第47話 剣
「ふむ。大口をたたくだけあって」
ラクレウスは濁った眼を細めた。
「確かに、人にしては良い剣を使う」
ラクレウスは、そう言いながら再び前に出た。
無造作に間合いを踏み越え、横殴りに一撃を振るう。
唸りを上げるその豪剣を、ユリウスの剣が受け流した。
間髪入れずに強烈な二撃目、三撃目がラクレウスの腕から放たれるが、ユリウスの剣はそれを全て防ぐ。
「ほう、よくよける」
ラクレウスの四撃目は大上段からの一撃だった。電光のような攻撃を、ユリウスはきれいに受け流した。
だが今度は受け流すだけではなかった。
半歩踏み込んで押し返すと、体勢を崩したラクレウスに、ユリウスは目の覚めるような一撃を打ち込んだ。
とっさに剣を合わせたものの、かわしきれずにラクレウスの右の肩から血が舞った。
青い血。
魔人の血であった。
畳みかけるように踏み込んだユリウスの追撃を、ラクレウスは許さなかった。
攻撃を諦め、受けると決めてしまえば、その防御は堅牢だった。ラクレウスの鉄壁の受けの前に、さしものユリウスも付け入る隙が見付からなかった。
虚しい金属音が数度響いたのち、二人はどちらからともなく身を退いた。
「確かに」
ラクレウスは笑みを浮かべたまま、静かに言った。
「貴公の剣は、私を上回っているようだ。まだこの身体との順化が終わっていないことの証左かもしれぬ」
そう言って、右の肩から流れる血を、舌を伸ばしてべろりと舐める。
「言ったであろう、魔騎士よ」
ユリウスは答える。
「貴様の剣は、ラクレウス殿の剣には遠く及ばぬと」
「ラクレウスには遠く及ばぬ、か」
ラクレウスは低く笑った。
「何を恐れている、ユリウス」
「なに」
意外な言葉にユリウスが目を見張るのと、二人の会話にリランが割って入るのは同時だった。
「聞くな、ユリウス」
ユリウスの背後で、リランは噛み付くように言った。
「どうせろくなことは言わん」
「ユリウスよ」
リランの妨害にも頓着せず、ラクレウスはユリウスから目を離さなかった。
「さっきから、貴様はラクレウスではない、貴様の剣はラクレウスに劣る、と必死に私とラクレウスを切り離したがっているようだが」
その顔に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「私は紛れもなくラクレウスだ。白と黒とが裏返っただけの、同じ絵画のようなもの」
「黙れ」
ユリウスは遮った。
「何を言うかと思えば。くだらぬ」
「ならば問うてみるがいい。貴公の愛するカタリーナのことを、何でも」
ラクレウスがその名を口にすると、ユリウスの顔は強張った。
「全て教えて進ぜよう」
ラクレウスは嘲るように言った。
「幼き頃より今に至るまでの、あらゆることをな」
「記憶があるからといって」
声を上げたのはコキアスだった。
「それで貴様がラクレウス殿と同一であるという理由にはならぬ」
「コキアス」
ラクレウスは呆れたような声を出した。
「汝にはいつも教えていたはずだ。騎士たる者、余計な雑念に流されずに敵の真の姿を見定めよ、と」
「な」
コキアスは絶句した。それは確かにコキアスがラクレウスから受けた教えなのだろう。青ざめた顔で唇を噛む。
「私のその言葉を、汝が大事にしていたことも知っておるよ。ゆえに、今こそ言おう」
ラクレウスは冷たい目でコキアスを見た。
「雑念を払い冷徹な目で私を見よ、コキアス。そうすれば分かるはずだ。私はラクレウスそのものであると」
「黙れ」
コキアスは首を振った。
だが、その声には力がなかった。
「誰が何と言おうと、私はラクレウスだ」
ラクレウスはユリウスに向かって両腕を広げてみせた。
「私を斬るのが怖いか、ユリウス。カタリーナの兄を斬らねばならぬことがそんなにも怖いのか」
その口元に皮肉な笑みが浮かぶ。
「この男はラクレウスではない、これはカタリーナの兄ではないと、必死に言い聞かせながら剣を振るわねばならぬほどに」
「聞くな、ユリウス!」
「大丈夫だ、リラン」
リランの声にユリウスは頷く。
「魔人の声に耳を傾けるのが我が流儀。だがこの戦いは問答無用と決めていた」
「ははは」
ラクレウスは嗤う。
「涙ぐましいな。いや、人とは皆、涙ぐましいものか」
「いざ」
ユリウスは踏み込んだ。
強烈な一撃を、ラクレウスが受け止める。
ユリウスは止まらなかった。そのまま流れるように斬撃を連ねる。
「防御に徹すれば」
ユリウスの剣を受けながら、ラクレウスは言った。
「貴公の剣とて、受けることは容易い」
その言葉通り、再び虚しく剣と剣のぶつかり合う音が響き続けていた。
何度打ち込んでも、ユリウスの剣はラクレウスの身体には届かない。
それでも、ユリウスは剣を振るい続けた。ラクレウスは時に笑顔さえ見せながらその剣を受ける。
やがて、息を切らし始めたのはユリウス一人であった。
魔人と化したラクレウスには無尽蔵の体力があった。何太刀切り結ぼうとも、まるで疲れるということを知らなかった。翻って、ユリウスにはやはり人としての限界があった。
「ぐうっ」
もう何十回目になるか分からない斬撃の後、ついにユリウスの身体がふらりと流れた。
そして、それを見逃すラクレウスではなかった。
「人よな」
嗤いながら、ラクレウスは踏み込んだ。
天から降り落とすような、電光石火の一撃。
「貴公の敗因は人であること」
ラクレウスの地を割くような一撃が、文字通り大地に食い込んだ。
だが、ユリウスの血はそこに舞わなかった。
「なっ」
ラクレウスが目を剥く。
ユリウスはまるでその一撃を読んでいたかのように身をかわしていた。
「防御に徹すれば、だと?」
ユリウスはそのまま素早くラクレウスに身体を寄せた。攻撃をかわされて隙だらけのラクレウスの胸を、ユリウスの愛剣が深く切り裂いた。
「ならば徹させなければよい」
「ユリウス、貴公」
ラクレウスは青い血の噴き出す胸を押さえながら、後ずさった。
「私をたばかったのか」
「騎士を見くびるな、魔騎士よ」
ユリウスの突き出した剣を、ラクレウスは必死の形相で受ける。
ユリウスの剣には、最初とまるで変わらぬ力がこもっていた。
「このユリウス、たとえ百回振ろうが千回振ろうが、剣で身体が泳ぐことなどありはしない」
それは、日々積み重ねた鍛錬から来る己への絶対の自信。
「おのれ」
ラクレウスは呻いた。
「ぬかったわ」
ユリウスの追撃を、どうにか凌いで距離を取る。
剣を構えたものの、胸からの出血は夥しかった。
「認めよう」
ラクレウスは低い声で言った。
「剣の腕は、貴公の方が上だ」
「だから言ったであろう。貴様はラクレウス殿ではないと」
ユリウスは答える。その顎から、流れるような汗が滴った。
「ラクレウス殿であれば、決して私を見くびりはしない」
「貴公は強い」
神妙な顔で、ラクレウスは言った。
「さすがはナーセリ第一の騎士。その名に違わぬ強さよ」
そう言うと、ラクレウスはその顔に再び邪悪な笑みを浮かべる。
「ゆえに、私はこれを使うぞ」
ぐい、と突き出した魔騎士の左腕に、真っ赤な目が瞬いた。
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