第二十八話

 あまりの怒りにわたしは舳さんに向けて大声をあげた。


「デタラメ言わないでよ! 汐野の短命の呪いは解ける! 京くんこの人にだまされないで!」


 京くんの一ツ目がわずかに戸惑いを見せる。やはりこの状況、京くんの本意ではないのだ。わたしは渚のそばから離れず、京くんに訴え続ける。


「なぎさを倒してもどうにもならないの。島の外に出て、ちゃんとした病院に行けば大丈夫なんだよ京くん!」


「まゆ、でも俺は……汐野家の当主になるんだ。島からは出られない。呪いの元を絶たないと、まゆと一緒に生きられない……っ! なぎささえ倒せば、俺は、俺は!」


 京くんは今にも泣き出しそうな悲痛に満ちた声で言った。色々な情報を詰め込まれて、恐らく自分がどうすればいいのか分からなくて混乱している。


 それを見ていた舳さんはフンと鼻を鳴らし、大げさに両手を広げ詠うように話し始めた。


「古御門……典型的な鼬の家系だ。京の相手にはふさわしくないが……まずは鼬の王! きみだ。京、言っただろう。ここでアレを仕留められなければお前は家の期待を裏切ることになる」


「うう……!」


「やめて!」


 あまりにもひどい追い詰め方に舳さんに飛びついてやろうとするが、隣にいる渚に袖を引かれて止められる。


「あいつは無視して。今は京の持っている鉾をどうにかすることだけ考えるんだ」


「でもっ」


 頭を抱えてわたし達を攻撃することをためらう京くんの姿を見ていられない。渚が冷静でいられるのが不思議なくらいだ。渚は京くんから視線を離さず、わたしにだけ聞こえるように話す。


「上のあいつのところまで後退する。あいつも巻き込んで乱戦に持ち込むんだ。そうしたら京も鉾をむやみに振り回せない。それに……」


 渚が視線を移した先に、黄緑色の袈裟が見えた時、わたしは心を決めた。


「行くよ!」


 渚の合図とともに、わたしは全力で石段を駆け上がった。同時に茂みから狸姿の三郎さんが飛び出し、舳さんに体当たりをしてひっくり返す。


「なに!? こ、のたぬきが……!」


「ぎゃん!」


「三郎さん!」


 三郎さんが勢いよく地面に投げ捨てられてしまう。人間の姿だったら力負けしなかっただろうが、狸の姿じゃないとこの奇襲は成功しなかった。わたしは必死にしりもちをついた舳さんを抑え、渚の退路を確保する。


 最後の石段に渚の足がかかるのを見て、わたしは渚に向けて片手を伸ばした。


 指が少し触れ、そのまま空を切る。


「なぎさ!!」


 後もう少しのところで渚の腕は京くんに捕まり、引きずり降ろされてしまう。


 渚と京くんはもつれ合いながら階段を転がり落ち、踊り場でふたり重なって動かなくなった。


「いやあーーーー! なぎさ、京くん!」


「じ、次郎さま……!」


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。大切なふたりがこんな目にあってしまうなんて。泣きながらふたりを見ると、京くんがぴくりと反応する。渚は力なく浅い呼吸をしていた。


「ははっ。こんなに上手くいくとはね。当主の息子と愚兄の息子、次期当主候補のふたりが同時に消えてくれれば万々歳だ。安心して汐野のことは僕に任せるといいよ」


「まさか初めからそれを狙って……? 鉾を盗んだのもあなたなのね!」


「盗んだんじゃない。借りたんだ。罪深いあやかしを倒すためにね!」


「あなた……最低!」


 結局、汐野の呪いを解くためだとか、当主の座がかかっているだとか、そんなことを言って京くんを騙して渚と相討ちさせるのがこの人の目的だったのだ。自分の手を汚さずに次期当主の座を得るために。


「鼬になにを言われても痛くもかゆくもない。君だってあやかしだということを京に隠して近づいて、今度こそ島の人間を根絶やしにしようとしたんだろう」


「ちがう……!」


 京くんのことが好き。でも人間がいなくなってもいいとは思わない。何度も考えたわたしの理想の未来には、いつだって京くんがいる。


「わたしは島を出る! 渚と京くんを連れて、あやかしも人間もまぜこぜの世界で生きていく! あなたはこの島以外を知らないから、生きるか死ぬかみたいな選択肢しかないのよ。わたし達はあなたとはちがう! 必ず島の外で長生きして幸せを掴んでみせる! 当主にでもなんでもなって、勝手に羨ましがっててよ!」


「この……意地汚いあやかしが!」


 ばちんと頰を平手で打たれた。それでも、負けるもんか、そういう気持ちで舳さんをにらみつける。舳さんは品もなにもないイラついた表情でわたしを見下ろしていた。


 じんわり痛む顔を抑えていると、視界の端でふらりと京くんが立ち上がるのが見える。バキリとお面が半分割れて、素顔を見せた京くんがまだ朦朧としているのが分かる。


「京、とどめをさせ!」


「だめっ!」


 石段から落下してもなお手放さなかった六叉鉾を覆うように、闘気が激しく燃える。ゆっくりと渚に狙いを定める京くんはどう見ても正気じゃない。無意識にあやかしを倒そうとする本能のようなものが、京くんを動かしている。


 鉾がゆっくりと掲げられる。


 渚はまだ起き上がれない。


 わたしは、思わず飛び出した。

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