騎士ユリウスの文通
やまだのぼる
第1話 騎士ユリウス
騎士ユリウスは武骨一辺倒、職務に必要な最低限の文書の記述でさえ面倒に思う性質であった。
そんな男が自らの意思で筆を執ったのは、忠誠を誓う王のためではない。
それは、隣国シエラの麗しきカタリーナ嬢に手紙を書くためであった。
武勇の国ナーセリでも三本の指に入る剛勇と謳われた騎士ユリウスが、カタリーナ嬢と出会ったのは、ナーセリの隣国で同じく尚武の国として名高いシエラの宮廷でのことだった。
かつては激しく争った歴史を持つ両国であったが、ここ数十年は比較的穏やかな友好関係を保っていた。
そしてその友好関係の象徴ともいえるのが、二年に一度、両国の王が交互に開催をする武術大会である。
両国の選りすぐられた騎士たちが参加するこの大会は、他国からも雲霞の如く見物客が押し寄せるほどの世界的な行事となっていた。
きらびやかな騎士たちが華々しく一騎打ちをするさまに国民たちは熱狂したし、それが模擬戦争として相手の国への不満を解消する役目をうまく果たしていた。
優勝した騎士には最高の栄誉が授けられ、国の英雄としての地位も約束されていた。
その年の武術大会は、シエラでの開催の順番となっていた。ナーセリ王は自国の誇りをかけて麾下の武勇に優れた騎士十五人をシエラに送り込んだ。
その中に、ユリウスも選ばれていた。
無論、シエラに赴くのは選手である十五人の騎士だけではない。
随行の者も多くいたし、大会観戦をするために同行する紳士淑女も多かった。
だから、ナーセリからの訪問団は大掛かりなものとなった。
訪問団がシエラの王都に入ると、二年に一度の武術大会であり、その国に住む者たちにとっては四年に一度しか見ることのできないきらびやかな祭典の始まりに、街全体が華やかな興奮に包まれた。
騎士たちは、まるで一人一人が神話の英雄のように名前を連呼され、拍手と歓声を浴びて歓迎された。
トーナメント方式の武術大会の、濃密な五日間の行程が、シエラ第一の騎士ラクレウスの優勝で締めくくられた夜、シエラの宮廷では盛大な晩餐会が催された。
競技に出場した騎士たちも勢ぞろいし、華やかに着飾った両国の貴族の令嬢たちも多く出席するこの晩餐会は、毎回多くの男女の出逢いを生み出すことでも知られていた。
過去には、武術大会後の晩餐会で一緒に踊ったことが縁で結婚した騎士も、枚挙に暇がないほどであった。
ユリウスも、この華やかなパーティに当然参加をしていた。
だが、着慣れない礼服に身を包んだ彼は、終始不機嫌な表情を崩さなかった。
武骨一辺倒の彼は、こういった席自体が好きではないということもある。
元々は自国の辺境を転々と、瘴気の沼から現れる魔人たちとの戦いに明け暮れていた男だ。宴席での儀礼も、女性を楽しませる話術も、優雅なダンスのステップも、彼は持ち合わせていなかった。
だが、それでも普段の彼であれば、時と場所を弁え、最低限の愛想笑いをして自ら女性に話を向けてみせる。それが騎士のたしなみでもあった。
この夜、それすらもできなかった一番の理由は、武術大会での結果があまりに思わしくなかったからだ。
同国の騎士を難なく退けた一回戦の後、ユリウスの二回戦の対戦相手は今大会の優勝者、シエラのラクレウスであった。
実力伯仲の、大会屈指の好勝負となった。
決勝戦もかくやという死闘を繰り広げたのち、勝利の女神に微笑まれたのはラクレウスであった。ユリウスは二回戦で姿を消した。
惜敗であったとはいえ、優勝候補の一角と期待されていたユリウスの今大会での記録は、結局のところ、単なる二回戦負けだ。
騎士たちよりも遅れてシエラに入ったナーセリ王が直接観戦した三日目以降の試合に、ユリウスは残ることはできなかった。
それは、彼にとっては耐えがたい恥辱でもあった。
笑顔で酒を飲みながら女性と話す気など起きようはずもなかった。
厳しい戦いの世界に身を置いてきた男だ。当然、ユリウス自身にも、勝敗は時の運であるということは分かっている。
優勝したラクレウスと自身の剣技に、そこまで大きな差がないということも。
