第31話 許嫁とあーん。

「ご飯を食べる場所って、ファミレスですか」

「近場にここしかないんだから、しょうがないだろ」



 家から出た俺と結愛は、そこからさほど距離のない近くのファミレスに来た。



 クリスマスだからか、店内には俺らと同じ歳くらいの若者が多く、それなりに早い時間に行ったのにも関わらずほぼ満席だった。




「…………私、友達とこういう所に来るの初めてです」



 席に着けば、対面に座った結愛がほろりと言葉を溢す。




「前にクラスメイトと行ったんじゃないのか?」

「別に友達ではないですし」

「それ結構酷い発言だぞ」

「でも事実ですし」



 結愛の顔からは嘘をついているようには見えず、本当に友達だとは思っていないのだろう。まあ愛想良く接している学校での結愛を見たら当然か。

 おおよそ結愛にしつこく接しているのは男子のはずなので、女性からしたら良い迷惑なのかもしれない。


 


「きっと本心で私と向き合おうとする人はいないんですよ。もしいるとしたら莉音くんだけですね」

「俺はともかく、少しくらいはいそうだけどな」



 実際、結愛にも友人と呼べる人物はいた。夕食を作る際に、数回出掛けているとの連絡があったから。だからゼロではないのだろうが、良い意味で心を許せる相手はいないのだろう。



 友達だからといって、全てを話せるわけではないから。




「ほとんどいないですよ。冬休み前にどれだけ心の込もっていない想いを伝えられたことか……」



 結愛は少しだけムスッとしていて、その顔は普段の温厚な顔とのギャップがあった。



 言うまでもなく結愛はモテるので、冬休み前にも何回も告白されていたようだった。

 事実、俺もそういう話を耳にしたことがある。



 でもまあ男達の気持ちも分からないでもない。

一年に一度のクリスマスに、結愛のような美少女と共に過ごしたいというのは男なら仕方ないことだろう。



 だからといってむやみやたらに声を掛けるのは、結愛からしたら良く思われるわけがない。




「こっちは1人1人に真摯に対応してるのに、向こうはフラれてもヘラヘラしているんですよ?何だか私が馬鹿みたいじゃないですか」



 結愛に告白した男達は元々下心しかなく、心から好きなわけでもないので、運良く付き合えれば良いみたいな考えなのだろう。だからフラれてもヘラヘラしていられるのだ。



 しかし結愛からすれば腹の立つ話であり、丁寧な返しをしているのに無下にされた気分になる。そんな扱いを受けて良い気持ちになるわけがない。



 結愛は降り積もった怒りが今になって爆発したのか、それなりに声を張っていた。




「結愛、店内だから少し声のボリューム落とそうな」

「す、すみません……」



 流石にこれ以上スイッチが入るのは他の人にも迷惑がかかりそうなので、一旦静止させる。

 



「でもまあ俺も良かったよ。気を抜ける友達と来れて」

「それは私も同じです」



 結愛がどんな苦労をしたのかは分からないが、今日こうして来れたのならそれで十分だろう。




「まあ友達だからな」

「友達ですからね」


  

 そう言ってお互いに落ち着いたら、俺はテーブルの端に置いてあるメニュー表を手に取った。




「折角来たんだし、早く頼むか」

「そうですね」



 メニュー表をテーブルに大きく広げ、何を頼むか決める。何やかんやで俺もファミレスに来るのは久しぶりだったので、注文には割と迷ったりする。



 結愛も同じく迷っていたようで、そこから注文するのに少しだけ時間が掛かった。




「和風ハンバーグでお待ちのお客様」

「はい」



 最終的に俺が頼んだのは和風ハンバーグだった。味噌汁と白ご飯もついていて、外れのない選択だ。頼んだ料理がテーブルに届けば、すでに香りが食欲をそそらせる。




「やっと来たな」

「ようやく来ましたね」



 結愛もハンバーグを頼んでいて、チーズハンバーグだった。




「どう?美味い?」



 いただきますの挨拶を済ませれば、箸を手に取る。特に何かに気遣う必要もなく食べ始め、クリスマスという雰囲気を匂わせる店内で結愛と目を合わせた。




「はい。美味しいです」

「やっぱ安定に美味いよな」

「ですね」



 特別高いわけでもお洒落なわけでもないが、やはりファミレスは安定に美味しかった。俺は元々一般家庭で育っているので、今の養親にお金があるとはいえ、変に生活を変えたりはしなかった。

 


 養親にはどこかに連れて行ってもらった記憶もないので、それまでの生活水準が大きく変わるわけではない。まあ家に引き取られてから、たったの数年で俺は今の家に引っ越したので、大差あるわけないのだ。




