第9話 ご飯は1人よりも2人で食べた方が美味しい
「白咲さん、出来たぞ」
俺が結愛の部屋の掃除を手伝ってから数時間が経過した。あっという間に夕食の時間はやって来て、部屋で堕落していた俺の体はむくりと上がる。
少し眠気のある体を起こせば、俺はキッチンへと足を運んだ。
(何を作ろうか……)
ここの家に暮らし始めてから数ヶ月が経ち、初めて食事を共にする。これまでも食事の提供はしていたので変に意識する必要はないのだろうが、どうしてもその意識は消えなかった。
結局、俺はキッチンに立ってからもかなりの時間を悩み、最終的にはトンカツを作ることにした。
女子と共に食べるのがそれで良いのかと疑問にはなったが、そんなことを考えていたらいつまで経っても決められそうにないので、自分の好きな食べ物を作ることにした。
材料も前もって買ってあったので、特に買い出しに行く必要もなさそうだ。
「よし出来た」
作るものさえ決めれば、品自体はすぐに作り終えた。リビングには油の音が鳴り響き、美味しそうな香りが充満していた。
皿に盛り付け、余ったスペースに野菜を飾り付ければ、それなりの見た目の物が出来上がった。
あとはそれをテーブルに運び、箸やらお茶なんかも用意すれば、結愛を呼んだ。
「白咲さん、出来だぞ」
結愛の部屋の前に立ち、ノックだけして扉は開けずに呼びかける。
「いま行きます」
扉越しに、返事はすぐに返ってきた。しんみりとした静かな扉の前に立っていれば、ある程度中からの音が聞こえてくる。
決して大きくはない足音は少しずつ扉の方へと向かって来ており、俺は逃げるようにキッチンへと戻った。
「良い匂い…………とんかつですか?」
一足先にテーブルへと座ったら、少ししてから結愛がリビングへと来た。
掃除をする時は白のロンTにジーンズという格好だったが、今は黒のニットに柄のドッキングスカートという、女の子らしさのある服装だった。
後ろに降りている長い髪が揺れ、ニットを映えさせた。慎重ない足取りでテーブルまで来た彼女は、ゆっくりと腰掛ける。
いつもはいない所に人がいて、何だか懐かしい記憶が蘇った。
「そうそうとんかつだな。女子に出すものじゃなかったか?」
「私はこういうの好きです。というか生姜焼きを出してくれた人がそういうこと気にするんですね」
「悪かったな」
結愛が席についたのを確認すれば、俺は口を開く。
結愛からしてみればそう感じてしまうのも無理はないだろう。なんせ俺が結愛に初めて料理を作ったのは生姜焼きだったのだから。
「悪いわけないです。むしろ美点だと思います。私はあの時に作ってくれた生姜焼きが、一番美味しかったです」
「そう、、そう感じてくれたなら嬉しい」
俺が料理に込めた意図を読んでくれたのか、真正面で感謝を述べられるとどこか恥ずかしい所がある。
「…………早く食べよう」
「はい」
話を変えるようにそう切り出せば、2人同時に手を合わせた。
「(((いただきます)))」
2人で初めて食べるとはいえ、小さい頃からある挨拶の一つなので、意図せずともタイミングが揃う。
その後一度箸を持てば、お互いに目の前に人がいるのを忘れたかのように食事に目を向けた。
「やっぱり美味しい……です」
「口に合ったのなら良かった」
そしてトンカツを口にすれば、結愛は顔を上げて言葉を発した。サクッという音が聞こえてきて、出来立ての美味しさが結愛の中にも響く。
これまでぬるかったり冷えたりしていたものをレンジで温めて食べていた結愛からすると、出来立てのご飯は大きな進歩、大きな違いと言えるだろう。
少し壁のあった面は緩んでいて、結愛の素のあどけなさが万遍なく表情に出ていた。
「味が美味しいのはもちろんですけど、その、、何というか……」
「1人よりも2人で食べた方が美味しい、か?」
「………そうですね」
「ま、そりゃそうだろ」
