結愛から比べれば、俺はまだマシな方か」
俺の話なんて、たったこれくらいだ。周りの環境が変化して、そして頭の中には負の感情が埋め込まれ、他人との距離を意識するようになった。
物心つくまではちゃんと産みの親から愛してもらっていた身からすれば、結愛の方が余程辛いだろう。
「つまらなくないです。それに、人の過去は他人と比較するものじゃないですよ。どう感じたのかは、その本人しか分からないのですから」
「…………今のは失言だったわ。ごめん」
「い、いえ、、私もちょっと熱くなりすぎました」
確かに、俺が結愛の気持ちを分かったように話すのは、相手の気持ちを考えていなかった。知りもしないのに安い同情をするなんて、失礼この上ない。
ちょっとムキになった結愛に謝罪をしながらも、一度呼吸を整え直した。
「…………じゃあ莉音くんが人との距離を縮めようとしないのは、亡くなった本当の両親のことを忘れて、自分だけ幸せにはなれないと、そう思っているということですか?」
「まあ、そうなるな」
お互い深呼吸をし、胸を落ち着かせれば、また話は戻る。俺の話を簡単にまとめた結愛は、確認の意味も込めて俺に聞き直した。
俺が胸に隠していたのは結愛が言ったことで合っており、それを認識した結愛は、溜息でもつきそうな顔で、俺の瞳を覗いた。
「莉音くん、私はそうは思いません」
「え?」
首を左右に振った結愛は、聖母のような温かなオーラを周囲に撒き散らし、その雰囲気のまま喉から声を響かせた。
俺はその発言に、戸惑いを見せた。いや、その言葉をどこか欲していたのかもしれない。
自分の過去の考えを否定するような、そんな意見が。
「莉音くんが感じたことが間違っているとは思いませんし、もしかしたら本当にそうなのかもしれません」
変わらず心地よい声に。万物を平等に扱いそうな優しい表情をして、続けた。
「でも、それだと莉音くんを産んだ両親は、莉音くんの幸せを望んでいないということになりませんか?」
両親のことを忘れて、幸せになったらいけない。それは、今結愛が言ったことでも意味は通じるし、意味としても等しい。
考えもしなかった。俺の本当の両親が、俺の幸せを望んでくれているかもしれないだなんて。そんなの思いすらしなかった。
「キツイ思いも色々あって、そしてようやく産んだ子に、幸せになってはいけないと思わせる親がどこにいるのですか」
「…………それはそうだが」
そして、それらの言葉は結愛が言うからこそ説得力があった。ただ顔が整っていたからではない。
整った顔の分、人よりも何倍も悲しくて寂しい思いをした結愛が家族の話をするからこそ、俺としては感じることや思うことがあった。
「私は思うのです。莉音くんの本当の両親は、もっと莉音くんに幸せになって欲しいのではないかと」
「なんで、そう思うんだよ」
「そんなの簡単ですよ」
結愛は顔いっぱいに笑みを浮かべ、少しだけ首の角度を曲げて、ゆっくりと微笑む。
「だって、家族なら幸せを願うのが当たり前ですよね?」
ただその一言だけだが、俺は凄く救われた気がした。死んだ両親が、俺に幸せになってほしくないと思っていると考えるよりも、俺の幸せを望んでいると考えた方が、前を向いて歩けそうだ。
そんな簡単なことだったかと疑うくらいには、胸にかかっていたキリが、綺麗に消えた。
「…………やっぱ結愛には敵わないな」
「何の話ですか」
「こっちの話」
俺がどう頑張っても、結愛には勝てる気がしない。何もかも、全部。
「そっか、俺も幸せになっていいのか」
結愛からの言葉を受けた俺は、1人言葉を呟いていた。認められた気がした。許された気がした。過去を忘れて、前を見ることを。
ただ両親のことを忘れるわけではなく、きちんと胸にしまったまま、前のように楽しく過ごそうと。
「いいに決まってますよ。それに、もし莉音くんの産みの親が幸せになるなと空の上から呪いでもかけているのなら、私がおまじないでもかけてあげます」
ふんと胸を張る結愛の顔が、前よりも可愛く見えた。それでいて頼り甲斐のあるような、包容力さえ感じさせた。
「…………それなら、一応おまじないもお願いしていいか?」
「はい。いいですよ」
あくまで念の為だ。胸の中にあった過去の気持ちを入れ替えたとしても、そうすぐに変わるわけではない。
だから少しでも落ち着かせたかった。
「結愛?」
おまじないをかけてとお願いすれば、結愛の細い華奢な腕が、俺の後頭部に伸びた。
小さくて白い手は、後頭部にそっと触れて、結愛の腕と手で俺の頭を覆うようにする。
そして最後に、その俺の顔を、胸に寄せた。顔の正面には柔らかな感触が2つ当たり、そこに押し付けられるように頭をぎゅっと抱き締めて覆われる。
甘い良い匂いが直で伝わり、俺の思考は停止した。
「莉音くんが幸せになりますように」
抱き寄せられたので瞳を閉じていれば、耳元には囁く声が聞こえてくる。優しい手つきで頭を撫でられ、心落ち着く気持ちよさだけが体に残る。
パッと顔を上げて結愛の表情を凝視していれば、その顔はみるみる赤く染まっていった。
「…………きっ、効きましたか?」
「…………効いた」
今のを受けて、全く効きませんでしたと答える人間は多分いない。おまけに即効性にも保証がついている。
おまじないを受けたからか、俺の体は芯から温まり、小柄な結愛を守りたいと、幸せにしたいと思わせた。
「結愛、俺だって見てるだけじゃなくて、ちゃんと見守るから」
これからは、結愛のことをもっと守りたいと思う。それは結愛が話を聞いてくれたからとか、許嫁だから仕方なくとか、そんな理由ではない。
純粋に、俺がそうしたいと思ったからだ。
俺がやりたいことなので、空にいる両親もきっと微笑んで見ていてくれる。
「…………はいっ」
結愛は明るく、可愛らしい顔で笑みを浮かべ、口元を大きく緩める。
俺の許嫁が結愛で良かったと、俺の中では再認識させられた。
【あとがき】
・そろそろかな。
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