第59話 許嫁はまた悲しい顔をする。
「修理屋さんはもうすぐですよ」
「意外と近いんだな」
近くのお店で昼食を食べ終えた後、俺と結愛は本来の目的地である修理屋へと向かう。
腹が満たされた状態で歩くのは少々キツかったが、もうすぐ着くらしいので耐えられそうだった。
「多分、ここです」
今向かっている場所は結愛しか知らないので、俺はそれに大人しく着いて行く。
「ここなんだな」
「おそらく。ここで修理も出来ると書いてありました」
そう言って入ったお店は、店内にオルゴールを売っているお店だった。店の中にはオルゴールの他にも色々な楽器類があり、音楽に関するの専門店といった印象を受けた。
俺はデパートの一角に置いてあった数少ないオルゴールから選んだが、ここでは色や形など、様々な種類のものを取り扱っていた。
「綺麗……」
店に入ってすぐに置いてあるオルゴールを見た結愛は、1人そう呟いた。
結愛もちゃんと女の子で、可愛いものや綺麗なものには、当然だが目を惹かれていた。
「やっぱり新しいの欲しくなったか?」
「うっ…………要らないです」
それでも結愛は俺が贈ったオルゴールで満足してくれているようで、欲しいという感情も生まれてきても、ギリギリで耐えられたようだった。
「あの、すみません。オルゴールの修理をお願いしたいんですが、申し込みはどちらでしょうか」
店内に入ってちょっとだけ店内を見渡せば、結愛は颯爽と店員の元へと向かった。
本来はそれが目的なので、店内を見て回る予定はない。
別に欲しいものもないので、オルゴールを大切にしている結愛からすればすぐにでも修理をお願いしたいのだろう。
「修理のご希望の方ですね。どうぞこちらへ」
結愛が店員に尋ねたら、カウンターとは別の修理窓口のような所に連れられ、近くの椅子に腰を下ろした。
「本日はオルゴールの修理ということを先程はお聞きしましたが、現物はお持ちになられましたか?」
「はい」
「そちらの方をお借りしてもよろしいですか?」
話は転々と進んでいき、結愛はバックの中から箱に入れたオルゴールを取り出した。
贈った時から箱でさえ保管していたのだから、結愛は本当に丁重な扱いを心掛けていたという事が伝わる。
ここまでしていたのなら、来る時に必死に鞄を守ろうとした気持ちも、少しだけ納得出来た気がした。
「…………どうですか?」
「私が見た感じでは、傷が一つもなく、綺麗な状態であるとしか言えないですね。」
結愛は心配そうに瞳を揺らしながら、手袋をつけてオルゴールを受け取った店員を見つめた。
その店員がしばらくオルゴールの状態を確認すれば、外観からの判断では何の問題もないと話し、結愛の扱いの丁寧さが分かった。
「……少し鳴らしますね」
「はい」
ネジを回して、今度は音の確認を行う。
音が鳴り始めれば、ネジを回した機械音や、不純な音が混ざり、すぐにオルゴールの内側の機械の部分が壊れていることが分かる。
それもそれで味があると思う人もいるが、毎晩聴いている結愛には違和感が大きいのかもしれない。
「なるほど。装飾品の故障ではなく、内側の故障ですね」
「そうです。ここ数日、音の調子が悪くて」
「おそらく香箱……、ゼンマイの交換が必要ですね」
音を聞いただけで原因が分かったのか、その店員はすぐさま対処法を述べた。
店員の見た目はまだ20代と若そうな雰囲気だが、それでも似たような事例を見た事があったのだろう。
故障の原因が不明で悩んでいる様子もなく、平然とした顔で対応していた。
「………直りますか?」
「はい、直りますよ。ただ渡せるのは1週間後くらいになりそうですが、それで大丈夫ですか?」
「構いません。ぜひお願いします」
直るという言葉を聞いた結愛は、分かりやすく顔を明るくした。
瞳を和らげ、その口元も緩む。
俺はてっきり、修理にはもう少し時間が掛かると思ったが、1週間経てば終わるらしい。
結愛は大きく頷いて、直る事にとても期待していた。
(そんなに嬉しいのか……?)
