第24話 合流

 先にドルメラに着いたのは、ユリウスの方であった。

 ラクレウスたちの組はまだ到着していなかった。

 廃墟同然の抜け殻となった街で、ユリウスはわずかに残って留守を守っていた領主の兵たちに会った。

「領主さまから、騎士様ご到着の際は魔人の元まで案内するよう、申し付かっております」

 兵たちの隊長は言った。

「騎士様は、まさかお一人で?」

「いや」

 ユリウスは首を振った。

「別に三人、来る予定だ。彼らを待つ」

「それは、いつ頃に」

 隊長の顔には不安と焦りが浮かんでいた。

 無理もない。本当は、彼らとて今すぐにでもこの街から逃げ出したいというのが本音だろう。

 なにせ、すぐそこに四体の魔人がいるのだ。

 それらに同時に襲われたら、騎士であるユリウスと言えども、ひとたまりもなかった。

「じきに着くであろう」

 ユリウスは答えた。

「シエラの英雄、ラクレウス殿が向かっているのだ。聞いておらぬか」

「ラクレウスさまが」

 兵士たちの間にどよめきが広がった。

 その武名の威力は、やはりシエラ国内では絶大だった。

「そうですか、ラクレウスさまが」

 隊長もようやく表情をわずかに緩めた。

「ありがたい知らせです」

 ユリウスがそのラクレウスを一敗地に塗れさせた騎士であることなど、彼らは知らないのであろう。その変化にユリウスは微笑んだ。

「初耳であったか」

「ええ」

 隊長は頷く。

「魔人の出現で、郵便も止まってしまいましたゆえ。領主さまからは、とにかく騎士様の到着を待つようにとの命を受けて、今日まで堪えてまいりましたが」

 そう言って、背後に控える兵たちを振り返る。

「やはり、脱走者が相次ぎました。命あっての物種ですからな。彼らを責めることもできません」

「そうか。それでは、ここに残ったのは勇敢な精鋭たちか」

 ユリウスはそう言って兵たちの顔を見まわした。

 皆、毎日の緊張にやつれた顔をしていたが、それでもユリウスの言葉に誇らしげに胸を反らした。

「さすが、シエラは尚武の国よ。感服いたした」

 他国の騎士の賞賛の言葉に、彼らは少年のように頬を紅潮させた。

 私の言葉一つで、彼らが少しでも報われた気持ちになってくれれば、誇りに思ってくれれば、それで良い。

 ユリウスは思った。

 彼らには、賞賛を受ける権利がある。

 兵士だろうと住民だろうと、持ち得る命は一つしかないのだから。

 領主は、不在か。

 ユリウスはラーシャの顔を思い出した。

 リランに避難を勧められても、館に留まり続けたラーシャ。

 それは、領主としての矜持からの行動であると考えていたが。

 ユリウスは別れ際の二人の様子を思い起こした。

 やはり、リランがいたことも大きかったのかもしれぬ。

 ユリウスは自分が慣れぬ手紙を今でも書き続けていることを思い出し、苦笑する。

 愛の力とは、偉大なものだな。



 ラクレウスが到着したのは、翌日の昼過ぎのことだった。

「ユリウス殿」

 相変わらずの元気な声で、馬上から手を振るラクレウスを、ユリウスは笑顔で出迎え、それから後続の騎士がいないことに気付き、顔を曇らせた。

「ラクレウス殿。貴公もお一人か」

「すまぬ。シエラのお二方は、ここに来る途中の魔人との戦いで負傷してしまった。急を要することゆえ、私だけが先行してきた」

 ラクレウスは馬から下りるなり、そう謝罪したが、ユリウスの微妙な表情を見て、まさか、と言う。

「ユリウス殿。貴公の方も」

「ロサム殿がひどく負傷してな。コキアス殿も手傷を負ってしまったゆえ、前の村に戻ってもらった」

「なんと」

 ラクレウスは苦笑した。

「それでは、もしかして我ら二人だけか」

「そのようだ」

 二人は顔を見合わせて、しばらくお互いが口を開くのを待った。

 やがて、先に口を開いたのはラクレウスの方だった。

「二人でも、構わぬか」

「構わぬ」

 ユリウスは答えた。

「貴公と二人で勝てぬなら、三人でも四人でも勝てはせぬ」

 それは嘘だった。

 騎士の頭数など、多ければ多い方がいいに決まっている。

 だが、あえてユリウスはそう言った。

「私もそう言おうと思っていた」

 ラクレウスは微笑んだ。

「貴公と二人であれば、負ける気はせぬ」

「では、やるか」

「うむ」

 そこへ、兵士たちが駆けつけてきた。

「もしかして、あなた様は」

 先頭に立つ隊長が声を上擦らせる。

「おう、待たせたな。皆の衆」

 ラクレウスは快活に手を挙げてそれに答えた。

「シエラ第一の騎士ラクレウス・ダンタリアである。私が来たからには魔人など何体いようがものの数ではない。安心するがよい」

「ラクレウスさまだ」

「本物だ」

 兵士たちの歓喜の声に包まれて、ラクレウスは力強く頷いた。その姿には、不安な素振りなど微塵もなかった。



