第5話 許嫁はお返しがしたい

「八幡、お前再試な」


 夏の気温が少しずつ下がり始めた9月のある日、ちょうど中間テストを終えた俺は、担任にそう言われた。

 俺の通っている高校は一応は進学校なので、赤点を取ると再試が行われる。


 再試で8割以上取れば一度で終わるのだが、8割未満だと再再試になる。基本的には中間テストと類似問題が出るので、殆どの人が1度目でクリア出来るのだが、俺はこの時に危機を感じていた。


 別に勉強が出来ないわけではない。どの教科も8割から9割は固いし、順位としてはそれなりの上の方だ。ただ一教科を除いては。


 何故なのか、俺は英語だけは何をしても出来なかった。理系科目も暗記科目も苦手な所は滅多にないのだが、英語だけは壊滅的に出来ない。

 それこそ赤点を取ってしまうくらいには。



「今日から放課後は補習な。再試は一週間後だから、ちゃんと勉強しとけよ」

「…………はい」


 これまでは何とかギリギリのラインで赤点を回避してきたのだが、今回はいつもよりも難易度が高く、ギリギリのラインを越える事が出来なかった。


 気怠さと危機感を溜息にして体から出しつつも、補習が行われるという教室へ向かうのだった。



「明日もちゃんと来いよー!」


 夏に比べて辺りが暗くなるのが遅くなり始め、窓から見える外の景色は夕焼け色に染められていた。

 青かった空が橙色になった頃に補習は終わり、いつもより長い学校は俺の頭を疲弊させた。



「莉音、やっと終わったな」


 今日の補習が終われば、同じく再試となった修馬が俺の元に話しかけて来た。



「まさかお前が補習とはな」

「俺が英語出来ないの、中学の頃から知ってるだろ」

「そーいえばそうだったな」


 修馬は疲れた素振りも見せずに、ヘラヘラしながら俺の肩に手を置いてくる。

 この男は俺とは違って、ほとんどの教科で赤点を取っていた。だが修馬は決して勉強が出来ないわけではないし、むしろ地頭は良い方だと思う。


 それこそ大して勉強もせずにここの高校に合格しているので、地頭はかなり良い方だろう。それなのに勉強をしないのは、宝の持ち腐れとも言える。

 でもそのマイペースさが修馬の良い所でもあるので、俺としてはホッとする。



「まあ再試とか余裕だから!てかこの後ファミレス行かね?」

「俺はいい」

「何でだよ!釣れねぇやつだなぁ!」

「帰ってから勉強しないと8割なんて越えれる気がしない」

「そんなの補習受けときゃ何とかなるって!」

「お前と一緒にすんな!」


 そう軽く脛に蹴りを入れながらも、机の横に置いていた鞄を手に取った。



「じゃあ俺帰るから、ファミレスはまた今度な」

「行ってはくれるのか」

「まあ俺が再試突破出来たらな」

「よし!ならさっさと帰って勉強しろ!」


 今度は俺がバシッと背中を叩かれて、そのまま教室を後にする。その後は校門までは修馬と一緒に帰り、そこで別れた。

 地元から離れたこの高校に行くにあたり、修馬は近くの祖父母の家に住まわせてもらっているらしいので、帰り道はバラバラになる。



「明日も補習来いよー、赤点くん」

「赤点だらけのやつにそう言われたくねぇよ」


 お互いにそんな事を言い合いながらも、手を振ってそれぞれの家路を辿る。何やなんや言いつつも、修馬が1番の友達だった。



(これから飯の用意か。あと、今日は俺が掃除しないといけないのか)


 学校から出てしばらく歩けば、唐突に秋の静かさを感じた。そして1人になれば、家に帰ってからのやるべき事を思い出す。

 いつもよりも多く稼働した脳は、すでに声を上げていた。


 そんな時にすぅーっと流れる心地よい風は俺の背中を押して、家まで後押ししてくれる。気がつけば家まで着いており、俺は普段と変わらないテンションで家の中へと入った。

 


「今日は早めに寝よ……」


 手を洗って風呂掃除をし、最後に夕食を作り終えれば、1人そう呟く。

 つい最近テストも終わったばかりなので、その疲労回復のためにも、今日は早めに寝た方が良いだろう。毎日予習と復習を最低でも1時間程度は行っているが、たまには休むべきだ。


 昨日よりもちょっと遅くなった夕食をダイニングテーブルの上に用意して、俺はベットに潜り込んだ。



「朝か……」


 そんな生活が数日続き、俺は変わらずリビングへと向かう。結愛に夕食を作ってあげるのもすっかりと習慣化していて、今では2人分作るのが当たり前になっていた。


 結愛の方も、ルールなんて気にしていないかのように毎日食べてくれている。『ありがとうございます。美味しかったです』その置き手紙を残して。


 でも今日はいつもと雰囲気が違った。これまではまっさらなテーブルに紙が一枚だけポツリと置いてあったが、それが今日はやけに多かった。



『テスト範囲をまとめたノートです。良ければ活用してください。いつも夕食を用意してくれるお詫びです。』


 相変わらず丁寧に書かれた字に、一冊のノートがすぐ側に置いてあった。俺はそのノートを手に取り、軽く開く。


 付箋がついている所を見てみれば、今回のテスト範囲の事がぎっしりとまとめられたページがあった。そこには一枚のルーズリーフも挟まれていて、中間テストの訂正と共に、難関ポイントもまとめてくれていた。



「何で知ってるんだ……?」


 そう言葉を発して、すぐに口を閉ざした。よく考えれば、補習が行われていたのは結愛達の教室だった。英語の補習を担当する先生が、結愛のクラスの担任なのだ。


 だから一度だけ結愛を見掛けた事があった。もちろん一言も話していないし、てっきり俺に気づいてすらないと思った。でもどうやら気づいていたようだった。



『バタンッ!』


 俺がノートを手に取って部屋まで置きに行こうとリビングの扉を開けば、同時に玄関のドアが閉じた音が聞こえてきた。

 いつもこの時間帯には、結愛はすでに学校に向かっているのだが、この日だけはまだ家に居たらしかった。







【あとがき】


・さてさて、いつもは早めに学校に行く結愛ちゃんが家に居たのは何故でしょうかねぇ〜?

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