1-2


「……だい……ぶか?」

 誰かに呼ばれる声で意識が繋がる。全身がとにかく痛く、さらには体のあちらこちらが濡れているような感覚がし、すきはごく寒い。状況が知りたいという意欲が勝ち。痛みに耐えながらゆっくりと瞼を開ける。

「……。」

 音も景色も徐々に鮮明になる。どうやら誰かが覆いかぶさっているということがわかった。さらに、目を凝らして見て見ると、黒い肌と三つ編みの長い髪が肩から垂れていて、分けられた前髪が少しかかってはいるものの、鮮やかな緑の眼がウィッドが目覚めたのに驚いてきゅと、瞳孔を小さくしていた。

 そんなものが彼にとっては、とても、とても、とても–––––––

「……綺麗だ、な。」

 瀕死になのにも関わらずそう思えた。いや、むしろ瀕死だからこそそう思ったのかもしれない。神と言えど皮肉にも完全なる不死ではなく、稀に死亡することがある。

「幻想を見始めたか、やばいな。」

 だがそんな言葉も虚しく、何か変なものを見ていると勘違いされたようで、言い終わると隣でボッという音と共に熱を感じた。痛む首を少し動かして横を観る。魔法を使い炎を作り出していた。赤く燃える炎から出た淡い光が長く細い手の滑らかさを表す。その炎を薪に移す。

「まさか、天界から落ちてきちゃうなんてな……にしても災難だな、お前。なんせこの洞窟の冷泉れいぜいとかいうクッソ寒い水の中に落ちてくるに加えて、この僕と一緒なんだからな……取り敢えず濡れてるといけないから脱がすぞ。」

「え? ええ? あの、俺。状況についていけないんですが」

「……少しは周り見てみたら?」

 そう言われて見れば、色々なものに気を取られていたせいでここが何処なのかちゃんと確認しておらず、言われた瞬間はっとした。

 さっと見回すと、天井が空いた洞窟に落ちたようで、さらにそこには泉があり、その水面が天井に反射し、ゆらゆらと揺れて光っている。どうりで寒いし濡れているわけだ。三つ編みの彼により着々と服が脱がされてゆく。

「……」

 途中まで順調に服を脱がしていた手がぴたりと止まる。視線の先を辿るとどうやら股間を見ているようだった。少しして、三つ編みの彼が自分の着ているローブに手をかけた。一度握りしめたかと思うと引っ張らず、気怠そうに顔を曇らせ、そしてそれを脱ぐ。それをウィッドの下半身に乗せると、勢いでそのまま彼の下の服を剥ぎ取った。剥ぎ取られた衝撃で変な声が漏れる。

「いやぁん!」

 その声は甲高いもので、洞窟いっぱいに広がった。すると三つ編みの彼はとても不快だった様で、額に皺を作り。

「変なを声出すな。しばらくそれで我慢しろ、変態バカ」

 掛けられたローブに視線を置く。ローブの表地は光沢する黒で、裏地は鮮やかな赤色。それは見るからに高級なもので肌触がとても良く、さらに彼の匂いがかすかに香る。

 顔を上げてみると、彼はウィッドに背を向けながら、どうにかしてあのびしょびしょの衣服を焚き火で乾かそうと試みているようだった。その背中方からじっと伝わってくる微弱な熱と氷のような冷たい地面、それぞれが体の中に伝わってきて這いずり合う。

「なぁ」

 彼と何か話したい。だが話題が見つからず、どう出ようか考えていたら相手の方から声をかけられた。こちらに背を向け、焚き火に服を一生懸命当てながら。

「お前てさ、天界の奴だよな?」

「……そうだよ?」

「うん。わかってたわ。わかってた……」

 そう言葉を繰り返すと、彼はため息をついた。

「……こんな白い服着てるやつ魔界にはいないもんなぁ。」

 力なく笑いながら淡く光る炎に照らされた透き通る様な衣を眺めた。「魔界」と言う言葉を聞いた瞬間ら胸が縮み上がった。先程までぼんやりと場所を確認しただけでここが天界か魔界なのかなど全くもって考えておらず、はっきりと魔界と言われ驚いた。

「ここ、魔界……なのか?」

 再度聞くと三つ編みの彼は服と睨めっこをするのをやめてこちらを見て。

「そうだよ」

「うそぉん」

「ほんとぉん」

 またもや変な声を出したウィッドに対し似たような声で「本当」と返す、が無表情であった。言い終わると、向き直り先ほどと同じように白い衣を炎に当てて乾かしながら彼は続ける。

「僕も嘘だと思いたいよ。なんせお前が落ちてきたせいで天界に通じる門、「魔門」ところまで送り届けなきゃいけないし。もしかも誰にもお前が天界の者だってことがバレずに……」

