第14話 許嫁と誕生日プレゼント②

「はい、これやる」


 結愛がケーキを食べ終えたのを確認すれば、俺は鞄から今日買ったオルゴールを取り出す。丁寧にラッピングされていた箱は、移動途中に動いたのか少しだけしわが出来ていた。


 まあパッと見は気づかないし、どうせ破くのだからそこまで気にしなくても良いだろう。

 


「ただの気まぐれで買っただけだから。今年くらいは、誕生日に良い思い出作って欲しかっただけ」


 なんて冷たい言い方をしつつも、対面側に座る結愛にプレゼントを渡す。「そう、ですか」そう呟いて小さく微笑む結愛は、莉音の渡したプレゼントを両手で受け取った。



「中、開けてもいいですか?」


 純な眼差しで包装された箱を眺める結愛は、幼さを全面に出して莉音の方を顔を向ける。



「もうあげたからな。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「…………知ってる人のプレゼントにそんなことしませんよ」

「知らない人からのプレゼントなら煮たり焼いたりすんのか」

「そういう意味で言ったわけじゃないです」


 ぎゅっと大切そうに箱を抱きしめる結愛は、慈悲深さのある瞳をしていた。それでいて無垢な笑みにはギャップすら感じる。


 包装を破かずに丁寧に取り、綺麗な状態を保ったまま机の様の方に置く。露わになったプレゼントを目にした結愛は、純朴な声色で言葉を発した。



「…………オルゴール?」


 オルゴールと見つめ合いを始めた結愛を見ていれば、渡した側も自然と気恥ずかしさを感じてくる。



「化粧品とかコスメとかは何も分からんし、女子で流行ってるものも知らない。だから店にあった綺麗なものを買った」


 などと後から理由を述べれば、結愛はクスリと清楚な笑みを溢した。



「とても、綺麗ですね。嬉しいです」

「喜んでもらえて良かった」


 容器を開けて中を取り出し、それを机の上に置いた。女の子らしさのあるデザインに白が主な配色を占めているそのオルゴールは、結愛が持つと可憐さを底上げさせた。


 黒く光沢のある結愛のロングヘアーとは反対の色だが、それがまた良い味を出していた。



「まあもし今後邪魔になるようなら、小さいからすぐ捨てれるし……」

「捨てません!もし邪魔になることがあっても、絶対に捨てません!」

「捨てないなら俺としては嬉しいけど」

「大切にしますっ!毎日聞きます!」


 莉音が捻くれて口を開いたが、結愛の真剣でどこか保護欲をそそられる無垢な顔をみれば、自分の発言を後悔した。


 よく考えれば人から貰ったプレゼントなんてそうそう捨てることはない。要らないなら最初から貰わないし、貰ったなら最後まで大切に保管するのが人として当たり前だ。



「私は、もしかしたら貰いすぎなのかもしれません。こんなに色々と貰ったのは数年ぶり、、初めてです」


 机に置いたオルゴールを手に持ち、それを胸の辺りで大切そうに抱きしめ、そんな悲しげな事を言う。


 莉音は別に色々と言うほど物をあげてはいない。なんなら夕食も共にしてないのだから、誕生日を祝うという意味では少ないくらいだ。

 それでも結愛は過去1の誕生日と言っており、瞳を揺らしていた。



「誕生日なんて普通そんなもんだろ」

「そうなのですか?」


 一切嘘をついていなそうな顔で首を傾げているのだから、こっちまで辛くなる。



「ていうか俺はまだケーキとオルゴールしかあげてない」

「…………それ以外にも、たくさん貰いましたよ……?」


 莉音が結愛に語りかければ、彼女の口元は優しく綻ぶ。その顔が、たまに見せる緩んだ表情よりもずっと甘い面だったから、つい口籠ったような返し方をしてしまう。



「……な、何をだ?」


 正直、オルゴールとケーキくらいしか今の所は渡していないし、あとは修馬から貰った謎の箱だけだ。だからそれ以外と言われて思い当たる節はない。

 


「別になんでも良いんですよ、」

「あ、そうか?」

 

