第13話 許嫁と誕生日プレゼント①
「ただいま」
「…………おかえりなさい」
修馬との買い物も終わり、家に帰り着いた莉音は、今日も「ただいま」の言葉を放って玄関に入る。
(おかえりなさい……?)
慣れた作業で玄関で靴を脱げば、莉音の頭の中ではその言葉が浮かんできた。
そしてパッと上を向く。
そこには長い黒髪を揺らした少女が立っていた。
「どうかしました?」
「いや、挨拶が返ってきたの久しぶりすぎて驚いた」
莉音は想像もしていなかった展開に、数秒だけ結愛のことを見つめる。買ったプレゼントは鞄の中に隠しておいたので、まだバレた様子はない。
「いつもより八幡さんの帰りが遅かったので、ほんの少しだけ心配でした」
「…………心配か、」
「それに、私だって挨拶くらい返しますよ」
きっと結愛も前の莉音と似たような気持ちだったのだろう。今日は流石にそこまで遅い時間ではないが、いつも放課後は真っ直ぐ帰っている莉音にしては遅い時間だったのかもしれない。
何故か少し暗い表情をしている結愛を視界に入れながらも、夕食の準備に取り掛かる。
「じゃあご飯にするか」
玄関から一歩足を前に出して、キッチンへと向かう。未だに玄関に立ち止まっている結愛を追い越そうとすれば、小さく口を開いた。
「すみません。私、今日は外で食べてきちゃって」
どうやら結愛が暗い顔をしていたのはそれが原因だったらしい。心苦しそうな顔で瞳を閉じ、心底申し訳なさそうな顔をしている。
そんな結愛を見て、少しだけ嬉しくなった。
だって最初は莉音と話すつもりすらなかった結愛が、たった一夜夕食を共に食べれなくなっただけで申し訳なさそうな顔をしているのだ。
結愛の中でも2人で食べる夕食が日常化している。それが実感が出来たから、喜びを感じた。
「本当は食べに行く気はなかったんですけど、クラスメイトからの誘いを断りきれず………」
別に原因を聞く気なんてさらさらないし、食べてきたと聞いた時点で察しはついていた。きっと学校での結愛のことだ。
最初は断っていたものの、周りからの強い押しに負けたのだろう。友達ではなくクラスメイトと言っている所からも、本当に断り切れなかったのが垣間見えた。
「そっか、仕方ないな」
「すみません」
「白咲さん何にも悪くないから謝らなくていい」
真面目にペコリと頭を下げるので、すぐに顔を上げさせる。
「…………今日は、一緒に食べたかったんですけど、、」
そう小さく溢した一言は、莉音の耳元にもしっかりと届いた。
「じゃあ俺適当に何か作るから、これでも食べててくれ」
本当は食後に渡すはずだったのだが、すでに食べてきたというから今でも良いだろう。そう思って、莉音は鞄から一つの小さな箱を取り出した。
オルゴールでも修馬から貰ったものでもなく、その後に買いに行ったものだ。
「これは……?」
取り出した箱を手渡しで渡せば、不思議そうに首を傾げる。「冷たい……」なんて言葉を発しながらも、結愛は箱を受け取った。
「ケーキ。ホールじゃないけど、白咲さん今日誕生日だから買ってきた」
「あ、ありがとうございます……」
玄関に立ち止まる結愛にそれを渡せば、パァと顔色を変えた。年相応の、いやもっと幼げのある顔をして、ケーキの入った箱を見つめている。
瞳には僅かに潤いがあり、口はポカンと空いている。表情全体としては驚きと喜びが混ざり合っていた。
「俺は今からご飯作るから、白咲さんそれ先に食べてていいぞ」
「なっ、そんな事しないですよ。ちゃんと待ってます!」
心なしか、声も少し高くなったように感じ、尚更幼さに磨きがかかる。莉音はケーキを渡したのを確認すれば、リビングへと向かった。
最後に玄関で見た結愛の顔には、緩みがあり少しだけ口角が上がっていた。
「じゃ、食べていいぞ」
「…………はい」
リビングに着いてからケーキの箱をじっと眺める結愛のためにも、莉音は大急ぎで夕食を用意する。今からご飯を炊いていたら遅くなりそうだったので、今晩はインスタントラーメンにした。
数分で出来上がり、それをテーブルの上に持っていく。結愛はすでに座っており、莉音を待っていた。
今回はきちんとケーキ屋で買ったので、それっぽい箱と数本のロウソクがついてきていた。まあこの家にはライターもマッチもないので、ロウソクを使うのは無理そうだ。
「そろそろケーキ出していいぞ」
その言葉を待っていたかのように、結愛は目をキラキラさせて箱を開く。一瞬ほんわりと甘い匂いが鼻に届くが、出来立てのインスタントラーメンの方がそれを上書きした。
