第29話 許嫁は美味しい料理を作りたい

「…………ようやく出来ました」


 

 そこからどのくらい経っただろうか。卵、ごはんをフライパンに乗せ、マヨネーズの油で炒めるのだが、これがまた一苦労した。



 卵は上手くかき混ぜられず1箇所に固まっていて、だし的な意味で入れた鶏がらスープは、うっかり大量に投入された。

 ネギやチャーシューなんかは程よく炒められているが、一つ一つの大きさは不恰好だった。



 極め付けには、炒めすぎでほんの少しだけ焦げ目もついていた。




「失敗ですね……」



 出来上がった炒飯を皿に盛り付け、シュンと落ち込んだような声でそう言う。




「別に失敗ではないだろ。最後まで一生懸命やり切れてるし、十分成功だと思うぞ」

「そう言ってくれるとありがたいですけど……」



 結愛は思ったよりも落胆した様子を見せていて、その本気さが胸の奥底まで響いた。



 正直、俺は料理を教えてと言われたが、人に教えられるほどの技術は持ち合わせていない。何か作る時はネットで調べながら作るし、手順なんてそこまで覚えているわけではない。



 だから結愛に任せて後ろから助言するくらいが、結愛のためにも良いと思っていた。後半はそれに気づいて所々お手本を見せたが、すでに遅かった。




「始まる時にも言ったろ?最初は誰だってこんなもんだって。結愛は料理経験もないんだから、それにしては良い出来だと思うぞ」

「…………出来が悪いのは重々承知です。でも莉音くんがあんなに熱心に教えてくれたのに、なんだか裏切ってしまった気がして」



 結愛は料理の仕上がりに落ち込んでいたのではなく、自分の出来の悪さに失望しているようだった。それを好感度稼ぎではなく素で言っているのだから、俺としては何ともむず痒い。



 眉を下げている結愛を視界に入れながら、俺は口を開いた。




「気にしなくていいって。何度でも教えるから。そうしていつか出来る様になったら、裏切ったって事にはならないだろ?」

「それじゃ結果論じゃないですか」

「結果論でなにが悪い」



 俺からしてみれば、たったの一回で上手になるとは思っていないし、結愛の満足の行くまで何回も教えるつもりだ。



 なので途中で諦めたり最初の一回で躓くよりかは、しばらく練習し続ける方がこちらとしては教え甲斐がある。教えられるほどの料理の腕はそこまでないが。




「結果論でも結果が出せたんならそれでいいんだよ。まああくまで結果が出せればの話だけどな」

「が、頑張ります」

「良い子良い子」



 瞳を大きく開いて上下に首を振る結愛は、目の奥で炎を燃やしていた。



 結愛は素直に受け取って次に立ち向かうとするのだから、根が負けず嫌いなのだろう。それゆえに、例え要領が悪くても必死に頑張れるのだ。



 コクリと頷く結愛が無防備にあどけなさを出しているので、俺はまた結愛の頭を撫でていた。




「…………あの、私を励ましてくれていると分かるので嫌ではないですけど、子供扱いしないでください」

「悪い悪い」



 ムッと頬を膨らませている結愛は、幼少に戻ったような無邪気さを俺に見せてくれる。



 これは結愛が俺に心を開いてくれたと捉えても良いのだろうか。俺だって健全な高校生なのでそんな風に考えてしまうが、思い上がりは良くない。

 勘違いで友達という関係が崩れるのは嫌だ。もう誰かを失うのは嫌だ。



 楽しんだら楽しんだでそう考えてしまうから、何もかも忘れてしまいたい。




「私は撫でられるのは別に……」



 1人脳内で必死に考え事をしていれば、結愛の呟いた言葉は耳を通らない。そして話題を変えるためにも、皿に盛り付けられて放置されている炒飯に目を移した。



 その時、落ち込んで暗くなったはずの結愛の顔色は、芯から色づいていた。




「…………そろそろ食べよう。冷めないうちに食べたほうが美味しいし」

「そ、そうします」



 結愛の頬は何故赤いのか。その過程を見ていない俺には、どうして赤みを帯びているのかは分からなかった。



 でもその後、俺が皿を運んでいる時にほっと胸を撫で下ろしている結愛がいた。




「莉音くん、美味しくなかったら残してもいいですからね」

「そんな事するわけない」

   


