第30話 許嫁とクリスマス

「今日の6時半に集合でいいか?」

「そうしましょう」



 冬休みはあっという間に進み、今日はクリスマスだ。1日前のクリスマスイブから結愛との距離はどこかソワソワしく、お互いに変に意識しないように極力クリスマスの話題は避けてきた。



 クリスマスだけでなく、俺は女子と2人で遊ぶというのも初めての経験なので、胸の高鳴りが止まらない。



 それでも当日になれば集合時間を決めないといけないので、胸の鼓動を抑えながらも時間を決めるのだった。




(6時半か……)



 細かな詳細を言うと、結愛は午前中に少し買い物に行くらしい。そして俺も午前中はその予定があった。何の目的か、それはもちろんクリスマスプレゼントを買うためだろう。



 普通当日に買いに行くべきではないが、2人とも中々外に出る機会がないので、プレゼントの事は悟られないようにタイミングを見計らってきた。



 その結果、お互いに当日に買いに行くという事になったのだ。それも買い物に行くなんて分かりやすい理由で。



 結愛との約束は夕食を共に食べに行くだけで、行くまではこれまで通り家でゆっくりと過ごすとなっている。なのでプレゼント交換の約束は本当は予定にない。



 でもまあクリスマスにまで一緒に過ごすのだから、日頃の感謝を述べるくらいは許されるだろう。今はただの許嫁ではなく、友達なのだから。




「場所はここに集合でいいよな」

「そうですね。どこに集まった所で大差ないですし」

「了解」



 昼過ぎからその事を決めたら、結愛はすぐに買い物へと出掛けた。俺もその後しばらくしてから、買い物へと向かうのだった。





 ♢



 

「時間ぴったりですね」

「まあ家だしな」



 お昼から買い物を済ませた俺と結愛は、約束の時間とほぼ同時くらいにリビングに集まった。結愛は外行きのとてもおしゃれな格好をしていて、より一層可愛らしさが増していた。



 白のモコモコとしたボアブルゾンに、黒を基調としたワンピースは、女の子ならではの良さがある。襟には白のレースが付いていて、清楚さも出していた。


 

 肩にはショルダーバックを掛けており、良くもまあそこまでお洒落をするのだなと関心するくらいである。結愛もれっきとした女の子なので、自分を綺麗に見せようとするのは当たり前なのだが。




「…………結愛、服似合ってると思う」

「あ、ありがとうございます、、」



 女の子がお洒落をしていたら褒めるべきとどこかで聞いたので、俺は素直に褒めた。事実似合っていたし、何なら可愛いとも思ってしまっている。

 流石にそこまで口には出さないが、褒めて損はないだろう。



 結愛も直接褒められるのが照れ臭いのか、目線を下へ下げていた。




「…………莉音くんも、似合ってると思いますよ」

「俺は別にいいよ」

「いえ、莉音くん背高くてスタイル良いので、コートが映えて見えます」



 俺は白のニットの上に黒のコート、下には黒のジーンズと、何とも無難な格好をしていた。自分が持っている服の中では、これが一番マシな格好だった。



 元々服にそこまで興味がないので、持っている服も決して多くはない。それでも隣にいる結愛が恥ずかしくならないように、珍しくきちんとした格好をした。



 隣を歩く俺のせいで結愛の価値を下げるのは良くないので、同等は無理だとしても、せめて見劣りはしないように力を尽くした。




「莉音くんも普段からそういう風な恰好をするべきですよ。折角背が高いのに勿体ないです」



 結愛は女子の中でも小柄な方なので、もしかすると身長のことは割と気にしているのかもしれない。

小柄な方とはいっても平均よりも少し低いくらいで、ずば抜けて低いわけではない。



 それ以上にスタイルが良いので、その小柄さを感じさせなかった。まあ目の前に立てば小さいとは思うけど。




「家ではパーカーとスウェットが楽だろ。別に誰に見せるわけでもないし」

「私が見てるんですけど」

「結愛だってたまにダル着じゃん」

「…………たまにはいいんですよ」



 結愛は休日に家にいる時、ほとんどお洒落な服装で1日を過ごしているが、たまに俺と同じようなパーカーなんかで過ごしている日がある。



 その違いは何なのか分からないが、部屋着で過ごすということは楽という事なのだろう。最近ではその頻度が増えているような気もする。




「結愛も家では気を抜きたいだろ?」

「それはそうですけど」

「なら楽な格好でいいよな」

「…………はい」

 


 普段から愛想良く接している結愛からすれば、家なんて唯一気が抜ける場所だろう。最初の頃と比べれば、だいぶ打ち解けたような気がする。



 それでも、結愛が未だに敬語なのはちょっと気掛かりだが。それも本人が自らやってるので、俺としては特に気にしてはいなかった。話し方よりも大切な、結愛の優しさを知っているから。




「…………てかいつまで話してるんだ。早く行こ」



 ついお互いに褒め合いをすれば、話が脱線しすぎて部屋着の話にまで辿り着いている。クリスマスにまでこんな話をしたら、なんとなく緊張感は弱まった。




「そうですね。私もうお腹空きました」

「やっぱり結愛って結構食べれるタイプ?」

「女の子にそういうことを聞くのは失礼だと思います」

「それはすみません」

「許します」



 リビングから玄関までの廊下で、そんな会話をしながら歩く。そこで自分の配慮の足りなさを自覚させられながらも、玄関まではすぐに着く。


 


「鍵は俺が閉めるから、結愛は先に靴を履いて出ててくれ」

「分かりました。ありがとうございます」



 流石に玄関で2人同時に靴を履けばスペース的に狭いので、結愛を先に優先する。一体いつからあったのか、結愛は何とも温かそうな靴を履いていた。



 結愛が履き終えたのを確認し、次は俺が腰を曲げて靴を履き、最終的に扉を閉める。ガチャっと音を鳴らして鍵を閉めて、ドアノブを回してきちんと施錠できたかを確認する。



 男の1人暮らしならここまで意識はしないが、結愛も住んでいるのでちゃんと気にするべきだろう。それを前に修馬が看病しに来てくれた時に感じた。




「…………莉音くん、早く行きましょ」

「え、あぁそうだな」



 家から出てエレベーターまで歩いていれば、隣にいる結愛がほろりと緩んだ顔でそう言う。


 

 いつもは冷たく凍えたくなる風が、今日は少しだけ暖かくなったような気がした。

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