第12話 許嫁のための買い物

「なあ修馬、女子が欲しがるものって何だ?」


 結愛の誕生日はいよいよやってきて、今日はその当日だった。結愛の誕生日は平日で、今朝もこれまでと同じように早くから学校に登校している。

 当然といえば当然なのかもしれないが、今日になっても結愛が変わった素振りは一切なかった。



「何お前、本当に白咲さんにプレゼント買うのか?」


 昨日の今日で尋ねたこともあり、修馬からはそんなことを聞かれる。顔は意外そうに驚いており、昨日提案した人間とは思えない表情だった。



「違う。近所のお世話になった人が引っ越すから、それでお礼を買おうと思っただけだ」

「ふーん、お礼ね」

「なんだよ」


 咄嗟に嘘を述べれば、修馬は俺の顔を覗き込む。もっと良い言い訳があったのかもしれないが、パッと聞かれたら中々思い浮かばない。



「いやー、お前って高校に入ってから急にこの辺に引っ越したし、何かあるのかなぁとか思ったりしただけ」


 妙に核心をついた考察に、俺はぎくりと唾を飲む。修馬は良い性格の持ち主なのだが、こういう所で変に察しが良い。

 それが俺にとって助かったりするのだが、まれに苦しめられそうにもなる。



「それに女子って言ってるあたり、年も割と近そうだし?」


 修馬の前では言葉一つ一つをしっかりと意識して話すように胸に刻みつつも、今の俺には否定するしかない。



「何もないから。てか人のプライベートを詮索するな」

「はは。悪い悪い。そういうことにしておいてやるか」

「そういうことって何だよ」

「気にすんな。こっちの話」


 自分のペースを貫く修馬は、心底楽しそうな顔で俺の前の席に座っている。ついつい膝でも蹴りたくなったが、今は俺が聞いている側なのでそれを堪えながらも再度尋ねる。



「まあそんなわけだから、何か案くれ」

「おういいぜ。じゃあ今日の放課後にでも見に行くか?」

「…………行く」


 俺は案を貰えればそれで良かったのだが、一緒に来てくれるというならそれ以上に心強いことはない。

 

 放課後に買いに行くという約束をして、これから朝のホームルームが始まるのだった。



「なあ莉音、一応参考にするために聞くが、その人の趣味とか知らないのか?」

「…………知らない」


 その日の授業なんてものはすぐに終わり、気が付けば放課後になっていた。俺と修馬はそのまま近くのショッピングモールに行き、目ぼしい商品を探す。


 学校から出る前、結愛のクラスの前にはすでに嵐のような大群が出来ており、誕生日というのを機に近づきになろうとしている人達が多くいた。

 それらに愛想の良い表情を向ける結愛を見掛けつつも、学校では特に何もすることが出来なかった。



「まじかお前。そんな状態でプレゼント買うとか正気か?」

「…………プレゼントは気持ちが大切だから」

「男が言うとキモイな」

「黙れ」


 修馬にはまだ結愛が許嫁で一緒に暮らしていることを話していないので、あまり変に口を滑らせるわけにはいかない。


 バレたからといって別に修馬になら大したことにはならないだろうが、それでも結愛のプライバシーのためにも黙秘しておく。


 そして、結愛は誕生日にあまり良い思いがなさそうなので、俺が白咲結愛という他と変わらない1人の少女にプレゼントを買うのだ。



「けどまあ女子が喜ぶものと言ったら、無難にコスメとかじゃね?」

「そんなの俺が買えるわけないだろ。どれが良いとか全く知らないし」

「だろうな。正直俺も分からん」


 修馬も乗り気になったのか、良さそうな案が出てくる。しかし俺も修馬もコスメにはそこまで詳しくないので、無知すぎるがゆえに購入する気にならない。さらに肌に合う合わないもあるので、当たり外れがありそうだ。