 ダイニングテーブルに作り終えた炒飯を置いて、2人で向かい合って椅子に座る。すでにエプロンは片付けていて、席についたら結んでいた髪を解いていた。



 後ろで一つに結ばれた髪は、ヘアゴムを取れば羽のように綺麗に広がって真っ直ぐに降りる。「食べる前に解くのはまずかったですね」と言って申し訳なさそうな表情を浮かべ、ペコリと頭を下げていた。




「もう食べていいか?」

「ぜひ」



 すでにお昼を食べても良い時間頃で、俺もお腹が空いていた。結愛が主になって作った炒飯は、微小ながらに湯気が出ていて、出来立てを演出している。



 香ばしく鼻をくすぐってくる香りは決して悪くなく、むしろ食欲をそそられた。



 2人で「いただきます」と揃えて挨拶をすれば、手前に置かれたスプーンを手に取って、一口分を口に運んだ。




「…………美味しい」

「ほ、本当ですか?」



 結愛の作った炒飯を口に入れたら、まず何よりも先にその言葉が出てきた。でもハッキリと言って、味はそこまで美味しいと感じるわけではない。



 ただこの料理に対する結愛からのホスピタリティというか、心が温まるような、味覚では表現できない調味料が入っていた。



 そして誰かの手作りを食べるというのも、随分と久しぶりだった。だからだろう。こんなに美味しく感じるのは。



 多分これは結愛が食べてもただの味の濃い焦げてる炒飯という認識にしかならないはずだ。相手を思いやる心、それがあるからこそ、俺は何よりも美味しく感じた。




「本当だよ本当」

「良かったぁ……」       

「そんなに嬉しいのか」

「少し安心です」



 さっきとはまた別の意味でホッと息を吐く結愛は、一安心した顔付きで炒飯を口に運んだ。




「…………莉音くん、これ本当に美味しいんですか?」

「うん美味い」



 緩んだ表情で炒飯を口に入れた結愛は、一口噛めば顔が強張った。やはり結愛本人が食べても特別感じるものはないらしく、机に置いてあるお茶を流すように飲んでいた。




「これを美味しいって、味覚が変なのでは?」

「いや味は何というか濃いし、ちょっと焦げてる。だけど気持ちが込もってるから美味しく感じる」

「あ、、味は悪いんですね……」

「まあ良くはない。でも俺は美味しいと思う」



 思ったことをベラベラと述べれば、結愛の表情は段々と曇っていく。俺が話し終えた頃には、目には滴が浮かびそうになっていて、くちびるをぎゅっと噛み締めていた。




「莉音くん、優しさは時に残酷です」

「は?優しさ?俺は思ったことは言ったろ」

「え?言いましたっけ?」



 結愛からしてみれば、美味しいと言われることは逆に傷つくのかもしれない。お世辞を言われているような気分になってしまうから。



 俺は思ったことは話すし、今の話も全く嘘じゃないのだが、やはり強烈な味付けなので結愛は信じるに信じれないのだろう。




「言ったよ。味はまあまあだけど、美味いって」

「むぅ…………!」

「嘘じゃなくて本当だから」



 結愛は可愛らしい唸り声を上げるが、俺は敢えて気づかないフリをする。



「…………次は、ちゃんと出来る、もん」

「はいはいそうだな」



 莉音は今にも瞳から雫を溢しそうな結愛を宥めるように、そっと撫でる。



「つ、次は本当に期待しててください!今度食べる時はとびっきりに美味しいの作ってあげますので!」

「そうか。……じゃあ期待しとくわ」

「そうしてください」


 

 こうして、また結愛との約束が1つ出来るのだった。








【あとがき】


・もうそろそろ1章も終わります。個人的には3章くらいがこの作中で一番甘くなるという予想です。まだまだ先ですけどね!



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