(なんか子供みたいだな……)
いつもは大人びた姿勢に、滅多に表情を表に出さない結愛だが、今だけは違った。ケーキを渡して喜ぶ子供のように、純粋な目をしていた。
「ははは」
「わっ、笑わないでください!」
だからだろうか。慎重な手つきで箱からケーキを出している結愛が、どこか可愛らしく、可笑しく見えてしまう。
「だって白咲さんがめちゃくちゃ緊張してるから」
「し、仕方ないです。人と一緒にケーキを食べるの随分と久しいんですから!」
見られたことに恥じらいを感じたのか、顔は赤く染まっていた。耳まで赤くなっていて、取り出した赤いイチゴの乗ったケーキとどちらが赤いか良い勝負をしそうだ。
(久しぶり……か)
結愛が勢いで放った言葉だが、莉音はそこに引っかかった。久しぶりということは前は食べたことがあるという意味か。
それが親なのか友達なのか分からない。だが前者の気がした。だってケーキへの喜び方が友達といる時にする喜び方ではなかったから。
胸に抑え込んでいた数年ぶりの思いを曝け出したような、そんな喜び方だったから。
「この前あげたケーキもそんな感じで食べたのか?」
「…………そ、それは違います」
「ふーん」
少し揶揄い混じりでそう聞けば、分かりやすく動揺を見せた。ロングヘアーの髪は微細な揺れで左右に振れ、現在の結愛の心情を表していた。
「信じてないですね」
「今の姿を見て見て信じる方がどうかと思うけどな」
「…………八幡さんはやっぱり優しくないかもしれないです」
「俺は優しくなんかないって言っただろ」
「皮肉で言っただけです」
気がつけばいつもの結愛に戻っており、少々素っ気ないやり取りが続く。
「あんまり待たせるとケーキが可哀想だから、早く食べてやれ」
「そうですね」
ケーキを取り出してからも眺めていた結愛は、莉音の言葉でようやくフォークを手にする。
「美味しい」
恐る恐るフォークをケーキに刺し込み、少量を口に含む。
口に含めば、とろんとした目で莉音の方を見た。
「これ一つしか買ってこなかったのですね」
「もう一つ食べたかったのか?」
「違いますよ。八幡さんの分です」
「2つ買ってきたら白咲さんへの特別感がなくなるだろ」
「そういうの気にしなくてもいいですのに……。2人で食べたほうが美味しいって教えてくれたのは八幡さんですよ?」
「それはまあ」
ちょっとだけ残念そうに、結愛は下を向いた。
実際の所、自分の分も買おうか迷った。ホールケーキは食べきれないから論外としても、結愛の言う通りあと一つを買おうか迷った。でも買わなかった。
だってそうした方が、結愛にとって特別感のある誕生日になる気がしたから。だが俺は大切なことを忘れていた。2人で食べた方が美味しくなるということを。
変に特別感なんて意識するんじゃなかったと、今になって少しだけ後悔する。
「一口、いりますか?」
そんな莉音を見兼ねたのか、結愛はケーキを乗せたフォークを莉音の方に向けた。左手で下を押さえて、そのまま「あーん」でもしそうな勢いで。
「いやいいわ」
「…………私が食べたやつは嫌ですか?」
「嫌とかじゃなくて、駄目だろ」
「駄目?」
莉音は結愛からの提案を拒んで、ふやけて伸び始めたラーメンを口に掻き込む。
「付き合ってもない男女が、駄目だろ」
「………っ!」
口に含んだラーメンを飲み込めば、そう言って否定した。別に結愛の食べたものを口にするのが嫌なのではない。ただ付き合ってもいない男女が間接キスとかどうなのかと思うのだ。
すでにその女子と同棲しているので、間接キスなんてそれ以下なのかもしれないが、そういうのは普通好きな人と順を踏んでやるものだろう。
「八幡さんは意外と初心なんですね」
「違う。とんでもなく一途なだけだ」
「私達、一応結婚することになってますけどね」
「うっ……。たしかに」
これだから許嫁という関係性はややこしい。
「まあいいから早く食え、そしたらプレゼントがある」
莉音の発言した言葉を耳にした結愛の顔が、また一層明るくなったのを見逃しはしなかった。
【あとがき】
・莉音くんの鞄の中は4次元ポケットなのかな?
学校の正鞄と持参のリュックというイメージでお願いします!
次話はようやくプレゼントです。長い長い。
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