いつも1人で食べていた結愛と俺は、目の前にある食事を食べながら、同じような心境になる。
たまには1人で食べたい時や1人になりたい時もあるが、それらが毎日続いていた人達からすれば、2人で食べた時に感じるものが大きい。
それもお互いに事情がある許嫁ときたら尚更だろう。
「こんなの……久しぶりです」
結愛の瞳には純粋な喜びが映っていて、そう呟いた後にじっと俺を見つめた。
ずっと望んでいたものがやっと手に入った。そんな顔をしている少女を、俺も見つめ返した。
もちろん結愛もまだ隠していることや話しずらいことはあるだろうが、現状はこれが最高点だった。
「白咲さん、もしかして量が多かったか?」
「え?多くないですよ。むしろちょうど良いくらいです」
「ならいいけど」
先に夕食を食べ終えた俺は、部屋には戻らずに、ダイニングテーブルに腰掛けたまま結愛を眺める。
箸で口に食べ物を入れる度に長い睫毛はピクリと動き、一つ一つのパーツのレベルの高さを再実感させられた。
その一方で、皿の上に出されたトンカツは減っている気配がない。一応は女子なので少なめに盛り付けたはずなのだが、小柄な彼女にはそれでも多かったのだろうか。
「…………女子ってのはそんなに一口が小さいものなのか?」
つい気になって声を掛けてみれば、黙々とちまちま食べていた結愛は顔を上げた。
「…………わざと、です」
わざと。その言葉が俺の頭の中で何度も響く。
「俺と、、男と食べるから緊張してるのか?」
「わ、分からないのですか、、」
「…………残念ながら」
「まあもうそういうことでいいです」
どうやら俺の読みは外れたようで、結愛はそこから急ぐようにご飯を掻き込んだ。
『女子ぶってるのか?』俺の頭にはそんなことも思い浮かんだが、流石に聞くには失礼な気がしたし、そういう性格の少女には見えなかった。
「白咲さん、皿は俺が洗うから休んでていいよ」
目の前に座っていた俺は、結愛が食べ終わったのを確認すればそう言った。しかし、彼女は不満げな顔をして、その提案を拒否した。
「いえ、これくらいは私にさせてください。ご飯作るの手伝えなかったし、今日は肉体的にもダメージを与えてしまったので、せめてこれくらいは…」
「……でも自分で使った皿は自分で洗うってルールあるだろ」
「つい数秒前の自分を振り返ってみてほしいです」
掃除も手伝ってもらい、ご飯まで作ってもらった結愛からすれば、当然皿洗いくらいはしたい。でないと、莉音に頼るだけの駄目な女になってしまうから。
「先にルールを破ったのは八幡さんです。なので今度は私が破ってもいいと思います」
「無茶苦茶だ」
とりあえず皿だけは俺が運びながらも、台所に置いておく。隣に立っている今の結愛からは、一ミリも引く気が感じられなかった。
「じゃあ、明日は俺が洗うから」
「…………はい」
流石にそこまでやる気がある人の意思を邪魔するわけにはいかず、今日は結愛に譲った。そう今日は。結愛が皿洗いを始めたのを後ろから見たら、俺は一度部屋に戻ることにした。
皿を洗う水の音だけが聞こえてくるリビング前の廊下を歩きつつも、部屋の中に入ろうとドアノブを握る。
(何だこれ……)
そこには、床に一枚の紙が落ちていた。前に何度か見たことある紙が。
『明日も皿は私が洗います』
それを開けばメッセージが書かれていて、俺は思わず声を出して笑った。どうやら俺が言うことを予め予想していたらしい。
ただその文一つしか書かれていなかったが、俺はそれだけで十分に満足出来てしまっていた。
【あとがき】
・この物語を書いてると、たまに許嫁ということを忘れそうになります。皆様も読む際にはお気をつけてください。
応援お待ちしています!!
結愛ちゃんの猛攻が、今始まる!!(もう少し先です)
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