だが、二年前、自国ナーセリで開催された武術大会の準決勝で、ユリウスはラクレウスを破っていた。誰の目にも明らかな力の違いを見せて、ユリウスは勝ったのだ。
とはいえ、その試合での疲労が大きすぎて、結局決勝戦では同じナーセリの騎士に優勝を譲ることになってしまったのだが。
二年前に勝った相手に、今度は敗れた。そして、相手はユリウスに勝ったのみならず、そのまま順調に勝ち進み、大会で優勝した。
その事実に、ユリウスはこの二年間の自身の来し方を考え直さずにはいられなかった。
結局は、己の鍛え方が甘かったのだ。
ユリウスは考えた。
自国での大会で決勝まで残り、万全であったなら優勝を手にすることもできたはずだ、という驕りが心のどこかにあったのだ。
ユリウスは照明のあまり届かぬ壁際に寄りかかり、苦い酒を舐めるように飲んだ。
すらりとした体躯に整った顔立ちの彼だが、まるで試合前のような殺気をいまだに振りまいていたら、寄ってくる女性がいるはずもなかった。
時折、同僚の騎士が通りがかると、肩を叩いて酒を注いでくれた。その時だけは表情を緩めたが、相手が去るとすぐにまた一人、厳しい顔で酒を口にした。
本当は、こんなところにいる時間も惜しかった。今すぐにでも国に帰り、王に辺境への転戦願いを出したいくらいであった。
ここ二年は、王都での勤務が続いていた。切磋琢磨することのできる、腕の立つ同僚の騎士たちには恵まれていたが、やはり自分の剣からは命を懸ける凄みのようなものが失われたのだ、とユリウスは思った。
要は、安穏とした王都暮らしのせいで剣がなまったのだ。
自分の剣を磨いてくれたのは、やはり辺境で国と民の安寧を脅かす魔人どもとの、一瞬の油断も許されない戦いだった。
危機に陥った街や村に赴き、瘴気の沼より現れた魔人を討ち果たしてその危機を救うと、もう翌日には次の村へと向けて旅立つ。
荒んだ、厳しい日々であったが、あの中にこそ、自分の原点がある。
やはり、自国に戻ったらすぐに旅立つ準備をしよう。妹のルイサはまた寂しがるだろうが、それも仕方がないことだ。
「……ウスさま。ユリウスさま」
物思いにふけっていたユリウスは、自分の名前が遠慮がちに呼ばれていたことに不覚にも気付かなかった。
「ユリウスさま」
何度目かの呼びかけにようやく気付いたユリウスは、彼にしては珍しく慌てて壁から身を起こした。
「これは、失礼した」
ユリウスは、自分の名を呼んでいた女性に向き直った。
青白い肌の、華奢な女性だった。
その肌色がすぐれないように見えるのは、照明が暗いせいばかりではあるまいと思われた。
「ユリウス・ゼルドさまでございますね」
女性は、確かめるように言った。
「いかにも」
ユリウスは頷く。とっさに笑顔を作ろうとしたが、うまく作れなかった。
「ナーセリの騎士、ユリウス・ゼルドと申す」
「ああ、よかった」
女性はほっとしたように両手を胸の前で組んだ。
「わたくし、カタリーナ・ダンタリアと申します」
「ダンタリア……」
ユリウスはその姓に目を見張った。
「それでは、貴女はまさか、ラクレウス殿の」
「はい」
カタリーナは頷いた。笑顔を見せると、左の口の脇にだけ、笑窪ができた。
「ラクレウスは、我が兄にございます」
「ラクレウス殿の妹君」
ユリウスは、改めて目の前の女性を見つめた。
「そうでしたか」
ユリウスは自分の妹ルイサの健康的ながっしりとした身体を思い出す。
今大会の覇者ラクレウスは、ユリウスと向かい合ってもまるで引けを取らない偉丈夫だった。だがその彼に、こんな触れたら壊れてしまいそうな、脆いガラス細工のような妹がいるとは意外だった。
「一度、どうしてもお話がしたいと思っておりました」
笑顔のカタリーナは、その目にどこか切実なものを浮かべて、そう言った。
「私と、ですか」
戸惑った顔で見下ろすユリウスに、カタリーナは頷く。
「はい。二年前から、ずっと」
二年前。
ユリウスは微かに表情を曇らせる。
それが、ユリウスとカタリーナとの出会いであった。
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