第20話 旅立ち
旅立ちの日。
旅装を整えたユリウスは、長い逗留ですっかり暮らし慣れてしまった館を出た。
リランとラーシャが並んで彼の見送りに立つ。
「気を付けて行けよ、ユリウス」
リランが言った。
「次の魔人が強そうなら、遠慮するな。俺を呼べ」
その言葉にユリウスは苦笑する。
リランはつい先日、ようやくベッドから起きて歩くことができるようになったばかりだった。
だが、それでもユリウスが本当に助けを呼べば、リランはそれに応えて駆けつけてくれるのだろう。盛大に文句は言うに違いないが。
リランとは、そういう男だ。
だが、それをしてはならないこともユリウスは知っていた。
「貴公には、この街とラーシャ殿を守るという尊い使命があろう」
ユリウスは答えた。
「アーガの話では、テンバーあたりもずいぶん腕を上げたと聞く。他の街の魔人はこちらに任せておけ」
「む」
若手の騎士の名を出されて、リランは眉を上げた。
「テンバーが、か」
「うむ。テンバーだけではない。ゴーシュやハードも魔人を何体も討ったそうだ。気を抜けば、私も抜かれてしまう」
ユリウスはそう言って微笑む。
「いざとなれば、彼らを呼ぶ。貴公は安心して養生に専念すればよい」
「そうか。頼もしいことだな」
リランは頷いた。だが、その顔に少し寂しげな表情がよぎる。
「分かってはいたつもりだったが」
リランは言った。
「一線を退くというのは、こういうことか。貴公の言葉で実感したよ」
「リラン」
騎士を下りる。
ユリウスにそう漏らしたリランだったが、身体が回復して、ようやくその実感が訪れたのだろう。
騎士ならば、休む間もなく討伐の命を受けることよりも、仲間の危機に頼られないことの方がよほど辛い。
仲間と肩を並べて戦うことができぬ。
一線で戦い続けてきたリランほどの騎士ともなれば、その寂しさはいかばかりか。
ユリウスにも彼の気持ちは分かった。
「退いたわけではなかろう」
ユリウスは穏やかに言った。
「身体の向きを少し変えただけだ。これから始まるのは、もしかしたら魔人などよりもよほど困難な相手との戦いかもしれぬ」
リランが王に手紙を書いたことはユリウスも聞いていた。王からの返答はまだないという。
英邁な王のことだ。リランを悪いようにはされないだろうが、それでもこれからリランに待ち構えているのは、剣一本で切り抜けられる単純な戦いではない。
「だが、魔人との戦いにおいて、貴公はいかなる時も一歩も退いたことはなかった。誇り高き騎士リランの戦いは、これからも続くのだ」
ユリウスは言った。
「リラン。貴公の健闘を祈る」
「ああ」
リランは頷いた。いつもの豪快な笑顔が戻っていた。
リランはゆっくりとユリウスに歩み寄る。
まだ傷が痛むようで、微かに顔をしかめながら、それでもユリウスの肩を叩く強さは剛健な騎士のものだった。
「達者でな、ユリウス」
リランは言った。
「励め。剣も、それから手紙もだ」
「む」
今度はユリウスが眉を上げる番だった。リランは大きな声で笑う。
「毎晩遅くまで部屋で手紙を書いていたと聞くぞ。大したものよ」
「それは、今はよい」
ユリウスは咳払いして、それからラーシャに向き直った。
「ラーシャ殿。騎士ユリウス、次の地へ参ります」
そう言うと、美しい女領主に礼をする。
「魔人を討った後まで長々と逗留させていただき、大変お世話になりました」
「何をおっしゃいますやら」
ラーシャは微笑んで首を振る。
「命を懸けて街を救ってくださった騎士様に対して、何のおもてなしもできず……こちらこそ、心苦しゅうございます」
「もてなしは十二分にいただきました」
ユリウスは答えた。
「ラーシャ殿。どうか、リランのことをお願いいたします。剛毅に見えますが、意外に繊細なところもある男でございますゆえ」
「ユリウス」
ユリウスの言葉にいつもは気丈なラーシャが顔を赤らめ、リランが顔をしかめて声を上げた。
「貴公、余計なことを言うな」
「仕返しだ」
ユリウスはいたずらっぽく笑う。
「では、ここで」
ユリウスは一礼すると、身を翻した。すっかり親しくなった下男が牽いてきた愛馬にひらりと跨る。
「ユリウスさま。お預かりしたお手紙は出しておきました」
下男が言った。
それは、ユリウスが昨日までかかって一生懸命に書き上げたカタリーナ宛ての手紙だった。妹のルイサが外国郵便用の印紙も同封してくれていたので、実家を経由せずに出すことができた。これでカタリーナのもとに届くのが多少は早くなるだろう。
「うむ。助かる」
ユリウスは感謝を込めて下男の肩を叩くと、馬首を返した。
「また、いつか」
最後にそう言い残す。
次の魔人の待つ街へ。
愛馬が軽快に走り始めた。
手を振るラーシャとリランの姿が徐々に小さくなっていく。
街では、ユリウスが出発することを耳にした人々が見送りに出ていた。その中には、ユリウスに果実をくれたあの少年と少女の姿もあった。
「騎士様」
少年が声を張り上げた。
「ありがとう。僕も騎士になるから、王都で待っていてください」
「私もなる。王都に行く」
「ああ。待っていよう」
ユリウスは二人に微笑み返す。愛馬は街を軽やかに駆け抜けていく。
こうしてユリウスは、次の戦いの地へ向けて旅立ったのだった。
冬が過ぎ、春が来た。
ユリウスは断続的に現れる魔人との戦いの旅を続けていた。
その間もカタリーナとの文通は順調に続き、お互いの手紙のやり取りはもう五回を数えていた。
回数を重ねるごとにユリウスはカタリーナのことを知り、それでももっと彼女のことを知りたくなった。
手紙を読めば読むほど、書けば書くほど、彼女に対する思いは募っていった。
そして、おそらくカタリーナも同じ気持ちであるということが、ユリウスにも分かった。
そんなとき、ユリウスに王都から召集命令の手紙が届いた。
隣国シエラとの国境付近に魔人が複数現れたため、シエラの騎士と共同で討伐を行うことになったというのだ。
そして、ユリウスはナーセリ側の派遣する騎士の一人に選ばれていた。
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