俺が見ていてそう思うくらいには、結愛はホッと安心して微笑んでいた。
「良かったな、結愛。ちゃんと直るってよ」
「はいっ!良かったです!」
「また毎日聞けそうだな」
「…………もう壊れるのはやなので、自粛します」
パァと明るくなったり、顔に恥じらいのある表情を浮かべたりと、ここでの結愛は表情の起伏が激しかった。
つい店内にいる他の客の視線を集めるくらいには、幼なさの残した眩かしい笑みを浮かべていた。
「これ、彼氏さんからの贈り物ですか?」
そんな結愛を見てか、店員はほんのりと優しい口調と笑みで語りかけた。
「か、彼氏じゃないです……。友達です」
結愛はもじもじと初々しい反応を見せながらも、店員は再度柔らかく微笑む。
「そうなのですか。私はてっきりお二人はそういう仲なのかと思ってました。ここまで綺麗な状態で修理に持って来られるお客様は少ないので、余程大切にしていたんでしょうね」
「それは…………はい」
椅子にちょこんと座り、言葉を発するのと同時にコクリと頷く。
首を動かせば、結愛の伸びた髪が小さく揺れた。
「ここまで丁寧な扱いをする人はほとんどいないので、きっと贈り主さんもとても嬉しいと思いますよ?」
愛想の良い顔で俺の方を見つめる店員は、どこか楽しんで揶揄っているようにも思えた。
「だそうですよ、莉音くん?」
「まあ、そりゃ嬉しいだろうな」
結愛も、店員に合わせて俺の顔を見る。嬉しそうな声色でこちらを見上げる結愛は、ピョンピョンと跳ねそうな勢いだった。
「お客さん、少し耳を貸してもらってもいいですか?」
「私ですか?」
「そうです」
またも分かりやすく口角を上げた店員は、そっと腰をあげてから、結愛の耳元で囁いた。
『オルゴールを贈る行為には、相手を想っている、という意味があるそうですよ?』
その囁く声が俺には聞こえなかったが、結愛の頬はじわじわと火照っていた。
「結愛、どうかしたか?」
「い、いえ……何でもありません」
「…………そうか」
今の状況で何もないと言い張るのは少々無理があるのだが、ここで追求すれば地雷を踏みそうな気がしたので、グッと堪えてから一歩引いた。
「ではお手数をお掛けしますが、また1週間後にご来店をお願いします」
店員は満足そうな顔をして、結愛のオルゴールを箱ごと他の場所へと持っていき、最後に期限を述べる。
料金は修理が終わってからで良いとの事だったので、この日は預けるだけ預けて、俺と結愛は店を出た。
「…………莉音くん、1週間後も、一緒に受け取りに行ってくれますか?」
店を出てから数歩進めば、結愛は立ち止まって首を傾げる。
まだ赤みの残っている頬が、妙に色香があった。
「当たり前だろ。というか結愛を見守ってないと不安でしょうがない」
「何ですかその理由は」
「今日の様子を見る限り、側で見てないと危ないからな」
あくまでも結愛のため、、俺はその前提で行く事を決断した。
そこに自分の意志があるのかと言われると返答に困るが、それでも嘘をついたわけではない。
見守っていないと不安なのは本当だし、そこに嘘はない。
ただ、そういうのなしに一緒に行きたいだけだとは、思っていても言えない。
「それはもう大丈夫ですから、、」
ちょっぴり不満げな顔をする結愛は、今にも頬を膨らませそうだった。
「…………結愛?」
そこまでは良かったのだが、結愛の表情は、突然青ざめていった。何かを見て怯えているような、そんな顔をしていた。
いや、今は期待していると言った方が適切なのかもしれない。
瞳を大きく開き、そして悲しげな顔をしていた。
「…………ママ?」
そう言って口をポカンと開けたままの結愛の目線の先には、見覚えのある黒い綺麗な髪が目立った、ロングヘアーの女性がいた。
【あとがき】
・昼食の話はまた後日書きます。
結愛ちゃんの悲しい顔、再び……。
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