 深いため息をつくとウィッドは何がそんなに面倒なのか分からず、

「そんなにめんどくさいのかよ。瞬間移動とか使うだけじゃん。」

 と言った。その方が移動は便利だし、そんなにめんどくさがる必要もないだろう? というつもりでそう言った。だが、次の瞬間あの緑色目がぎろりと睨んできた。それは何が触れられたくないようなものに触れたことを言わずも語っていた。ウィッドはそれが少しも分からず。ただまた何か癪に触り、機嫌を損ねたのだと思い。少し動揺しながら「どうかしたのか?」訪ねた。すると三つ編みの彼は。

「…っ………」

 すごく小さい声で何かを呟いたようだったが、彼の耳は拾えず。

「ごめん、もう一回言って?」

 その瞬間、彼の顔面に赤く眩しいものがぶつかった。炎。熱いようにそれは思えたがそうではなく。少し強めの風が拭いた程度の衝撃で、なにがなんだか分からずただ固まるウィッドに。

「……なんでもない」

 そう言って彼はウィッドから視線を逸らした。その横顔は変わらず美しくウィッドの瞳に映るのだが、少しの違和感を覚えた。衣を乾かし終えるとウィッドに手渡しする。その時、彼の表情を伺ったが違和感はすでに消えていた。

(気のせい?だったかなぁ)

 三つ編みの彼は後ろを向くと、見てないから早くして。と言って先程の場所に座った。着替えながら思ったことが一つ。

(そういや、名前聞いてないな)

 そう、先程まで色々とあったせいで名を名乗るのも聴くのも忘れていた。さっさと着替えてしまうと、ローブを彼に渡して礼を言った後。彼の隣にゆったりと腰を下ろして。

「俺、助けてもらったのに名乗ってなかったな!」

「別に名乗らなくても、僕は変態バカて呼ぶけど」

 といって気だるそうにこちらを見る。ウィッドは思わず。

「なんでさぁ! 俺はバカなんかじゃないよ?」

「変態は否定しないんだ」

「別にみんな何かの変態なんだからそこは認めなくてもいいかと」

「……」

 出会って早々もう呆れているようで黙ってこちらに視線だけで名乗るなら早くしろ、と圧をかける。

「あぁ! 悪かったて! ちゃんと名乗るよ。俺はウィッド。「ウィッド・リット」だ」 

「へぇ、僕はグロウリィー「グロウリィー・マーク」」

「へー、グロウリィーかぁ。凄くいい名前じゃないか!」

「……どうも」

 そうやって名を褒めるとそっけない返事をしたかと思ったが、グロウリィーは頬を微かに紅く染めていた。照れている彼をみて口角を微かに上げ。

「あら、あらら。どうしたの? 顔赤いよ?」

 と言って顔を少し近づけた。悪戯に揶揄っている様に思える口調と表情だったが、どこか色気を感じされるものがあった。

「医者に目を見てもらったら?」

 眉を顰めると同時にウィッドの額を指で弾く。

「いっ! もう、恥ずかしがり屋なんだから……うわっ」

 グロウリィーに弾かれた箇所を両手で抑えて不満そうな声を出していると顔面に今度はローブが投げつけられた。立ち上がったグロウリィーは尻についた砂を払って。

「お前はマジで目立つからそれ着て、フードも被って」

「しょ、承知しました」

(え? いいの? あんだけ変態バカとか罵ってきたのに? これ着ちゃっていいの?)

 少々困惑しながらもローブを着るとフードを被った。その時、ふわっと香ったのはやはり、花の様に少し強い甘い匂い。グロウリィー、彼の匂いだとわかった。匂いはずっと嗅いでいると慣れる。だが、これは慣れると惜しく、ずっと嗅いでいたい。そんな中毒性のあるような香りだった。

 ローブを着たことを彼は確認すると。

「行くよ」

 と言って出口だと思われる方に歩いて行く。グロウリィーの踏んだ水溜りの水音が湿った洞窟で微かにこだまする。進むその背中を優しく見つめながらウィッドもまたゆったりと地を踏む。焚き火は消したのかと心配になり振り返ると、それはもう既に消えていて、ただ煙がが細く上に登っているだけだった。それを見て安堵する。足音が止まったことに気づいたのか、振り返ってこちらを見た彼は、不満そうに。

「何やってるの? 早くして」

と言う。ぱっと振り向くと、そのまま笑顔でグロウリィーに駆け寄り、並んで歩く。後ろで手を組んで彼と並んで歩けるのが嬉しいのか、さらににこにこと微笑む。

「何がそんなに嬉しいんだか……」

 そう言ってこちらを見る彼に。

「変態バカの考えることだから分からないでしょ?」

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