 気にならないかと言えば嘘になるが、本日の主役が良いと言っているならこれ以上の追求はしない方が良いだろう。



「そういえば八幡さん、まだそれしかあげてないって事は、他にもあるんですか?」

「あるにはある」


 莉音は腰を曲げて、ダイニングテーブルの下に置いておいた鞄から修馬からの贈り物を取る。



「あの、嬉しいですけど多すぎですよ。流石にちょっと申し訳なくなります」

「そういうことを素直に言ってくれるのは逆に助かる。でも安心しろ。これは俺からじゃない」


 そう言ってそっと机の上に乗せて、ひとまず結愛との会話を続ける。



「では誰からですか?」

「友達……と言っても俺も中身までは知らない」

「それ大丈夫ですか?」

「多分」


 箱の正体についての会話はすぐに終わり、数秒沈黙が生まれる。折角の良い雰囲気が崩れる前に、修馬からのプレゼントも渡した。



「はい」

「ど、どうもです」


 結愛は手に持っていたオルゴールを傷つかぬよつに優しく机の上に乗せて、目の前の包装された箱に目をやる。


 またも丁寧で繊細な指遣いで包装を剥がせば、箱の中身を覗いた。



「マグカップ…………ですね」

「マグカップ、、だな」

「それもペアマグカップ」

「ペアマグカップ、、」


 修馬から受け取ったのはどうやらマグカップだったようで、渡す際に割れ物と言っていたのがここで繋がった。


 それぞれ白と黒のマグカップがあり、模様的にはワンポイントしかない。比較的に控えめなデザインで、派手な物が好きではない莉音好みではある。

 それが結愛の喜ぶものかは分からないが、無難で当たり外れのないデザインなので嫌がりはしないだろう。



「これは俺らへって事なのかもな」

「多分そうですよね。私1人にペアマグカップなんて送らないでしょうし」


 結愛はマグカップを手に取り、「これ使ってください」と言いながら片方を莉音の元に置く。色は莉音が黒で結愛が白と、妥当な配当だった。



「まあ何にせよプレゼントはこれで終わりだ。ケーキとオルゴール、それからマグカップの3つだけだな」


 一通り渡し終えれば、プレゼントの終わりを結愛に報告する。手の内を全て曝け出して結愛の方に目を向ければ、ポッと赤くした頬が目に映った。



「…………違いますよ。全部で4つです、、」


 さっき言ってた通り、やはりまだ何かがあるらしい。

 


「あと1つは何だ?」

「…………駄目ですよ?目的もなく人にプレゼントをあげたら」

「いや悪いが全く身に覚えがない」


 何一つ頼りになる記憶が見当たらないので単刀直入に聞いてみるが、答えてくれる気配はない。



「じゃあ、八幡さんが無意識にくれたということにしておきます」


 何かと満足そうな結愛は、テーブルの端に置いていたオルゴールとその他諸々を両腕に抱えて席を立つ。



「今日はありがとうございました。色々と……」

「あ、まあ白咲さんが良い思い出になったなら良かった」


 莉音は先程の結愛の発言の意図が気になったままだけど、自分の中で「白咲さんが満足そうならそれで良い」と勝手に結論付けて、変に気にするのをやめる。



「本当、八幡さんになら最初から……」


 そうボソッと呟いた結愛だが、頭を働かせて考え事をしていた莉音はそれを聞き逃す。



「俺がどうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。やっぱり優しい人なんだと再確認出来ました。それに許婿が八幡さんで良かったです」


 誕生日効果にでもかかっているのか、今日の結愛は随分と自分の気持ちを表に出していた。莉音はそんな彼女を見て、ほんの少しだけわだかまりを感じる。


 それはきっと、自分に出来ないことを彼女が出来ていたからだろう。だってこの感情は初めてではなく、誰にも言わないだけで常日頃から感じているものだから。

 


「また明日からもよろしくお願いします」


 でも最後に結愛の小さな笑みを瞳に移せば、その感情が少しだけ和らいだ気がした。あくまで気がしただけで、別に根拠も証拠もない。


 一足先に部屋に戻る結愛をリビングから見送った莉音は、気持ちを紛らわすためにも皿洗いをした。今日貰ったマグカップや、ラーメンの容器を。


 季節の変化の訪れなのか、今日の水は一段と肌身に染みた。



(またか……?)


 それらが終わって莉音も部屋に戻れば、久しぶりのようで見慣れた紙が落ちていた。



『八幡さんの誕生日は、私が祝います』


 その手紙に書かれた文字を読めば、結愛の部屋の方からオルゴールの音が聞こえてきた。もう店内のBGMで掻き消されることなく、静かなこの家で鳴り響く、ありのままの自分メロディーで。







【あとがき】


・ちなみに、オルゴールは相手を想ったり感謝する時にプレゼントするそうです。


まあこの2人はそんなこと知らないでしょうけど。


これまでは莉音くんが積極的?でしたが、そろそろ結愛ちゃんも動きだします!(←)


もう少ししたらですけどね!


そんな2人の応援お願いします!!



(僕、結愛ちゃんのお手紙のやり取り好き)

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