Memory eater〜記憶喰いと呼ばれた少女〜

出水 春

第1話

 創世歴749年西側諸国を中心とした世界大戦が終結して2年の月日が流れていた。敗戦国となったここバルム帝国ではまだまだいたる所にその傷跡が見てとれた。街や建物はもちろんの事、それは人々の心にも傷を、そして暗い影を残していた。先の戦争で世界の4分の1の人間が命を落としたと言われている。世界を巻き込んで大きく燃え上がった炎は燃え尽きて真っ黒な、暗黒の禍々しい消炭となり、それでも完全に鎮火せず、燻り続けている。そんな危うい世界は憎しみや悲しみで溢れていた。

バルム帝国の中でも首都に次いで大きな街マナルトン。医療技術が目覚まし発展を遂げており、国中から優秀な医師が集まっていた。その中でも最大の規模を誇るマリウス=リッツ帝国病院は世界随一で、特に脳科学研究に関しては他とは比べ物にならない技術を要していた。

その最先端技術は時には戦争の為の情報戦で使われたりもしたが、病院創設者のルーカス・ギュンター・マリウス・リッツは人々を悲しみや憎しみの連鎖から救うべく日々研究を進めていた。

そして終戦後、程なくしてその思いは一つの形となる。本当に人々を救う事ができる治療法となるのか。



751年11月3日夕刻。とある立派な洋館に招かれた3人。辺りは日が沈み暗闇が広がっている。門を潜り庭園を抜けて玄関に辿り着く。出迎えてくれたのはこの屋敷のメイド、サラ・マクレガーだ。年齢は50代くらいの少しふくよかな白髪混じり女性だ。背筋はピンと伸びて正装は乱れなくきっちりとしている。佇まいだけで優秀さが滲み出ているようだ。

「ようこそいらっしゃいました、どうぞお入り下さい」

扉の奥には豪華な内装が広がっている。大理石で覆われた床には朱色の絨毯が敷かれ、正面の大きな階段の更にその奥にまで敷かれている。吹き抜けの天井には綺麗な装飾が施されたシャンデリアが明かりを灯しながら輝いている。

大きな絵画や彫刻に壺など、世の中の富を集めた景色だった。

その景色を見て1番小さな少女が声を漏らす。


「姉様、こんなに綺麗なおうち初めて見ました」


感嘆の声を上げながら両手を広げ、クルクルと回転しながら天井を見つめて歩き出す。


「アルス、危ないからやめなさい」


後ろにいたもう1人の少女が優しく諭す様に小さな声で注意をする。

 

「はーい」


と言いながら妹のアルスは姉の元まで駆け寄りその足にしがみつき顔を埋めて、かわいらしく反省してみせる。

その小さな銀色の髪を優しく撫でながら受け入れる。


「こちらは妹のアルスで、こちらが姉のクリスです。そして私がリッツ病院脳科学研究主任のマリアです」


姉妹の後ろにいた、スラリと伸びた長い足に、金色の長い髪を持つ、スタイルのいい白衣姿の女性が自己紹介をする。

メイドのサラは深々とお辞儀をしながら、こちらへどうぞと二階へ案内する。手荷物の大きなカバンを預かろうとするが、結構ですとマリアは断り階段の先へ歩みを進める。

屋敷の長い廊下を進んで1番奥の部屋の前に着く。

サラは扉の前でコンコンとノックをし部屋の中の人物に話しかける


「失礼致します。奥様、リッツ病院から先生がお越しになられました」


一拍置いて中から返事があった。


「どうぞ、お入り下さい」


微かに聞こえたその声はサラにだけ聞き取れた力無い声だった。

通された部屋は薄暗く、暖炉の灯りだけが照らしていた。奥には大きなベッドがあり、先程の声の主であろう初老の女性が身を起しながら出迎えていた。

咳込む姿を見てサラが駆け寄り、ベッドに横たわらせ心配そうな表情を浮かべる。


「こんな格好でごめんなさい。私がこの屋敷の主人アンナ・ヘレーネ・フィリップスです」


弱々しくベッドの女性が声を発した。

マリアも姉妹を含めて挨拶を行う。

姉の後ろに隠れながらこちらを見つめる小さな視線にアンナは気がつくと、手招きをして妹のアルスを呼び寄せる。


「可愛らしい看護婦さんね、あなたもお手伝いしてくれるの?」


「ハイ、奥様!姉様のお手伝いをしています」


アルスは嬉しそうにすこし興奮したように言う。小さいながらも大人に認められたようで嬉しかったのだろう。そんな妹を見てクリスは思わず微笑んでしまった。しかし仕事で訪れたことを思い出し、すぐにその表情を引き締める。

話が一通り済んだ後、マリアが口を開いた。


「それではフィリップスさん、これから治療に入ります。

最後にもう一度だけ確認します。覚悟はよろしいですね?」 

それまで和やかだった空気が一気に変わり、緊張感張り詰める雰囲気に包まれる。その後アンナが重い口を開く。


「えぇ。お願いします。…何度も悩んだけれど、ごめんね、私にはそれしか無いみたい。ごめんね…。」


ベッドに横たわり天井を見つめながら、寂しそうに呟く。

誰に対する謝罪なのか、マリアとサラだけはわかっているようだった。

鎮まりかえった部屋の中で黙々と、淡々と準備作業が行われていく。

「それでは今から睡眠安定剤を注射します。意識が落ちたら脳波の同調を行います。その後はこちらのクリスが処置を行いますので、後の事は彼女の指示に従って下さい」


クリスとアンナの頭部に器具を取り付け、それぞれから伸びたコードをカバンから取り出した器具に接続する。脳波の同調を行う装置だ。


「それじゃあクリス準備はいい?」


椅子に腰掛けたクリスは小さく頷く。それぞれに注射を行い、深い眠りに落ちていく。マリアは互いの脳波を、その装置で調整を行い同調させていく。


「それではこれより記憶の消去を行います。次に目覚めた時にはあなたの忘れたい記憶は完全になくなっているでしょう」


再び部屋が静寂に包まれる。外は雨が降り始めていた。

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