「結愛は美味しそうに食べるな」

「そうですかね。でも美味しいですし」



 目の前で黙々と食べる結愛に目を向ければ、熱々とした肉汁にとろりとしたチーズが乗っていて、それはそれで見ていて頬が落ちそうだった。




「…………良かったら食べますか?」

「いいのか?」

「それくらいでケチケチしないですよ」



 俺がずっと見ていたからか、結愛が機転をきかせて分けてくれると言った。密かに食べたいだなんて感情を抱いていたので、一瞬ドキリとしながらも頷いた。




「莉音くんサイズの大きさにしときます」

「そりゃどうも」



 フォークとナイフで丁寧に切っている結愛は、本当に俺の口の大きさに分けているようだった。




「はい。どーぞ」

「…………は?」



 次の瞬間、俺は瞬きすら許さずに、そんな声を発した。だって、フォークに切り取ったハンバーグを刺したまま、それを俺の方に向けてきたのだから。



 まるで、『あーん』を強制するかのように。




「どうされたんです?食べないのですか?」

「いや食べるけど、この食べ方は……」

「何か変ですか?」

「変ではないけどさ、、」



 コテンと不思議そうに首を傾げる結愛は、変わらず純粋な顔を浮かべて俺の様子を窺っている。

前にもこんな事があったなと思い出しながらも、意外と初心なんだねと返された過去が鮮明に蘇る。




「あの、食べるなら早くしてもらっていいですか?腕が痛くなってきました」

「あー分かった分かった」



 これは狙っているか?なんて思ったりしたが、音程の変わらない声色を聞けば、すぐさま素でこれなんだと理解した。




「美味しいです?」

「…………美味い」



 結局俺は諦めて、大人しく結愛の伸ばすフォークへと顔を近づける。

 この時食べたチーズハンバーグは、不思議と何の味も感じなかった。




「…………結愛も食べるか?」

「私は平気です」 

「いや食べろよ、そこは流れ的に」

「…………なら食べます」



 効果があるのかはさておき、ひとまずやり返してやろうと同じ提案をすれば、結愛は一度遠慮をした。


 

 でもこのままだと一杯食わされて終わりになってしまうので、俺は強引に押し通した。




「ほら、あーん」

「何ですかその掛け声は」

「無視してくれ」



 ついついムキになって煽り口調を交えれば、結愛も眉を細める。



「っ!!」



 俺も結愛と同じように、フォークにハンバーグを刺してそれを宙に浮かせば、結愛の動きは止まった。




「あの、やっぱり遠慮しておきます……」


 

 結愛も自分がされてみてようやく気づいたものがあったのか、そう言って一歩引こうとする。




「もう手が痛い。早く食べてくれ」

「え、あ、、はい……」



 最後に俺が追撃を与えれば、結愛の逃げ場はなくなった。口を開けて目線を泳がし、分かりやすく動揺している。

 



「どうだ?」

「…………とても美味しかったです」

「それなら良かった」



 ゆっくりと小さな口でハンバーグを口にした結愛は、じんわりと赤くなって縮こまった。




「結愛ってそんなに赤くなるんだ」



 ついでにこの前に初心と言われた事の仕返しをすれば、結愛は鋭い眼光を俺へと向けた。




「前言撤回します。莉音くんもやっぱり優しくないです」

「そうだぞ。俺は優しくないし、そんな風に自負したこともない」

「ぐっ……」



 意地悪く開き直ったら、結愛にもう反論の余地はなかった。




「…………てか何であーんなんだよ」

「だって、友達ならそうするって聞いたことあるんですもん」

「あんなの恋人でもそうそうしないぞ」

「…………これ以上傷口を抉らないでください」



 俺は気になって結愛に単刀直入に聞いてみた。そしてその知識はおそらく幼少の頃までだろう。いや幼少の頃でさえあーんなんてするか分からない。



 結愛の友達のいないと言う発言が、やけに信憑性を増して今に返ってくる。きっと結愛の中ではその頃の記憶のままで止まっているのだ。友達という関係性が。



 正確には、友達という関係のおおよそは歳を取るにつれて更新されているが、一部は小さい頃の認識のまま変わっていないのだろう。



 でなければこの歳になってあーんなんてするはずがない。




「………なぁ、もう一口いるか?」



 照れている結愛の反応が一々男心をくすぐるので、俺は揶揄い混じりの言葉を発して結愛に瞳を向けた。




「けっ、頚動脈抜き取りますよ!!」

「ごめんなさい調子乗りました」

「分かれば良いんです!」



 そしてすぐに、調子に乗るのはやめようと心から決心した。結愛がそんな一撃必殺を出来るとは思わないが、目が冗談を言っている目ではなかった。




「あれ?莉音くんも少し顔赤いような……」



 俺自身も頬に熱が昇っているのは自覚があったが、指摘をされればさらに激しく熱が集まる。




「店の中でコート着てたから暑いだけだ。それ以外の何者でもない」

「そうですか」



 コートを着たままで良かったと思いながらも、着用していたコートを脱いで横に置く。俺からすれば立派なアリバイだが、結愛からすればただの照れ隠しという事に気づくことはない。




「…………早く食べよう」

「そ、そうしましょう」



 お互いに頷き合いながらも、テーブルの上に乗ったハンバーグを口に運ぶ。コートを脱いだのにも関わらず、俺の体温は上がったままだった。







【あとがき】


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