第二十三話
なんとなく作戦失敗を悟り、お父さんと顔を見合わせてこそこそ話をする。
「お父さん全然だめじゃん」
「いやーだって急に言われても。正直夏休みの期間にも出張入ってるんだよなあ。数日ならまゆことふたりで留守番してもらうとしてもなあー……は、は、はっくしょいっ!」
わたしも一緒にということがもう前提になってしまっているあたり三郎さんの思惑どおりだ。オヤジ臭いくしゃみを連続で放つお父さんを見て、はっと思い出す。
「おお、お父さん! 体大丈夫? どこか具合悪いところない!?」
「え? 特にないけど……あ、くしゃみはいつもの鼻炎」
「汐野家って代々短命って聞いたんだけど!」
「な、なんだってーーー!?」
そう舳さんに聞いたときは嘘だと思った。だってお父さんがこのとおりピンピンしているから。そんなわけないって思っていたけれど、もしかしたらお父さんもある日突然、なんてことがあるのかもしれない。
顔がこわばるわたしに、お父さんはおどけてみせた。
「なんてね。汐野が病気がちなのは知ってるよ。でもそれは昔の話だ。現代の医療があったら問題なく生きられる。でも、病院のないこの島で生きていくなら、汐野はこれからも短命かもしれないね」
「じゃあお父さんは島の外で暮らしているから元気でいられるってこと?」
「そういうこと」
それを聞いて、ぱっと視界が明るくなったような気がした。島の外に出れば、ちゃんとした病院があれば、短命だという汐野の人も普通に生きることができる。汐野家にかかった呪いは、やっぱり島の外に出れば解ける。お父さんが生き証人だ。
「ちなみにその話誰に聞いた?」
「舳さんっていう人なんだけど」
その名前を出した時、お父さんの顔が少し歪んだ気がした。寝そべりながら肩肘をついて、頰で頭を支えているからかもしれない。気のせいだと思って話を続ける。
「ほら、よく話す同級生の汐野京くんの叔父さん。その人ね、汐野は呪われてるから短命だって言うの。だから教えてあげようよ、島から出たら呪いは解けるんだよって」
「舳なあ……」
お父さんはそう呟いて急に黙り込んでしまった。そのままどこか遠くを見ているようななにかを思い出しているような目で天井を見上げる。
「舳さんとお父さんって親戚?」
我ながらおかしな質問だと思う。けれど汐野家は大きなお家だし、わたしは汐野家側の親戚のことをなにも知らないのだから仕方がない。お父さんは言いづらそうにあーとかうーとか言いながら答えた。
「おとうと」
「え?」
「お父さんのお父さんの後妻さんの子ども」
「それって……」
わたしの知る限りの情報で、頭の中で家系図を描く。
まず京くんの叔父さんが舳さん。
京くんのお父さんが汐野家当主で、京くんのおじいさんが先代当主。
舳さんは先代当主の後妻さんの子ども。
舳さんはお父さんのお父さんの後妻さんの子ども。
ということは。
「え、お父さん……先代当主の子……? やば」
「まあ勘当されましたけどねッ」
お父さんから見たら京くんは甥ということになる。あちら側という世界を知った時と同じで、身近にある狭い世界が不思議に思える。
「おとうとならなおさら教えてあげないと」
「無理無理、あいつには嫌われてるから」
ぼく、おとうさんに嫌われてるもん。
そう言っていた渚の姿と今のお父さんが重なって、なんだかおかしくて笑ってしまった。
「なんで笑うんだよー」
「ううん。なぎさの心配性はお父さんに似たんだなと思って。お父さん、多分嫌われてないよ」
おかしいんだ世界って。近くて遠いのにどこかで繋がっている。やっぱりわたしはわたしのことを知らなくていいとは思わない。だって遠くで大切ななにかと繋がっているかもしれないから。
「勘当されてもお母さんと島を出てよかった?」
「もちろん。こうして宝物もできたから」
お父さんはわたしの肩と寝ている渚の肩を抱いて嬉しそうに笑っていた。
▽
校長先生の長い話は子守歌だ。ただでさえ昨日の夜はいろいろ考えてしまって眠れなかったのだ。立ったまま寝てしまいそう。渚なんか器用に寝ている。
祭事は明日に迫っていた。渚は家でも遅くまでお父さんとお神楽の練習をしているから疲れているんだろう。
うとうとしていたら終業式が終わったことに気づかなくて、二人そろって京くんに引きずられて教室に戻った。
「京くんこれありがとう。荷物増やしてごめんね」
わたしは忘れないうちに京くんに何冊かの本を返す。あやかしの本と、一周忌で休んだ日のノートを借りていたのだ。『演舞指南書』はもう返却済みなので、これで京くんに借りたものはすべて返したことになる。
「ああ、うん。あのさ……」
どこか浮かない返事をする京くんは、少しためらったあと口を開いた。
「まゆ、明日のお神楽見に来るんだよな?」
「もちろん!」
「そう、そうだよな。実は今年のお神楽、一般公開されないらしいんだ」
「えっ。それって見に行けないってこと? どうしよう、お父さんせっかく仕事休んでくれたのに……でも急にどうして?」
「いや、未成年の舞い手の保護者や関係者は居てもいいらしいんだけど。理由はちょっと、分からないな」
「ほんと? よかったあ、じゃあ見に行くね。京くんの舞も楽しみにしてるよ」
「――うん」
一般公開されないというのはなぜだろう。しかも前日に突然、京くんに聞かなければ当日まで知らなかったかもしれない。渚はこのことを知っているのだろうか。
頭の中が明日のことでいっぱいになっているわたしは、京くんの様子がおかしいことに気づかなかった。
「なぎさ、お神楽のこと聞いた?」
帰り道、お神楽の一般公開がなくなったことを渚に教えてあげようと思ったら、渚はすでに知っていたように頷いた。
「さぶろーが、そうなるかもって言ってた」
「三郎さんが?」
「たぬきのすがたでよく本家に忍び込んでるから」
そういえば初めて会った時も蔵に侵入していたんだった。まさかお屋敷にまで乗り込んでいるなんて危険すぎやしないだろうか。まるで忍者のようだ。たぬきだけど。
「そういうのって祭主が決めるんだよね。なんで前日にいきなり一般公開を取りやめるなんてことになったのかな」
「あぶないから」
「あ、危ないって……」
「汐野の中でももう制御不能なンだよ」
「うわっ」
突然すぐ後ろから六郎くんの声が響いてきた。その距離に驚いた直後、背負っているランドセルがぱかっと開いた感触とともに、中からスルスルと白蛇が這い出てくる。
「ぎゃーー!! どこから出てきてるの!?」
「いちいちうるさいな。たまたま道が繋がったんだよ」
聞くと神出鬼没の六郎くんの移動手段である蛇の道は影になっていればどこでも繋げられるそうだ。ただ時々こうやって座標を見誤ることもあるらしい。
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