第15話 許嫁と看病①

「頭痛っ……」



 結愛の誕生日があった次の日の朝、いつもよりも寒さを感じながらもベットから体を起こせば、急な頭痛を覚えた。

 偏頭痛なのか何なのか、ズキズキと頭が痛む。おまけに体もダルく、立ち上がるのにも苦労した。




「…………え、八幡さんが何でここに?」




 やっと思いでリビングまで到達するが、そこにはツヤツヤと真っ白な肌をしている結愛がいた。最近は少しだけ距離が縮まってきたとはいえ、基本的に朝から遭遇することはない。

 おそらく今日は莉音が起きるのが早かったのだろう。結愛はちょうど朝食を食べ終えたくらいで、まだ学校に行く準備が何一つ出来ていなかった。



 その証拠に、今の彼女の格好は部屋着で、ダボっとゆったり感のあるパーカーにショートパンツを履いていた。中からは黒タイツを着用していて、露出も抑えていた。

 何気に同級生の部屋着を見るのはこれが初めてである。



 

「あー、ちょっと水を飲みにだな」



 無性に喉が渇いたのでリビングまで来たのだが、まさか結愛がいるとは思いもしなかったので、予想外の出来事に少し挙動不審になりながら返答をする。

 



「…………八幡さん、顔色悪くないですか?」



 そんな莉音を怪しんだのか、結愛は顔を覗き込んでそう言った。




「…………別に悪くない」

「いや、どう見ても昨日より悪いですよ?」

「光の当たり方だろ。何ともない」



 莉音は、何故か結愛の優しさを無下にしてしまうような態度を取ってしまう。別によこしまな考えがあるわけでもないのに、自分の体調のことを知られたくはなかった。



 修馬の言っていた、人に優しくするのに変に距離を取ろうとするというのは、まさにこういう所だろう。結愛には人に頼れと言ったくせに、自分は人に頼ろうとしない所。




「絶対熱ありますよね」

「ない。少し暑いけど熱はない」



 それでも結愛は心配してくれているようで、何とも言えぬ罪悪感を胸に抱いた。そんな気持ちから逃げるためにも、莉音は部屋に戻ろうと足を動かす。




「足とかフラフラじゃないですか」

「昨日久しぶりにショッピングモール行ったから、歩き疲れただけだ」

「そんな脆い人間がどこにいますか」

「ここにいる」



 体調の悪さと体のダルみは起きた時よりも悪化していて、真っ直ぐ歩くことすらままならない。とりあえずソファに腰を下ろせば、結愛がその前に来た。




「はぁ…………。あの、つくならもっとマシな嘘をついてください」

「嘘じゃないから」

「…………自分のことになると意外と意地っ張りなんですね」



 そう呆れた顔と口調で莉音を見つめる結愛は、一歩前に近づいて不満げな表情を浮かべた。




「私には人に頼っていいって言ったくせに、自分は人に頼らないんですか?」



 結愛が核心をつく発言をしてくるので、莉音は何も言えずに黙って突っ立っている。それは自分自身でも自覚していて、自覚しているからこそ罪悪感があった。



 でもその感情を克服しろと言われても難しいもので、両親を亡くした時からのある種の癖のような物だった。

 



