第10話 許嫁のお誕生日の前日

「そういえば、明日は白咲さんの誕生日らしいな」


 俺が結愛と共に夕食を過ごすようになって数日が経過したある日、普段通り学校へ行けば、修馬がそんなことを言い出した。



「何でお前が知ってんだ」


 結愛の誕生日のたの字すら知らない俺からすれば、何故修馬が知っているのかは当然気になる。まあその理由はすぐに分かったのだけど。



「全く、お前はどんだけ女子に興味ないんだ?多分知らないのは莉音くらいだぞ。今も皆んな噂してるじゃん」

「そんなわけ……」


 修馬が言うのを聞いて辺りを見渡す。良く耳を研ぎ澄ませば、たしかに結愛の話をしている人達がいた。



「本当だ」

「いやもう数日前から騒ぎになってるぞ?これを機にお近づきになろうとしてるやつらが大勢いるんだろうよ」

「へぇー」


 数日前から騒ぎになっているということは、本人はもちろん気づいているはずだ。それでいて家でそんな素振りを見せないのは、サプライズを期待しているのか、単純に誕生日に興味がないのかのどちらかだろう。


 ここ数ヶ月結愛を見てきた俺からすれば、もちろん後者の方が有力だった。彼女の表情を見れば、今の家に来る前に親との折り合いがあまり良くなかったのが手に取るように分かる。

 まあ許嫁として家から出されている以上、折り合いが良いわけがないのだ。



「修馬も近づきたいとか思ってるのか?」

「いやー、俺はタイプじゃない。可愛いのは認めるけど何か人形みたいなんだよな」

「分かる」


 俺は修馬のその言葉に激しく納得してしてしまった。家での結愛は人形とは真逆の性格をしているが、学校での結愛は大人や生徒の理想の立ち振る舞いをしている。

 成績も良ければ運動も出来る。顔が良ければ性格にも品がある。そんな誰から見ても理想の生徒が、学校での結愛だった。


 俺がそれを人形のようだと思ったのは、決して外面だけで判断したわけではない。

 周りの意見を取り入れて、自分の意見は表に出さない。それを周りの皆んなにお淑やかで謙虚な性格と評価されているのが、俺には飾られた人形のようにしか見えなかった。



「莉音もそこには同意するのか」

「まあな」

「へぇー」

「何だよ」


 修馬の意見に賛成すれば、ニヤけた顔で俺を見つめる。



「白咲さんのこと、気になってるのか?」

「何故そうなった」

「いや、お前が興味を示すの珍しいなと」

「お前の意見に賛成しただけで別に興味はない」


 そう。俺はあくまで修馬の意見に納得しただけであって、異性としての興味があるわけではない。異性だから不安や心配にはなるものの、それは好きとは程遠い感情だ。


 

(俺に幸せになる資格はない)


 その気持ちがふと沸いて出てきて、俺の心情を抑え込んだ。



「なに笑ってんだよ」


 俺が無関心さを出しながら否定をすれば、修馬はいつになく笑っていた。



「俺は嬉しいわけですよ。莉音がそういうのにムキになってくれるのが」

「なってない!」

「ほら今だって」

「くっ…………!」


 上手く嵌められ、悔しげな声を出せば、修馬はまた楽しそうな顔をして悪戯っぽい顔をした。



「いっそお前も白咲さんに誕プレでも買って渡してみろよ。そしてフラれてこい」

「そこまでの未来が見えてるならわざわざ行動に移す必要はないな」


 誰がフラれる前提でプレゼントなんて買うものか。心の中でそう呟きながらも、誕生日に微塵の興味も示さない結愛の姿が頭に浮かぶ。

 関係性的には許嫁だが、俺達は別に付き合ってるわけじゃない。お互いに好きとかいう感情はないし、数ヶ月経ってやっと話すようになってきたくらいだ。


 なのに誕生日プレゼントなんていくらなんでも早すぎるだろう。

 それに、、、、。


「…………それに、あっちからしたら迷惑だろうし」

「俺はお前が哀れに見えて仕方ない」

「うるせ」


 俺のこの思考は、修馬からみれば哀れに見えるらしい。だがポジティブに捉えると、慎重な性格といえるだろう。


 それでも、自分が最後に幸せになれることなんて考えてもいないので、修馬の言った哀れという表現であっている。



「…………お前って人に優しいくせに距離取ろうとするよな」

「仕方ないだろ。俺だけ楽しむわけには……」


 これまで満面の笑みだった修馬の顔には、ちょっとだけ悲しげな色が現れていた。中学の頃からずっと見てきた修馬からすれば、俺の姿はそう見えるのかもしれない。


 人に優しい自覚はないが、最終的にはあまり人との交流を好まなかった。だって絡んでしまったら、きっと幸せな時間を過ごしてしまうから。事故で亡くした両親のことも考えずに、自分だけ。



「お前だって楽しむ資格はあると思うけどな。まあそれを決めるのは俺じゃなくて莉音だから何も言わねぇけど」

「ごめん…………」

「いや俺も悪かった」


 そんな俺に、修馬はいつも明るく接して色々と提案してくれる。こんなに良い友達なんて、この先現れることは二度とないだろう。



「ま、次の授業移動教室だから早く行こうぜ」

「だな」


 時計を見ればあと数分となっており、少し急足で教室から出る。一歩前を歩く修馬の後ろ姿は、俺を明るい場所へと連れて行っているような気がした。






【あとがき】


・いつか莉音くんと結愛ちゃん、修馬くんが幸せになれますように。

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