 せめて事前に聞き込みくらいすれば良かったものの、誕生日を知ったのは昨日なので用意なんて出来るはずもない。



「そうだなー。あとはぬいぐるみとかなら、女の子ならいつになっても欲しいんじゃないか?」

「ぬいぐるみ、か……」


 店内を歩いて見渡しつつも、修馬の言葉に少しだけピンと来た。ぬいぐるみ。確かにこれならハズレはないだろう。

 しかも結愛の部屋には物が少ないということも知っているので、ぬいぐるみの1つや2つくらいあったら喜んでくれるかもしれない。


 それに小柄な結愛に似合いそうでもある。



「何、ぬいぐるみが気になったのか?」

「気になったというか、そういうのもありなのかと…………」

「へへ。プレゼントは気持ちが大事だもんな」


 俺はプレゼントなんて買う機会がほとんどないので、こういう選ぶ時間には感慨深さを感じていた。何をあげれば喜ぶか。何を渡せば困らないか。

 それを考えるからプレゼントを渡すのには緊張する。


 それなのに修馬という男は、こちらの気も知らずに先程の俺の発言を揶揄うようにしてニッコリと笑う。



「痛っーーー!」

「俺からの気持ちのこもったプレゼント。ありがたく受け取れ」

「揶揄うことも出来ねえのかよぉ」


 ヘラヘラしている修馬の尻に蹴りを入れ、引き続き店内の捜索を再開する。軽く蹴ったとはいえ、少し申し訳ない気持ちになりながらも、先頭を歩く修馬の背中をついて回った。



「どうだ莉音、何かいいのあったか?」

「いや分からん」


 ここに来てからどれくらいの時間が経っただろうか。すでに1時間くらいは経過しているが、未だに購入するものは決めていなかった。


 かなりの時間が経っているが、修馬は嫌な顔一つすることなく真摯に探してくれている。普段はおちゃらけているが、こういう面では人として尊敬出来た。



「俺はお前が誰にプレゼントをあげるのか分からないからよー、あんまり力になれなかったわ」

「そうか?でも案くれて助かった」


 俺があまりに長時間悩んでいるせいか、修馬は自分のせいだと勘違いしたようだ。だが修馬がいなければ、俺は多分一生買うことが出来ない気がする。


 優柔不断とはまた違うが、どこか一歩引いてしまっていた。


「なあ、あれなんかはどうなんだ?」


 その時、俺の中の何かが惹きつけられた。指を差して思わず立ち止まってしまうくらいには、心にズシンときた。



「あれ?あぁオルゴールか、」

「そう」


 俺が見つけたのはオルゴールで、ぬいぐるみではない。

 宝石箱のようにキラキラとした箱に、白を基調とした結愛の部屋のような色使い。男女問わず綺麗と見惚れそうなデザインは、俺の中にピッタリとハマった。


 試しに音を鳴らしてみれば、中から綺麗な音が聞こえてくる。だが店内のBGMによって、その綺麗な音色は半減される。

 このオルゴールはどこか結愛に似ていると思った。


 単体で見れば誰もが綺麗というであろう結愛の風貌だが、周囲の理想のような学校生活を過ごしていれば、その良さは形だけとなる。

 

 まるでここにあるオルゴールのように。



「オルゴールをあげるのって変か?」


 俺は結構な時間目入っており、いつの間にか後ろにいる修馬にそう尋ねた。



「もうそれ買え」

「いや、でも迷惑かもしれないだろ」

「プレゼントは気持ちが大切とか言った純粋野郎は、あれが似合うと思ったんだろ?ならそれでいいじゃん。てか迷惑のことまで考えてたら、一生買えねえよ」


 珍しく真面目な修馬のその言葉に、俺は買うこと決めた。プレゼントは気持ちが大切いうことは自分自身が一番分かっていたはずだが、まだまだ全然理解できていなかった。



「修馬…………、、」

「何だよ。俺だってたまには良い事言うぞ?」

「誰が純粋野郎だ」

「何故そこで引っかかる!もういいから早く買ってこい」

「分かったよ」


 俺は照れ隠しのような絡み方をしつつも、そこに置いてあったオルゴールを手に取った。



「修馬、ありがとな」

「男に言われても何にも嬉しくねぇ」

「そうかよ」

「でもま、言われないよりはマシだった」

「はいはい」


 それを手に持ってレジに向かい、その途中で感謝を述べる。修馬も口ではそう言いつつも、実際は満更でもなさそうな顔していた。


 そして、すぐに困惑の顔に変わった。



「…………ここでお前が暴力しないなんて、、」

「何だ?暴力がお望みか?」

「そんなわけあるか!」


 強めに否定する修馬の姿を見て、ちょっとおかしくて笑う。



「俺だって、たまには素直に感謝くらいする」

「似合わないからやめとけ」

「痛た……。素直に感謝するんじゃないのかよ」

「もうその時間は終わった」


 折角人が感謝をしたというのに、修馬はいつもと変わらずにヘラヘラしていた。そんな修馬の背を手の平で優しく叩き、いつものようのやり取りをする。


 やはりこの方が落ち着いていてよかった。



「莉音、それ渡す時は笑顔で渡せよ」

「笑顔かは分からないが、真顔で渡すやつはいないだろ」

「ならいい」


 レジにて会計を済ませ、商品を包装してもらう。包み終わって商品を受け取れば、修馬が真剣な顔付きでそう言った。



「ほい、これもついでに渡しとけ」

「何だこれ?てかいつ買った」

「お前がオルゴールを眺めてる間」


 修馬は鞄の中から包装された少し大きめの箱を取り出し、それを俺の方へと渡した。



「中身は割れ物だから注意して運べよ」

「了解。けどこんなの貰っていいのか?」

「当たり前だろ。息子がお世話になった人なんだから、俺も渡すに決まってる」

「誰が息子だ」


 ニッ!と口角を上げた修馬は、それと同時に少しだけ寂しげな顔をした。



「じゃ、俺帰るわ」

「おうありがと」

「明日どうだったか聞かせろよ?」

「…………まあ気が向いたらな」


 目的を果たせば、もうここの店にいる必要はない。となれば必然的に帰るという選択になり、途中までは一緒に帰りながらも、家の方向的に別れを告げる。



『友達なんだから、今じゃなくてもいつか話してくれよ。お前が隠してること……』


 少しずつ離れる莉音と修馬の背中。その距離が見えなくなるくらいに離れたところで、修馬は1人呟いた。





【あとがき】


・1日2話投稿でした!次話はプレゼントを渡す回です!ご期待ください!!

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