夏の最終回

青ゐ秕

夏の最終回

春某日午後13時59分
目が覚める。
横では"同居人"がまだ眠っている。
幸せそうに寝てやがるな。
その顔に苛立ちとぼんやりとした幸福を覚えた。

しばらくTwitterを眺めて下らないニュースや幸せそうな知り合いの顔をみてどうしょうもない気持ちになった。


しばらくすると同居人が起きてきた。


おはよう

おはよう、今何時?

14:30くらいかな。

え、やばいやばい


なんで起こしてくれなかったの


彼女は誰に向けるでもなく文句を言いながら慌ただしく風呂場に飛び込んでいった。
僕もそろそろ準備しないとな。


リフレインの日々に辟易としていた。


彼女のいない日々を生きるのも悪くないと思った。



仕事を辞めた。


友人の何人かと連絡を取るのを止めた。


微睡むような毎日にさよならをしなければならないと思った。


その時の僕はといえば怠惰に日々を過ごしていて。



そんな仕事辞めちゃえば。


その彼女の言葉に全力で体重を預けた。


ひどい言葉で傷つけてることにさえ目を瞑って正しさには背を向けた。


何もかもが敵に見えいた。

ほんの少しだけ何もかもに放っておいてほしかった。



その時の僕は日々の辛さややるせなさに酔っていた。


荷物これだけ?
多分?何かあったら取りにくるよ。



そう、なんか見つけたら連絡するよ。

うん。

あ、これ鍵。

ああ、あぁ。そうだった。


そんな会話を最後に君と連絡取ることはなかった。


僕があげたピアスを意味もなく彼女が分からないところに置いたことは黙ってた。


3年前の春に僕らはここに住み始めて今日僕1人になった。


冬の寒さも和らいだ優しい季節だったのに今はひどく寒いように感じた。
思い返せば愛おしく淡い淡い日々だ。
それでも僕はそれを理解することができなかった。


しばらく1人で過ごして明瞭さを取り戻したかのように思えた日々も、しばらくすれば元に戻っていた。


気がつけば僕を罵るように熱い日が差し夏がきていた。


やけにうるさい冷蔵庫のファン。蝉の声。室外機の音。それらだけが部屋を満たしてた。



今も起きるとふと横を見て君がいないか確認してしまう。

繋いだままの汗ばんだ手や、エアコンを付けっぱなしにして頭が痛いという君の気怠そうな顔が毎日亡霊のように僕の頭をいっぱいにした。


習慣というのはなかなか抜けてくれないようで、
珈琲は多く入れてしまうしコンビニではついつい甘いものを買って行こうか、なんて思ってしまう。


なんか甘いもの買ってこうよ。アイスがいい?


コンビニに行くと必ず定型文のような君の台詞が頭をよぎる。


なんのとなく開いたLINE、去年の秋から更新されないアルバムではずっと変わらず君が微笑んでいた。


終わり方もわからないままのだらっとした日々はきっといつの間にか最終回を迎えていた。


興味のない映画を見るようなつまらない毎日。


僕らの最後にエンドロールは流れず終演の実感もないまま終わったみたいだ。


タバコに火をつける。

君はタバコが嫌いだったな。


この部屋で初めて吐いた煙がダンスのようにくるくると舞ってどこかへ消えていった。


きっと'僕'らの最終回は呆気なくも、こんなものなんだろう。

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夏の最終回 青ゐ秕 @blue_summer

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