「無理して頼れとは言わないですけど、1人じゃ生きていけないと言ったのは八幡さんですよ?」



 その言葉を発する結愛の表情が仁徳さで覆われていたので、莉音は頭に抱えていた考えや胸に抱いていた感情を全て忘れて、自分の本心を口に出した。




「…………頼る」



 一瞬だが、結愛の瞳には慈愛が溢れて漏れ出そうだった。今は亡き母のようで母でなく、許嫁じゃないようで許嫁だった。




「最初から私にも頼ってくださいよ。自分だけ貰ってばっかりなのは、もう嫌です」



 莉音はこのセリフを結愛から聞けるとは思ってもみなかった。今日はやけに結愛の言葉がするりと莉音の頭の中まですり抜けて、声が良く届く。



 元々心地よい落ち着いた声に、自分を心配してくれる声色だから耳に入ってきやすい。それでいてどこか不思議な雰囲気を纏っていて、今だけは結愛の声しか聞こえなかった。




「それで、どこが悪いんですか?」

「頭」



 時間が経つにつれ思考状態はままなくなり、簡潔に言葉を発する。それでもまだ理性は残っているので、一応後から付け加えて説明する。




「季節の変わり目だからか知らんが、ちょっとだけ頭が痛い」

「ちょっとだけですか?」

「…………普通に痛い」



 じーっと真顔で見られては、嘘をつくことも出来ない。嘘をつく気なんて一切ないが、相手に心配させまいと少しだけ症状を軽く言うのは普通だろう。

 だって減らせる不安要素は出来るだけ減らしておいた方が相手にとっても自分にとっても良いから。

 


 でも結愛はそれを見抜いたようで、莉音の僅かな気遣いは無駄となった。

  



「…………白咲さん、ありがとう」



 莉音は自分の意識がきちんと保てている状態からの時に、感謝を述べた。結愛だってそうしてくれたし、今の彼女の行動には感謝をしないといけないと思ったから。




「何がですか?」

「…………俺のことを見ててくれて」

「あのですね、私だって苦しそうな顔をしている人を見たら放っておけないですよ」



 どこか似たセリフを聞いたことがある。なんてことを思いながらも、まだ続ける結愛の話に耳を傾ける。




「それに、私だって八幡さんから色々としてもらって嬉しかったですし」



 結愛は長い綺麗な髪を両手で掴み、それをカーテンのようにして顔を隠す。

 それが恥じらいつつも勇気を振り絞ったように見えるので、素直に可愛らしいと思った。

 それもきっと体が熱かったからだろう。

こうも自分の中で正直になるなんてことほとんどなかった。


 

 結愛が客観的に見て人目を引く容姿なのは周知の事実だし、不器用な性格の良さも分かってはいるつもりだ。

 だが、今こうして目の前にいる少女の事は多分莉音しか知らない。



 いつものきっちりと着こなした制服とは違い、ラフな格好でポッと頬を上気させている姿なんて、皆が知っている筈がないのだ。




「急に顔が赤くなってきてますね。やっぱり相当体調が悪いんですよね?」

「まーそうだな」

「とりあえず今日は学校は休んでくださいね。私も休むので」

「いいのか?」

「もし逆の立場だったら、八幡さんならこうしたと思うので」



 どうやら結愛は莉音の看病でもしてくれるのか、今日は学校を休むようだった。

 まだ朝は全然早いので、今から行っても余裕で登校時間には間に合いそうだが、心配してくれている人に学校に行けだなんて言えるはずがない。



 まあ体調を崩した側の莉音からすれば、何ともありがたい提案だ。




「部屋まで行けますか?無理そうなら手くらいなら貸しますよ?」

「そんなんじゃ何も変わらないから自分で行く」

「途中で倒れたりしないでくださいね?私起こせないですよ?」



 看病とは言っても距離感が変わるわけではない。心の距離は近づいたかもしれないが、体は別だ。男と女という異性である以上、そう近距離に接近することもほとんどない。



 だからこそ、小柄な結愛が割と上背のある莉音を起こすのは不可能に近いだろう。




「白咲さんは俺を眺めるだけなのか?」



 ソファから立ち上がり、慎重な足取りで部屋まで向かい始めるが、つい気になって聞いてみる。




「そうなりますね。料理も出来ないですし、看病なんてやったこともする機会もなかったので」

「…………それ白咲さんがいる意味あるのか?」

「私だったら、側にいてくれるだけで嬉しいですけど……」



 結論何も出来ないという意味なのだが、側にいるという言葉はやけに胸の内側をホッと安心させてくれた。



「まあいないよりはマシだな」

「そういうことです」



 そんな会話をしつつも、莉音はようやく自分の部屋まで辿り着く。疲労感を出しているが、そこまで時間がかかったわけではない。

 ただ暑くて視界もボヤけてきたので、部屋に帰り着けばすぐにベットに横たわった。

 



「私、一応知識はあるので後で役立ちそうな物を買いに行きます」

「そうか、助かる」



 結愛の声を聞けば、安心して睡魔が襲ってきた。毛先の細い髪がぶら下がっているのを下から眺めつつも、莉音の視界は真っ暗になっていった。







【あとがき】


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