第二十二話
夏休みの間、渚を東京に連れて帰ってほしい。
一周忌の後、三郎さんと一緒にお父さんにそう頼んだ。お父さんは目をぱちくりさせてわたしと三郎さんを交互に見てから、真剣な視線をわたしに注ぐ。
「理由を聞いてもいいかな?」
わたしは唇をひき結んだままひとつ頷いた。
そもそも渚はこの島に来てからおかしくなった。だったら島から出ればいいという考えに至るのは自然な流れだと思う。
渚にとって危険な武器が何者かに盗まれてしまったこと。その犯人が島民であるかもしれないこと。武器が見つかるまで渚を安全な場所に移動させたいということ。
あやかしと汐野家のことにはなるべく触れずに、わたしにできる精一杯の説明をする。
「その武器ってもしかして――」
「はい、神社に納められている六叉鉾です」
三郎さんに同席してもらったのはわたしが言っていることを子どもの作り話だと思われないようにするため。結果は絶大だったようで、お父さんもただ事ではないと感じ取っている様子だ。
「週末の祭事が終わったらすぐに夏休みなの。お願いお父さん。祭事まで島にいて、なぎさを連れて帰ってよ」
「元々なぎさのお神楽は見ようと思ってたから祭事まではいるけど……危ないのはなぎさだけなのか? まゆこは? おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「おじいちゃんおばあちゃん、それに島の人も多分大丈夫。もちろんわたしも――」
「いえ、繭子さまも同様に危険です。島を離れられるのならそうした方が良いかと」
「ちょ、ちょっと三郎さん!」
三郎さんには前もってわたしは島に残って鉾を探すと言ってあったはずだ。言い咎めると予期せぬ強い目線が返ってきて、上手く言葉が続かなくなってしまう。
「わ、わたしは残って鉾を探すの!」
「危険です。お父上も心配されていますよ」
「あのー繭子
「お父さんちょっと黙ってて!」
「鉾を盗んだのがご友人でないことを確かめたいだけならば、私どもに任せてご家族で島を出られるのがよろしい」
ぐうの音もでないとはこのことだ。三郎さんにここまでぴしゃりとはねのけられるのは初めてで、思わず唇を噛みしめる。
三郎さんの言うとおり、渚のためだのなんだと言っておいて、結局わたしは京くんのことが気になって仕方がない。
鉾を盗んだのが汐野家の人かもしれないと聞いた時から、もしかしたらそれよりもずっと前から、京くんの潔白を証明したくてたまらなかった。
汐野家の中でも京くんは違うんだって、だから好きでいても問題ないんだって、確証がほしかった。
そういう醜いところまで全部見透かされていて悔しい。
「そうだよ。わたし自分の目で確かめたい。京くんを信じたいってただのわがままだって分かってる。でも三郎さんだって、わたし達を利用してあっちに帰ろうとしてる! 自分のわがままはよくてわたしはだめなの?」
「繭子さま私は、」
「こらこらこら! お坊さん相手にヒートアップしない。話は分かったからまゆこはちょっとあっち行ってなさい。いやあすいませんね」
そのままの流れでお父さんに部屋をぽいっと出されてしまった。襖の向こうの会話は上手く聞こえない。ひんやりとした木の廊下に膝をついて、そのままぱたりと倒れる。
こんなにも上手くいかないのは、きっとわたしに迷いがあるからだ。
島の外に逃げだしたい気持ちと、島で京くんと過ごしたい気持ちが天秤にかけられて、ずっとゆらゆらしている。
だから三郎さんもお父さんも心配する。わたしが子どもだから。
思考の邪魔をする蝉の声がうるさい。頭の中まで入ってくるような嫌な音。耳を塞いでも足りなくて、目を閉じるとお母さんを看取った時を嫌でも思い出してしまう。
「まゆこ? どうしたの」
両手で目を押さえて廊下に転がるわたしに声をかけたのは渚だった。わたしはゆっくりと顔を上げて、喪服のままの渚に向けてなんでもないと首を振る。
「蝉がうるさいね」
たかが一匹や二匹の鳴く声でこんな調子では夏本番が嫌になる。わたしのそんな漠然とした気持ちを察したのか、渚は陽の差す廊下に立ったまま、ふと窓の外を見た。
ぷつんと音が消える。
襖の向こうからは大人の話し声が響く。
蝉の声だけが切り取られてどこかへ行ってしまったようだ。
耳と頭が驚いて、脳内でジリジリとした残響が鳴る。
「もうへいき?」
なんてことない様子の渚がわたしのそばにしゃがみ込む。渚がなにをしたのか分からない。けれどそれがわたしのためにしたことだというのは理解できた。
「うん、ありがとう」
渚が笑う。蝉の声は止んでいた。
▽
「夏休み、三人で旅行しよう!」
夜、眠る前にお父さんが突如提案してきたのは家族旅行だった。お父さんが三郎さんと話した結果こうなったのだろう。渚とわたしを島から遠ざけるためだとは分かっているのだけれど、心配事がある。
「おとーさん仕事は?」
「うっ……有休取るよ!」
「なぎさのお神楽見るために有休使っちゃったんじゃないの?」
「うっうっうっ」
一周忌は有休とは別に休めたらしいが、今週末の祭事まで島にいるとなると三日は仕事を休むことになる。
さらにそこから家族旅行となると、わたしも渚も現実的ではないことくらいすぐに分かる。
そもそもそんなに休みを取れていたらもっと頻繁にわたし達に会いにこれるはずだ。
「おとーさん仕事辞めてやるーー!」
「やめないで」
「はたらいて?」
「子どもたちが鬼すぎる!! じゃあ夏休みの間、二人はお父さんのアパートに旅行においで!」
すばらしい案を出したように胸を張るお父さんに隠れてこっそりため息を吐く。
アパートに旅行なんて聞いたことがない。けれど渚を島から脱出させるにはこの案にのらないといけない。
「じゃあ仕事休みの日遊園地連れて行ってくれる?」
「いいよー」
「やったね、なぎさ。ジェットコースター乗ってみようよ」
「んー」
ふたりがかりの必死の提案にはっきりしない返事をして、渚は布団にもぐってしまった。
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