「四人まとめて相手せぬことが肝要だ。そうすれば、勝算は十分にある」

 その夜。

 出発を翌朝と定め、短い打合せをした後で、ラクレウスはそう言った。

「我ら二人ならば、相手が三人だろうと何とかなる。しかし、ブラッドベルはだめだ」

 その名を口にするとき、ラクレウスの表情にはちらりと苦いものがよぎる。

「騎士の戦いを熟知している。他の魔人と一緒に戦うことはできぬ」

「確かに、危険すぎるな」

 頷いたユリウスを、ラクレウスが探るように見る。

「ユリウス殿。貴公、魔人になった騎士と戦った経験は」

「二度」

 ユリウスは答えた。

「一人は手練れのベテラン騎士、もう一人は経験の浅い若手だった」

 その時のことは、今でもあまり思い出したくはない。だが、時間の経過とともに角が取れた記憶を、ユリウスはそっと取り出す。

「剣の腕の差こそあれ、どちらも恐るべき強敵だった。そして何よりも、倒した時の虚無感」

 ユリウスは首を振った。

「己が騎士であることを恨んだのは、彼らを倒した時だけだ」

「そうか」

 ラクレウスは静かに頷くと、息を吐いた。

「私は一度だけだ。それも駆け出しの頃に仲間と共同で戦ったことがあるきりなのだ」

 意外な言葉に、ユリウスはラクレウスを見た。

「貴公は私よりも経験があるとばかり思っていた」

 エセルシアを出発するときの自信たっぷりな物言い。ドルメラの守備兵たちを前にした、不安など微塵も感じさせない堂々とした態度。

 ユリウスはそれを、若干の嫉妬混じりに頼もしく思っていたのだが。

「私はこう見えても、シエラ第一の騎士などと呼ばれているゆえ」

 ラクレウスは言った。

「弱音も不安も、吐ける相手はおらぬのだ」

 そうか。

 ようやくユリウスは理解する。

 ユリウスにはアーガやリランといった頼れる仲間がいた。

 だが、シエラでのラクレウスは、一人抜きんでた力を持っている。

 それゆえ、ラクレウスが仲間を頼ることはできないのだ。

「他国の貴公の前でこのようなことを言うことを許されよ」

 ラクレウスは恥ずかしそうに笑う。

「正直、不安なのだ。魔人と化したブラッドベルと相まみえるのが」

「見知ったもの同士で剣を交えるのは、何よりも辛いものだ」

 ユリウスは答えた。

「騎士ブラッドベルとの勝負、私が受け持とうか」

「いや」

 ラクレウスは首を振る。

「それはさせられぬ。シエラの騎士の始末は、シエラの騎士が」

 そう言った後で、付け加えた。

「だがブラッドベルを前にして剣が鈍らんとも限らぬ。私が敗れたら、ユリウス殿。どうか貴公にお頼みしたい」

「貴公の騎士としての誇りを傷つけるつもりはない」

 ユリウスは静かに言った。

「だが、私は戦場で仲間を見殺しにするつもりもない。戦いはお任せするが、それは承知しておられよ」

 その言葉に、ラクレウスは頷いた。



 深夜のことだった。

 鐘楼の鐘が何度も打ち鳴らされ、ユリウスは跳ね起きた。

 闇の中で鎧をまとい、剣を引っ掴んで館の外に出ると、守備兵たちが騒いでいた。

 ついに来やがった、もうだめだ、などという悲痛な叫びが聞こえる。

「どうした」

 ユリウスが叫ぶと、兵士の中の誰かが叫び返す。

「魔人が、下りてきました」

「なに」

 ユリウスは目を見張る。

 闇の中に目を凝らすが、まだそれらしいものは見えない。

「どこだ」

「まだ、どこまで来たかは」

 兵士の声が曖昧に途切れる。

 闇の中での混乱。まずいな。

 ユリウスが舌打ちして口を開きかけた時だった。

「向こうから下りてきたか」

 ユリウスの背後で声がした。声の主は、ラクレウスだった。

「こちらから探しに行く手間が省けたというもの」

「ラクレウス殿。ここでやるのか」

 ユリウスの問いに、ラクレウスは頷く。

「ユリウス殿。貴公は大丈夫か」

「時と場所は選ばぬ」

「さすがだ」

 ラクレウスは微笑んだ。その表情にはすでに迷いはなかった。

 シエラ第一の騎士はユリウスの前に進み出ると、慌てふためく兵士たちに向かって声を張り上げた。

「慌てるな。恐れるな」

 叫ぶラクレウスの横顔を、篝火の明かりが照らす。

「私が誰であるか知っていよう。シエラ第一の騎士ラクレウスがここにいるぞ」

 ラクレウスの言葉は夜の闇の中に響き渡った。兵士たちの動揺が収まっていく。

 ラクレウスの、騎士としての責任を背負った背中を、ユリウスは惚れ惚れと眺めた。

 騎士たる者、かくあるべし。

「明かりを」

 ラクレウスは兵たちに命じた。

「ありったけの明かりをここに。魔人どもとの戦いは、騎士ラクレウスと騎士ユリウスが引き受ける」




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