一目惚れ
【第一章 一目惚れ】1-1
「生前!この方々は同族の手により裁かれている!そちらも、我々と同じように彼らに救いの手を差し伸べ、彼らの犯した罪を全て許すべきだ!」
天界の歴代最高神は言う、それを当時の魔王は鼻で笑い返した。
「罪を許す? はっ、笑わせるな。一度の死で何が得られる? それで悔いる罪人がいるとでも? 反吐が出るぞ。最高神」
天界と魔界は死んだ罪人をどう扱うか。と言った議論をいつまでも続けているようだった。それはいつまで経っても変わらないと。両者譲らない、譲れない。形は違えどどちらにもある人間への愛。ゆえに、このどうしようもない言い争いはいつまでも終止符が打たれないまま続くと皆、思っていた。だがそれにピリオドを打つような出来事が長い長い歴史の中で生まれた年のことであった。
穏やかな空に雲より高く浮かぶのは天界宮殿。天界の最高地の浮島に建てられて、最高神とその家来らが住まう宮殿。その宮殿の最上階に金色に輝く鐘がある場所で、雲一つない空を見上げている青年がいた。
柵もない縁ギリギリに座る彼は片足を外に出し、ぶらぶらと揺らす。白い肌に建物の蒼い影が差す。涼しげな風が頬をそっと撫でそのまま、ふっと耳元を滑っり、美しく白い髪が風の通り道を描き出す。そんな時間がゆっくりと流れ、風情に浸っていると背後に誰かの気配を感じた。
「ウィッド、やっぱりここにいたのね」
投げられたその声は呆れ、安堵、優しさが混じっていた。
ぱっと後ろを振り返るとそこには、黄金色の眼色と美しい身体のライン。
高い位置に縛った長く、白い髪。
身長の高さが印象的な彼の姉。『ダスティー・リット』がの姿があった。何故、自分を探していたのかと尋ねると彼女はどうやら父に自身を呼んでくるように言われたらしい。
「……嫌だよ。どうせ見合いの話だろ?」
むすっとふくれ、足をパタパタと上下させる。
「きっとそうでしょうね」
そっと彼の隣に腰掛ける。
「姉さん。俺はなんか違うと思うんだ」
「どういうこと?」
「お見合いの良さがわからない」
「まぁ、割と善い人が見つかるから……ね」
「姉さん。へ、変なこと言うけど運命の出会いみたいな感じがいいんだ」
と少し頬を染めていうと、ダスティーはぷっと吹き抱いた後に腹を抱えて大笑いし出した。
「ウィ、ウィッド。んふふ。そういう可愛いところがお姉さん大好きよ」
「姉さん!」
少し怒鳴る。それとは逆に笑う姉をどうすることもできずに見つめていると、笑いが収まり。
「……」
ダスティーは黙り、先程とは違う雰囲気が出る。ウィッドの目を見つめた後。ふっとはにかんで。
「ウィッド。貴方のしたいようにしなさい」
優しく、優しく。一語一句撫でるように、手渡しするように彼女は言った。風がゆっくりと二人の間を通り抜け、やわらかに髪をすいてさらう。どこまでも広がる全てを許すような透き通る水色を二人は眺める。そっと見守る太陽はまだ頭の上いる。
「……ありがとう。姉さん」
そう告げると揺らしていた足を引っ込めて立ち上がり、鐘の背後にある階段を降りて行った。その背中を見届けた後、再び空を眺め小さく鼻歌を歌う。髪留めの蝶がゆれ、日の光を反射する。小さなお気に入りのチェーンが付いた青色の砂時計をそっと耳から外すと、ひっくり返し、砂が落ちるのを見つめた。
玉座のあるホールに行くとブライダルは真っ直ぐこちらを見ていてウィッドが来るのを待っていたようだった。天使らはウィッドがくるなり、おしゃべりをやめてサッと道を開けた。「父上。」と軽く会釈をする。ブライダルもそれを返すと、挨拶もそこそこに「ウィッド、お前に紹介したいお嬢さんが……」と話を切り出す。
「嫌だ」
「そんなことを言うな、美しい娘であるし、性格も相性もいいと保証する」
「……どんなに美しくたって嫌だ。性格と相性がよくても、子供が産める完璧な体だったとしてもね。なんだか見合いって条件絞って、いい相手を見つけているけど、それ以外の酸っぱかったり甘かったり、苦かったりする経験って全部全部、ゼロになっちゃってると思う。わがまま言うけれど、俺はそれを味わいたい」
エゴを立て並べたにも関わらず、さらに彼は続けた。
「それと、俺は何度も言ってるよね。見合いは嫌だって。なんで持ってくるのさ」
「それは……」
と言葉を詰まらせたところに一人の大天使が一語一句はっきりとホールに響く声で言った。
「ウィッド様の幸せを最高神様はお望みだからです。」
ホールが静まる。少しの沈黙の後。
「だとしても、俺は今はそれを望んでない。……それでも、新しい出会いがあるからと俺に押し付けるのか? 今以上の幸せを俺は、望んでいなくても得なきゃ駄目なのか? 大天使アッシュ」
と言って睨んだ。アッシュはブライダルの隣にいつもいる秘書のような存在で何があったかは知らないがいつからかブライダルに絶対服従をしている。
「……なぜ私にお聴きになるのですか?」
口調と声色は穏やかだったが視線から冷ややかさが滲み出ている。あくまでも、ブライダル。主人の助言をしただけだといいたげな雰囲気だが、そっと睨むと。
「質問を質問で返すのか?」
冷淡にこちらは返す。そして低い声で囁くように続けた。
「会話に入ってきたんだ。いいから意見を聞かせろ」
アッシュは誰にもばれないような小さなため息を吐いた後。
「そちらが私の意見をお望みしたので言わせてもらいます。確かに必要としていないなら、仕方がないことかもしれません。ですが幸せというのはどれほどあってもいいものだと思いますよ。最初は嫌だと思っていても、案外良かったなと思える時がくるものです。その可能性を捨てるのは相手の方の気持ちも、最高神様の優しさも全て無にかえります。」
それを言った彼の視線はウィッドを凍てつかせるかのようだった。ブライダルのいうことは絶対、私の主人の言うことは絶対、彼が望んだことならば、彼の意見が変わらない限りアッシュは引く気はないようだった。
確かに。と少しでも思ってしまった、案外いいものかもと思ってしまった。だが、最初の意見を曲げる気はぜず、わざとらしくため息をついて。「わかった。」と言うと二人の顔色はたちまち明るくなった。アッシュは勝ち誇ったような笑みを口角にそっと露にし、ブライダルはウィッドをやっと納得させられたと誇ると同時にアッシュが自身を立ててくれたことに感謝する。
(……なんかに負けたみたいな感じがするな。 )
互いにこの瞬間の幸福を感じているのを尻目に、胸の奥の色が複雑に、乱雑に染まっていくのがわかった。話は終わったのだからくるりと背を向けてあの場所に行こうと歩き始めると、背後から「面談は明後日」という黄色に染まる声が耳を煩わしくさせた。そして再度あと場所へ帰ろうと思い足を運んだ。
帰ってくると姉の姿はなく、また最初のように、一人寂しく縁に腰掛け、足を外へ出す。
「明後日…かぁ。」
がっくりと肩を落とし、項垂れる。
(いや、別に女の子に会いたくない訳じゃないけどさ。俺としてのロマンが……もしかしたら気が合うかもしれないけどさ……それで仲良くなってくのも癪だなぁ。……あぁ、俺ってなんでこんな捻くれた恋心してるんだろうか。)
そっと顔を上げて空を眺めると、蒼と思っていた空はもう既に紅に染まっている。
「おいおい! お天道さんよ! 今日はやけに冷たいじゃないか! 」
いつも通り沈む夕日にそう叫び、顔をぷいっと背け頬を膨らます。
「にしても……あんなに喜ぶものなのか? 」
先程のブライダルの喜びようを思い出す。そりゃそうか。と思った、ずっと思い続けていたことがやっと叶ったんだから。そりゃぁ喜ぶよな。
これからの不満を募らせていた時。突然、大きな謎の揺れが宮殿を襲った。
「うわっ! なっんだ。これっ⁈ 」
揺れは収まることなくさらに大きくなり、そして──彼は逃げようと立ち上がったものの足を滑らせ、そのまま落下する。突然のことで彼は浮遊できることを忘れ、呆然とする。何もかもがゆっくりと動く。自身の長く白い髪が上へ靡いて、先程顔を背けた夕日が美しく光って、あの黄金色の鐘が三回なる。何個かの浮島とすれ違う度に呆然とした感覚から、段々と恐怖が湧き出てきた。
(……やばっやばい、やばい、やばいやばいやばい! このままじゃ落ち、落ち。落ち…る? 俺が? そういや俺て飛べ……)
やっとのことでそのことを思い出した途端。後頭部のみに強い衝撃と鈍い痛みを感じた後。意識が途切れた。
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